ゆあちゃん 事件 ノート。 目黒女児虐待事件

虐待死を防げ 結愛ちゃん元主治医のメッセージ|「NEWS23」スタッフノート|note

ゆあちゃん 事件 ノート

香川県や東京都などのこれまでの資料からは、結愛ちゃんが亡くなる直前、2月20日ごろから3月2日までの詳細は分からなかった。 検察官は、結愛ちゃんの最期の様子を、優里被告の供述調書をもとに時系列で説明した。 2月20日、入学予定の小学校説明会に姿を見せなかった結愛ちゃん。 家庭内で様子が急激に変わり始めたのは、2月26日ごろのことだった。 優里被告はこのとき、結愛ちゃんの目の周りにアザがあることに気が付く。 翌日の27日には、結愛ちゃんが嘔吐するようになった。 この嘔吐は、3日間連続で確認された。 2月28日。 結愛ちゃんの体温を測ると、37. 平熱より少し高くなっていた。 この日までは、1人で着替えもしていた。 歩いて自力でトイレに行くこともできた。 3月1日、嘔吐が収まらない結愛ちゃん。 壁に手をつきながら歩く。 会話はまだできていた。 腕の皮膚には、赤い点があったという。 亡くなる当日の3月2日。 午後1時ごろ、優里被告は結愛ちゃんにパソコンでアニメを見せた。 優里被告のひざに体が触れると「痛いよう」と弱々しく話した。 1人で座って、スポーツドリンクを飲み、アメを舐めた。 だんだんとまぶたが重そうになり、まばたきがゆっくりしていった。 もうろうとしてきた結愛ちゃんに、優里被告は「眠いの」と聞く。 結愛ちゃんは「寝ない」と返す。 午後4時ごろ、結愛ちゃんはとうとう1人でトイレに行けなくなった。 優里被告は手を引いて、トイレに連れて行った。 午後5時ごろ、手を握る力が弱くなり、結愛ちゃんは手を開いたり閉じたりする「グーパー」ができなくなった。 体が冷え始め、温めるために優里被告は結愛ちゃんの足にタオルを巻く。 午後5時半になり、衰弱していく結愛ちゃんを励まそうと、優里被告は嘘を吐いた。 結愛ちゃんが懐いていた祖父母の話をする。 「ばあば、じいじが来てるよ」「ディズニーランドに行こう」と話しかける。 結愛ちゃんが「うん」とかすかに笑う。 「小学校に行ったら、楽しいことしよう」と言うと、また「うん」と笑顔を返した。 10分ほどして、結愛ちゃんは苦しそうな様子になり「お腹が痛い、お腹が痛い」と繰り返した。 飲んでいたスポーツドリンクを吐き出し、そのまままぶたを閉じて、開かなくなった。 それから15分後、午後5時55分に、父親の雄大被告が119番通報をした。 証人の小児救急医「最初に嘔吐したときに受診させるべきだった」と説明 供述調書から分かった結愛ちゃんの様子を、検察官が語ると、モニターに映し出された時系列表を見ていた裁判員たちの表情が硬くなった。 優里被告は、ずっと下を見ていた。 証言台には、小児救急医が呼ばれた。 ベテランの女性医師は、静かに椅子に腰かけ、遺体の写真から知り得る情報を語り始めた。 「目立つのは、頬・顔面。 胸部、肩や手足などに皮下脂肪が無いこと。 腸骨、つまり腰の骨の上に腹が無く、骨が出ている」 そして次の点を主要な項目として挙げた。 病的な痩せ 2. 骨が目立つ 3. 皮膚が浅黒い 4. 打撲傷 5. 皮膚の欠損 足の裏には原因不明の円形の傷が20カ所ずつ計40カ所にものぼった。 体幹部にも傷があり、ひざの骨の下のくぼみや耳の後ろの部分などのアザについても「5~6歳が転んでも、簡単には傷つかない場所です」と説明した。 「アザの状態からして、強い力が加わり、皮膚の欠損については、強くこすったらできるものだと思います。 打撲の跡は、古いもので2~3週間以内。 そして数日内の皮下出血。 これらは同じ時期ではなく、3週間以内の異なる時間にできた傷ではないでしょうか」 医師は1回の受傷ではなく、数日から数週間にわたる身体的虐待の可能性を示した。 皮膚の色については、栄養状態が悪いことが原因の一つであると語った。 裁判長が一時休廷を言い渡し、医師は証言台を後にした。 ずっと静かに下を見ていた優里被告は、別室に移動するために立ち上がろうとしてふらつき、がくんとバランスを崩した。 堰を切ったように涙が出始め、弁護人に支えられるように法廷を後にした。 裁判長は、優里被告の様子から、一時休廷中の別室移動を取り消すかどうかなどを弁護人と検察官と協議していた。 極度の栄養不足「今の日本で起きてはならないこと」と断じる 15分の休廷を挟み、再び医師が証人尋問の席についた。 栄養状態や敗血症の症状から、結愛ちゃんがいつ病院を受診すれば助かったのか、検察官と次のようにやり取りした。 (検察官)ーー子どもの体重が増える、とはどういうことを指しますか。 (医師)子どもは基本的に、発達発育していくもの。 体重は上昇、増加する。 成長過程と共に。 ーー基本的には一定の年齢まで増えていくもの、と考えていいでしょうか。 ーー通常、子どもが痩せることはない。 年齢的に、成長発達段階にある子どもの体重が減少するというのはありえないことです。 ーー亡くなる2カ月前、1月の写真を見ていただいた。 このときの身体の特徴は。 衣服を着ているので、出ている部分でしか判断できませんが、顔の頬の肉はしっかりと子どもらしい、年齢に一致した脂肪がしっかりとついている。 手足が見えますが、手にしっかり脂肪が付き、年齢相当。 皮膚の色も、普通の健康的な小児の肌の色であると分かります。 ーー足については。 少し細いかもしれないが、正常の範囲内だと推測しました。 ーーこの時体重は16. 66kg。 2カ月の間に、4. 4kgも減少しました。 これはどのような意味を持ちますか。 体重が4kgぐらい減少しているので、摂取エネルギーが足りないか、もしくは消費エネルギーが異常に増えた。 もしくは栄養が全く吸収できない病状があったか、と思います。 ーー解剖結果では、臓器に病的な要因はなかった。 そこから考えられることは。 摂取カロリーが著しく少なくなっていたと考えられます。 短期間で4. 大人で60kgの人であれば、15kg落ちている。 かなり体重減少が著しい。 摂取カロリーを単純計算すると、2週間から20日間、全くエネルギーを摂取していないの相当ということ。 全く何も口にしていないと、水分も摂取していないとすれば、もっと早くに脱水で亡くなっている。 なのでおそらく、著しくカロリーが低いもしくはカロリーがない水分を摂取していたのではないかと思われます。 ーー死因は敗血症。 痩せ方からすれば、低栄養で亡くなる可能性もあったのでしょうか。 低栄養で亡くなる可能性もあると考えました。 一概には言えないが、脱水は10%体重が減ると目が落ちくぼみ、皮膚がカサカサになる。 体重減少が外からも分かる。 ーー痩せ方について、何らかの原因で急に痩せが進行したことはかんがえられますか。 1月の写真を拝見すると、2か月で急激にその間に減っている。 ただ1週間、2週間で4kg痩せるとなると、その前に生命が断たれる可能性が高いでしょう。 ーー解剖結果から分かることは。 皮下脂肪が少なくなっているということ。 人間の身体の痩せる過程で、1、2日や1、2週間というレベルではなく、もう少し長い期間にわたって徐々に減っていった低栄養状態であると。 それにより徐々に脂肪細胞の容積が減っていったと考えられます。 胸腺が正常範囲から著しく退縮していた。 それは、色んな年齢にもよりますが、低栄養状態が原因になるというのも1つ大きなものでしょう。 幅があるが、2~4カ月の間、体重減少や低栄養が起きていたと考えられます。 脂肪を燃やしてエネルギーにします。 皮下脂肪が減る。 その次は筋肉のたんぱく質がエネルギーになり、筋肉もボリュームとして減る。 ーー精神的には。 低栄養自体が、精神的ストレスになることが分かっています。 そして精神的ストレスでさらに胸腺が退縮していくことも考えられる。 ーー敗血症は、死が避けられないのでしょうか。 重篤ではありますが、様々です。 重症度、治療の的確さ、タイミングの適格さがというところになる。 心拍が止まる直前までは、十分救命の可能性はあったでしょう。 ーー家庭内で処置することは可能でしょうか。 無理だと思います。 2月27日に嘔吐を認めた段階で、医療機関に受診するべきでした。 この年齢のお子さんが嘔吐するということは数回なら大丈夫な場合もありますが、時に重篤な疾患が隠れていることがあります。 もともと体力的に弱っていて、免疫力も低下していると考えれば、子どもなら蓄えている糖分が少ない。 すぐ枯渇する。 経口補水液をとることは嘔吐の時の対症的な対応ではあるが、また吐き出してしまう。 そう考えると、2月27日にお家でできることはありません。 また、目の周りは子どもでもなかなかできる傷ではないので、そのアザに気が付いた時点で医療機関を受診すべきです。 裁判長からも、質問がなされた。 (裁判長)ーーこの供述調書から、肺炎がいつ発症したか、いつ敗血症になったか、言えることはありますか。 非常に判断が難しいと思います。 嘔吐は、敗血症の症状の1つ。 この頃から症状が出ていると考えることもできる。 放置すればかなり高い致死率です。 教科書的にも早期の認識、早期治療が絶対的な適用になっています。 