桑田佳祐 オリンピック ソング。 桑田佳祐の東京オリンピック民放応援ソングはイマイチ?カッコイイ!|アレって気にならない?

桑田佳祐 東京五輪の民放共同企画応援ソング初披露 全国114局で同時生放送― スポニチ Sponichi Annex 芸能

桑田佳祐 オリンピック ソング

民放5局が満場一致した東京五輪のオリンピックテーマソングは桑田佳祐さんが手掛けることに 私のサイトやtwitterの記事で何度か予想したことがありますが、東京五輪東京オリンピックのテーマソングは桑田佳祐さんが出かけることが決まったそうです。 これは民放5局が集まって東京五輪のテーマソングについて議論をしたところ、満場一致で桑田佳祐さんしかいないということになったそうで、私が想像した通り東京 VICTORYではないかもしれませんが、それ以上のテーマソングができるものと期待しています。 アンセムな選手を後押しするような、素晴らしい曲が出来上がるに違いありません。 もはや、桑田佳祐さんは、曲をつくることに関しての才能や知識、センス、感覚を縦横無尽に操ることのできるスーパーマン。 東京 VICTORY でもいいんだけどね 東京 VICTORY、は今から7年前ちょうど東京五輪オリンピックが、日本で開催されることが決定した時に作られた歌です。 おそらく桑田佳祐さんの中には、この東京オリンピックに向けて、東京ビクトリーがテーマソングになればという思いも多からずあったのかも知れません。 それはないとしても、東京ビクトリーは、多くのスポーツ番組で多用されていました。 その布石をしっかりと打たれていたのかも知れませんね。 それにもまして、今回民放5局の総意で、東京オリンピックのテーマソングを誰にお願いするかを検討した結果、満場一致で桑田佳祐さんということになったそうです。 満場一致というのもまた、5局ですので、偶然では必然的に選ばれたと言えるでしょう。 東京オリンピックでは、十分選手たちの後押しになることは間違いないんですが、今回は民放5局全局が満場一致ということもあり東京 VICTORY を超える楽曲が 誕生することになるでしょう。 なぜ東京オリンピックで桑田佳祐さんは支持されたのか? 桑田佳祐さんの音楽センスは勿論なんですが、人格や人間性、生き方など、総合得点でずば抜けていたということだと思います。 桑田佳祐さんは、デビュー40周年を迎え、いまだ衰えを知らない常に、新たな挑戦を続けられている日本では稀に見る音楽界の至宝です。 その桑田佳祐さんが抜擢されるのは、当然のことといえば当然のことで、今日の日本の中でこれほどまでに、国全体を音楽で盛り上げることができる人は、桑田佳祐さん以外いないといってはも過言ではないと思います。 これまで培ってこられた実績もありますが、偉大なる過去に拘り誇ることよりも、常に前進する姿に惹かれる音楽家も少なくないはずだし、また、ファンの思いも同様でしょう。 私は、サザンオールスターズがデビューして以来、ずっとサザンオールスターズや桑田佳祐さんを追いかけ続けてきたことをこのブログでは綴っています。 私が、中学1年の時に出会ったのがサザンオールスターズだったんですが、この時に何とも言えない違和感を感じたのは今でも鮮明に覚えています。 違和感という表現が正しいかどうか分かりませんが、他と違うものを感じていました。 当初の日本の音楽界は、ニューミュージック、歌謡曲全盛期で、当初もやはり、ビジュアルは大切だし、アイドル中心の音楽界だったんですが、サザンオールスターズはと言うと、ランニングシャツにジョギパン姿がステージ衣装といった、一風、異彩を放ったグループだったんです。 