ーー起訴状に肺炎による敗血症で死亡したとあるが、そういう認定でいいのかどうか。 敗血症の診断は難しい。 原因の病状が必ずしも肺かどうかは分からない。 肺に炎症があるので、肺炎からくる敗血症と診断されたのだと思います。 他になりうる状態が無く、そういう診断になるでしょう。 医師は最後に、次のように語った。 「5歳になっていたお子さんが、低栄養によって亡くなるということは、この今の日本の現状では起きてはいけないことではないかと、私自身は思います」 弁護側からも、質問がなされた。 (弁護人)ーー食べないこと以外に、カロリーが減る要因はあるでしょうか。 体重が減るという意味では、消費カロリーが上がるということと、口から摂っていても腸管から吸収されない。 そういったことが考えられます。 一定の病気があればという条件です。 解剖結果から、そうした(腸管からの吸収について)異常は無く、致命的な病変は無かったと。 運動とか、そういうことで消費カロリーが増えることはあります。 ーー胸腺の萎縮の期間はどう考えましたか。 低栄養による退縮、ほかの原因では精神的ストレスにさらされた期間として考えています。 いま論文で出されて数式になっているので、それを用いて期間は計算しました。 計測値から、1カ月では(ここまで小さくなることは)ないと考えます。 2か月ほどではないかと。 ーー暴行によるストレスも影響した。 暴行も影響している可能性もあると思います。 低栄養やストレスで胸腺が小さくなることで、免疫力が低下します。 そこで暴行による外傷が加わるとその怪我じたいを治す免疫力が弱くなっています。 傷の治りが悪くなり、そこから感染症になることもあります。 このほか、左陪審の裁判官からも、運動で消費カロリーが上がっていた可能性がないかとわれた。 医師はそれを否定し、また暴行によって脳震盪が起きていた場合は、脳震盪による吐き気が数時間~1カ月ほど続くことがあり、食欲低下がさらに進む可能性も示した。 9月3日の公判はここで終了した。 9月4日は、結愛ちゃんの残したノートの内容や、品川児相の担当者が証言台に立った。 5日以降は、香川県で過ごしていた頃の様子を香川県の児相職員や、医療機関の担当医が証言する。 また、夫である雄大被告の供述調書や、優里被告の被告人質問が予定されている。 () 5歳児を追い込んだ虐待の背景は。 公判で語られた事件の内容を詳報します 2018年、被告人らの逮捕時に自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」 5歳の少女の切実なSOSが届かなかった結愛ちゃん虐待死事件。 行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。 この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。 この記事には虐待とDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。 子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。 DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。 もしこうした苦しみや違和感を抱えている場合は、すぐに医療機関や相談機関へアクセスしてください。 DVや虐待の。

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結愛ちゃんがノート(全文)にひらがなで反省文?島田キャスターは涙|PLEASANT ZONE

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そのため検察官は「今回の争点は、被告人にいかなる刑を科すべきか。 つまりは量刑をどうすべきか」と語りかけ、次のように時系列に内容を整理した。 優里被告と夫の雄大被告は、2016年4月に、香川県で結婚。 この時、雄大被告は被告人の連れ子である結愛ちゃんとも養子縁組した。 当時、香川県で暮らしていた一家。 同年9月、二人の間には結愛ちゃんの弟が生まれた。 この頃から、雄大被告の結愛ちゃんに対する暴行が始まった。 この年の12月26日には、雄大被告の暴行をきっかけとして、結愛ちゃんは香川県の児童相談所に一時保護される。 年末年始を挟み、翌年の2017年2月1日、一時保護が解除される。 しかし3月19日、結愛ちゃんは再度一時保護される。 