上下で10,000円以下の、サザンオールスターズのメンバー。 こういう飾らないところも、一瞬にしてファンを魅了したのかも知れません。 但し、中身は本物、流れるようなメロディライン 当初のサザンオールスターズというか桑田佳祐さんの出で立ちはともかく、音楽については、日本の音楽にはないものがサザンオールスターズにはありました。 デビューアルバム熱い胸騒ぎの「別れ話は最後に」の心地よいボサノバ、セカンドアルバム、10ナンバーズからっとの「ブルースへようこそ」、サードアルバム、タイニーバブルスの「涙のアベニュー」のジャジーなサウンドなど、音楽の一通りのジャンルを知っているだけでなく、具現化していることから、よほど桑田佳祐さんは、幾千もの音楽を知っていないと成しうる技ではないのです。 音楽の根底にあるベース 基本 ものを熟知してないと、実現することができないことを、当初から、創りあげていたのです。 そういうベース 下地 がなければ、40年間も新しい曲を描き続けることはできないし、ファンに飽きられるんですね。 2020も桑田佳祐は健在 桑田佳祐さんの音楽性、年齢を重ねるにつれてますます幅が広がっているように見えます。 桑田佳祐さんの凄いところは恐らく、桑田さん以外に音楽という音楽を知っている人は他にいないんじゃないかなと思うくらい、さまざまな音楽を知っていて、それは絶えることなくこれからも続いていくんだと思います。 そして、吸収した音楽を自分のオリジナリティで具現化していく。 通常、オレはロックンロール、オレは演歌、オレはフュージョン、オレはジャズ・・・じゃないですか? その振り幅が広くて、いろんなジャンルをこなせる天才性が見え隠れして仕方がないんです。 だから飽きないし、新しいものが、これからも創られる、ということだと思います。 天才ミュージシャン、桑田佳祐さんはこれからも、聴くものを魅了するメロディを私たちに届けてくれるでしょう。 それをベースにして具現化している人は、私が知る限り、桑田佳祐さんが筆頭となるのではないでしょうか? そういう桑田佳祐さんだからこそ、心に響く曲が作れるし、そういう音楽の原点をベースにしているからこそいつまでもヒットメーカーであり続けられるのだと思います。 これは多分、これから世の中がどんなに変わろうと普遍的なことなんだろうと思います。 そういう桑田佳祐さんから学んだ、素晴らしい音楽のこともたくさん、このサイトで綴っていますので、是非、あなたにぴったりの音楽を見つけてください。 商業ベースに乗っける日本の音楽シーン サザンオールスターズがデビューした40年前、日本の音楽、いわゆるニューミュージックや歌謡曲は、商業ベースでした。 少し分かりにくいかも知れませんが、商業ベースとは、その音楽をヒットさせるためにいろんなプロデュースにお金をかけて、売れるようにするということです。 音楽そのものは普通なんだけど、プロデュース次第でそういう音楽は、ヒットしていた時代だったんです。 私の言う、違和感とは、そういう違和感のことで、それに慣れていた私がサザンオールスターズに出会い違和感を覚えたということです。 ここで言う、違和感は、その違和感の方が断然勝っているという意味です。 その結果、今のサザンや桑田佳祐さんがあるわけで、これは、どう考えても日本の至宝としか言いようがないんですよね。 2020年、東京オリンピックでは、どの民法チャネルでも、桑田佳祐さんの最高のアンセムが響き渡ります。

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桑田佳祐「SMILE〜晴れ渡る空のように〜」CD発売日や予約開始日はいつ?

桑田佳祐 オリンピック ソング

桑田佳祐 民放 東京2020 応援ソング 実際あの曲をどう思いますか? 米津玄師にしても桑田佳祐にしても、すごいプレッシャーだったはずです。 米津氏についてはまだ2020オリンピックが東京に決まった時は無名。 あれよあれよと上り詰め得た地位ですからこのような仕事にもある程度勢いよくやれるかと思います。 しかし桑田氏は40年も日本ポップス界の主役で居続け、東京2020が決まった瞬間はご本人も間違いなく自分の元に仕事の話がくることをイメージされたと思います。 40年間支持され続け、その集大成として今後一生残り続けるかもしれない歌を創る。 しかも先んじて勢いのあるクリエイターと国民的アイドルグループがタッグを組み別媒体で発表している。 このプレッシャーってどんなものなのか。 きっと最後は おれは桑田佳祐様なんだから、おれがダメなら誰がやってもダメ くらいに思わないと納得して筆を置けないのだろうと想像します。 皆さんももしよろしければ、桑田氏の心中を察したご意見など、オリンピック利権と付き合わされるアーティストの方達について、幅広く様々な角度からお話しを頂けると幸いです。 桑田さんは今までたくさんの映画やドラマ、イベント番組などのテーマ曲を創ってきましたが、今回が一番プレッシャーを感じたでしょうね。 実際、番組内で『プレッシャーがありましたが』と言っていましたし、曲が披露されてからスタジオにいる桑田さんが映りましたが声をかけられるまで険しい顔をしていました。 この民放合同プロジェクトの曲を創るというより、新曲を平日の夕食の時間帯に、しかも民放全局が同時放送という場で披露するということに緊張したのだと思いますね。 ファン以外のたくさんの人が間違いなく聴くことになったわけですから。 まして今はSNSですぐに一般の人の反応がわかってしまう時代ですから、下手な曲を創ったら何を言われるかわからない。 よくこの仕事を引き受けたなと思いました。 そこでもうひとつ思ったのが、なぜ今回はサザンでなくて桑田さん個人で引き受けたのかということです。 私が思うに、桑田さんはサザンをこのプレッシャーのかかる仕事に巻き込みたくなかったんじゃないかと。 サザンは『東京VICTORY』という曲も創っていることもあり、一般アンケートでもオリンピックで歌ってほしいミュージシャンの1位になったぐらいに期待されていました。 そのためサザンに何らかのオファーがあることは予想できたでしょう。 だが、一方でそれはリスクを伴うことでもあります。 下手な楽曲をサザンの新曲として披露してしまい、サザンに傷をつけてしまう事もありえるわけです。 本人たちが良いと思っても大衆の期待するものとは違ったという場合は少なからずあるものなので。 ですから、全責任は自分が負う意味でソロで引き受けたんじゃないかと思います。 それと『東京VICTORY』もそうでしたが、桑田さんは100%東京オリンピック開催バンザイ!の人ではありません。 一般的にも東京でオリンピックを開催する話が出た時に賛否両論になったように、桑田さん自身もオリンピック開催の裏でいろいろ抱えている日本の問題に意識を傾けている方です。 特に被災地の方々への思いがそれです。 100%オリンピック開催礼讃の方なら、『東京VICTORY』の歌詞のなかに『時が止まったままのあの日のマイ・ホーム・タウン 二度と戻れぬ故郷(ふるさと)』という歌詞は書かないはずです。 今回も番組内で『日本が、被災地が、』と言葉にしたように盛り上がる大都市の裏でいまだに仮設住宅で暮らしている人たちの事を憂いています。 ですから新曲でも歌詞の中に『世の中は今日この瞬間(とき)も悲しみの声がする』とあります。 オリンピックを盛り上げるために創る曲でネガティブなフレーズは時に批判を浴びるかもしれない。 しかしこういう部分こそが桑田さんが個人的にも歌の中で表現したい思いでしょう。 新曲の世間の反応はどうなるか予測ができないからこそ、今回はサザンでなく個人としてオリンピックに関わろうと決心したのかと思いました。 このように一流ミュージシャンという立場の人でも、何らかのしがらみの中で仕事をしている。 私は桑田さんのこういう人間臭い、普通の人的な感覚が好きですね。 こういう人だから『闘う戦士たちへ愛を込めて』(サザン)なんて、弱肉強食の世界で生きるサラリーマンの悲哀を歌にもできたんだろうなと思います。 最後に、新曲は素晴らしいと思いました。 これならむしろサザンとして出したほうが良かったんじゃないかと思ったぐらいです(笑) とても素敵な曲ですよね! 各家庭でテレビの前でオリンピックを応援する時に流れてるイメージが浮かびます。 桑田さんの楽曲は良い意味で昭和の風景に似合うというか。 家族でテレビを見ながら居間を囲う風景によく似合うと思います(エロティカセブンとかは別ですが笑) 質問をみて、そうか桑田さんはオリンピックが決まった時から見据えてておかしくないなと思い、ふと思い浮かんだのが「東京VICTORY」でした。 東京オリンピックが決まった翌年の楽曲なんですね。 そう思うと「東京VICTORY」「君への手紙」「若い広場」など名曲揃い。 (いえ、オリンピック決まる前から名曲揃いではあるのですが) この「SMILE〜晴れ渡る空のように〜」へ続く道に思えて流石だなあと思います。 ふとこれを書きながら、Wikiなどでディスコグラフィー調べたりして知ったのですが桑田さんってもう63歳なんですね!還暦!! 63歳になっても衰えないバイタリティー、枯れない独創性、進化し続ける力... たまに桑田さんのラジオを聞くとびっくりするくらい若い世代の楽曲を絶賛してて驚くのですが、やはり一流の人はいつまでも現状に満足しない求心力があるのでしょうね。 集大成の楽曲であることは間違いないのですが、桑田佳祐ならば命ある限りきっとさらにすごい曲を今後出してくれるような気がしてなりません。

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桑田佳祐 東京五輪の民放共同企画応援ソング初披露 全国114局で同時生放送― スポニチ Sponichi Annex 芸能