7月30日、再び一時保護が解除されて家に戻った。 この解除に伴い「児童福祉司指導措置」という行政処分が付された。 「継続して児童やその保護者、家庭環境の支援が必要」と判断した場合に付けられるものだ。 この頃、東京への引っ越しの話が持ち上がり、12月に雄大被告が単独で上京。 2018年1月4日、香川県で結愛ちゃんと優里被告が病院へ通院した最後の日になった。 この時、身長は105. 2cm、体重は16. 66kgだった。 そして児童福祉指導措置が解除された。 児相からも病院からも転居先を聞かれたが、優里被告は知っていたにもかかわらず告げることはなかった。 1月23日、家族全員が東京に転居する。 移動中の電車内では、優里被告が子どもたちの写真を撮影した。 これが結愛ちゃんの最後の画像だった。 39日後の3月2日、結愛ちゃんは死亡する。 この間、東京に来てから結愛ちゃんは自宅からほぼ外出できなかった。 結愛ちゃんは、アパートの6畳間の部屋で過ごしていたという。 一方で、結愛ちゃん以外の家族は日常的に外出し、浅草などに観光に出ることもあった。 結愛ちゃんは達成困難な課題を与えられ、できないとベランダに立たせる、水シャワーを浴びせるなどの折檻を受けていた。 食事は当初、優里被告が汁物や野菜を与えていたが、その後は優里被告か雄大被告が1日あたり汁物1~2杯程度を与えるにとどまった。 2月8日ごろから、結愛ちゃんは日常的に勉強時間や体重を計測し、ノートなどに記載していた。 これは2月27日まで続いていた。 中旬は体重が14㎏台、下旬には13㎏台に下がっていった。 食事の記載は2月19日までだった。 2月9日、品川の児童相談所が家庭訪問に来る。 しかし応対をした優里被告は、結愛ちゃんを児相職員に会わせようとせず、関与を断った。 泣き声が響く法廷、結愛ちゃんの死亡時の状況を聞きながら混乱状態に 検察側の陳述は後半に入り、結愛ちゃんが殴られ衰弱していく様子を語り始める。 優里被告は過換気症候群のように浅く息を吐きながら、小刻みに震え出したように見えた。 検察官は続ける。 2月下旬ごろには、雄大被告が結愛ちゃんの顔面を殴打し、顔が腫れ上がることがあった。 2月27日ごろから、結愛ちゃんは嘔吐を繰り返すようになる。 ただ、顔のケガなどから虐待の発覚を恐れて通報はしなかった。 その結果、容体が悪化。 3月2日、雄大被告が119番通報をする。 消防隊や救急隊がアパートに臨場し、救急病院に搬送したが、搬送先の病院で死亡が確認された。 「ヒック…ヒック……ハッハッ…ヒィヒィ」という音が法廷にこだました。 優里被告は泣くのをこらえるように唇を噛んだり口を開いたりして、黒いハンカチで顔をぬぐう。 「5歳11カ月の生涯でした」 検察官が、そう結ぶと、優里被告はハンカチを口に押し付けながら「グゥゥ」とうなるように声を絞り、せき込み始めた。 「死亡時、被害者の体には新旧多数の傷が存在し、被害者の身長は108cm、体重は12. 2㎏になっていました」 優里被告は声を抑えられなくなり、机に伏して鼻をすすりながら、声をあげて泣いていた。 検察官は、「いかなる刑を科すべきか」について4つの重視すべきポイントを説明し始める。 第1に、犯行対応の悪質性。 優里被告や雄大被告による一連の虐待行為の内容などだ。 第2に、優里被告の役割の重大性。 虐待行為への関与や程度についてが考慮される。 第3に、責任・非難の程度。 この2、3は主張が弁護側と検察側で対立している。 そして第4に、結果の重大性。 「5歳の被害者が死亡し、その生命が失われたという結果についても考えてもらいたい」 優里被告はイスの背もたれに寄りかかり、反るようにして顔をあげた。 だんだんひきつけの程度が激しくなり、今度は頭を机の上に下げるようにして泣き崩れた。 弁護人が背中をさする。 「大丈夫?」と声を掛ける。 優里被告は声にならない音を出しながら答えようとした。 検察官は、今後の証拠調べの予定を説明する段階に入った。 裁判長が検察官の言葉を止め、優里被告の様子を弁護人に確かめる。 「ちょっと過呼吸状態です。 しびれるんです。 手も冷たいし、しびれているし、もうちょっとで休廷ですからね。 大丈夫?」と弁護人が優里被告を見る。 裁判長は「どうするかな…」とこぼし様子をうかがう。 頷く優里被告に弁護人が「彼女、頑張ると思います」と代弁した。 その回答に裁判長が「伝わっているので」と検察官に説明。 検察官は「続けていいですか。 では証拠調べの順序を伝えます」と続けた。 証拠調べでは雄大被告の供述調書、児童相談所の証言も 証拠調べでは、被告人らの行為によって、被害者が亡くなった時にどのような状態だったかを立証する。 9月3日は、現場に最初に臨場した消防隊の隊長、そして小児救急の専門家が呼ばれた。 4日には、品川児相の担当者を呼ぶ予定だ。 この日は、結愛ちゃんが生前に書き残したノートの内容や、被告人らのLINEのやり取りなどが語られる。 5、6日には、香川県の児相担当者、そして香川県で通院していた病院の担当医が法廷で証言するほか、雄大被告の供述調書などが出され、優里被告への質問も予定されているという。 「被告人が犯した罪に見合った適切な刑罰を決めていただきたいと思います」 検察官はそう述べて、冒頭陳述を終了した。 () 5歳児を追い込んだ虐待の背景は。 公判で語られた事件の内容を詳報します 2018年の優里被告の逮捕時、自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」と切実に訴えるその内容に、事件は大きく、注目を集めた。 そうした世論は、行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。 この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。 この記事には虐待とDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。 子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。 DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。 もしこうした苦しみや違和感を覚えている場合は、すぐに医療機関や相談機関へアクセスしてください。 DVや虐待の。

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船戸結愛(ゆあ)ちゃん【facebook画像】がかわいい!!ノート全文とは??

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net 東京都目黒区で虐待を受けたとされる船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)が3月に死亡した事件で、警視庁は6日、すでに傷害罪で起訴されている父親の無職船戸雄大容疑者(33)を、保護責任者遺棄致死の疑いで再逮捕し、母親の優里容疑者(25)も同容疑で新たに逮捕した。 同日発表した。 2人とも容疑を認めているという。 捜査1課によると、2人は1月下旬ごろから結愛ちゃんに十分な食事を与えずに栄養失調状態に陥らせ、2月下旬ごろには結愛ちゃんが衰弱して嘔吐(おうと)するなどしたにもかかわらず、虐待の発覚を恐れて病院を受診させることをせずに放置。 3月2日に低栄養状態などで起きた肺炎による敗血症で死亡させた疑いがある。 雄大容疑者は2月末ごろに結愛ちゃんを殴ってけがをさせたとして傷害容疑で逮捕、起訴されていた。 結愛ちゃんの体重は死亡時、同年代の平均の約20キロを下回る12・2キロだった。 部屋からは、「もっとあしたはできるようにするからもうおねがいゆるして」などと結愛ちゃんが書いたノートが見つかっていた。 毎朝4時ごろに起床し、平仮名の練習をさせられていたという。 都や一家が以前住んでいた香川県などによると、結愛ちゃんは同県で2016年と17年に計2回、県の児童相談所で一時保護された。 2回目の保護が解除された後の同年8月末には、病院から「こめかみ付近と太ももにあざがある」と児相に通報があり、結愛ちゃんは「パパに蹴られた」と話したが、県は一時保護の必要はないと判断していた。 一家は今年1月に目黒区に転居。 県の児相から引き継ぎを受けた品川児相が2月9日に家庭訪問していたが、優里容疑者とは会えたものの、結愛ちゃんには会えなかったという。 雄大容疑者については、結愛ちゃんに暴行を加えてけがをさせたとして香川県警が昨年2月と5月に傷害容疑で書類送検していたが、いずれも不起訴になっている。 asahi. 警視庁捜査1課によると、結愛ちゃんは毎日午前4時前に1人で目覚まし時計を使って起きて「反省文」を書かされていた。 従わなければ父親の雄大容疑者(33)に暴力を振るわれたという。 反省文は大学ノートに鉛筆で書かれ、死亡する10日ほど前の2月20日ごろまで続いていた。

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