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桑田佳祐 民放 東京2020 応援ソング 実際あの曲をどう思いますか? 米津玄師にしても桑田佳祐にしても、すごいプレッシャーだったはずです。 米津氏についてはまだ2020オリンピックが東京に決まった時は無名。 あれよあれよと上り詰め得た地位ですからこのような仕事にもある程度勢いよくやれるかと思います。 しかし桑田氏は40年も日本ポップス界の主役で居続け、東京2020が決まった瞬間はご本人も間違いなく自分の元に仕事の話がくることをイメージされたと思います。 40年間支持され続け、その集大成として今後一生残り続けるかもしれない歌を創る。 しかも先んじて勢いのあるクリエイターと国民的アイドルグループがタッグを組み別媒体で発表している。 このプレッシャーってどんなものなのか。 きっと最後は おれは桑田佳祐様なんだから、おれがダメなら誰がやってもダメ くらいに思わないと納得して筆を置けないのだろうと想像します。 皆さんももしよろしければ、桑田氏の心中を察したご意見など、オリンピック利権と付き合わされるアーティストの方達について、幅広く様々な角度からお話しを頂けると幸いです。 桑田さんは今までたくさんの映画やドラマ、イベント番組などのテーマ曲を創ってきましたが、今回が一番プレッシャーを感じたでしょうね。 実際、番組内で『プレッシャーがありましたが』と言っていましたし、曲が披露されてからスタジオにいる桑田さんが映りましたが声をかけられるまで険しい顔をしていました。 この民放合同プロジェクトの曲を創るというより、新曲を平日の夕食の時間帯に、しかも民放全局が同時放送という場で披露するということに緊張したのだと思いますね。 ファン以外のたくさんの人が間違いなく聴くことになったわけですから。 まして今はSNSですぐに一般の人の反応がわかってしまう時代ですから、下手な曲を創ったら何を言われるかわからない。 よくこの仕事を引き受けたなと思いました。 そこでもうひとつ思ったのが、なぜ今回はサザンでなくて桑田さん個人で引き受けたのかということです。 私が思うに、桑田さんはサザンをこのプレッシャーのかかる仕事に巻き込みたくなかったんじゃないかと。 サザンは『東京VICTORY』という曲も創っていることもあり、一般アンケートでもオリンピックで歌ってほしいミュージシャンの1位になったぐらいに期待されていました。 そのためサザンに何らかのオファーがあることは予想できたでしょう。 だが、一方でそれはリスクを伴うことでもあります。 下手な楽曲をサザンの新曲として披露してしまい、サザンに傷をつけてしまう事もありえるわけです。 本人たちが良いと思っても大衆の期待するものとは違ったという場合は少なからずあるものなので。 ですから、全責任は自分が負う意味でソロで引き受けたんじゃないかと思います。 それと『東京VICTORY』もそうでしたが、桑田さんは100%東京オリンピック開催バンザイ!の人ではありません。 一般的にも東京でオリンピックを開催する話が出た時に賛否両論になったように、桑田さん自身もオリンピック開催の裏でいろいろ抱えている日本の問題に意識を傾けている方です。 特に被災地の方々への思いがそれです。 100%オリンピック開催礼讃の方なら、『東京VICTORY』の歌詞のなかに『時が止まったままのあの日のマイ・ホーム・タウン 二度と戻れぬ故郷(ふるさと)』という歌詞は書かないはずです。 今回も番組内で『日本が、被災地が、』と言葉にしたように盛り上がる大都市の裏でいまだに仮設住宅で暮らしている人たちの事を憂いています。 ですから新曲でも歌詞の中に『世の中は今日この瞬間(とき)も悲しみの声がする』とあります。 オリンピックを盛り上げるために創る曲でネガティブなフレーズは時に批判を浴びるかもしれない。 しかしこういう部分こそが桑田さんが個人的にも歌の中で表現したい思いでしょう。 新曲の世間の反応はどうなるか予測ができないからこそ、今回はサザンでなく個人としてオリンピックに関わろうと決心したのかと思いました。 このように一流ミュージシャンという立場の人でも、何らかのしがらみの中で仕事をしている。 私は桑田さんのこういう人間臭い、普通の人的な感覚が好きですね。 こういう人だから『闘う戦士たちへ愛を込めて』(サザン)なんて、弱肉強食の世界で生きるサラリーマンの悲哀を歌にもできたんだろうなと思います。 最後に、新曲は素晴らしいと思いました。 これならむしろサザンとして出したほうが良かったんじゃないかと思ったぐらいです(笑) とても素敵な曲ですよね! 各家庭でテレビの前でオリンピックを応援する時に流れてるイメージが浮かびます。 桑田さんの楽曲は良い意味で昭和の風景に似合うというか。 家族でテレビを見ながら居間を囲う風景によく似合うと思います(エロティカセブンとかは別ですが笑) 質問をみて、そうか桑田さんはオリンピックが決まった時から見据えてておかしくないなと思い、ふと思い浮かんだのが「東京VICTORY」でした。 東京オリンピックが決まった翌年の楽曲なんですね。 そう思うと「東京VICTORY」「君への手紙」「若い広場」など名曲揃い。 (いえ、オリンピック決まる前から名曲揃いではあるのですが) この「SMILE〜晴れ渡る空のように〜」へ続く道に思えて流石だなあと思います。 ふとこれを書きながら、Wikiなどでディスコグラフィー調べたりして知ったのですが桑田さんってもう63歳なんですね!還暦!! 63歳になっても衰えないバイタリティー、枯れない独創性、進化し続ける力... たまに桑田さんのラジオを聞くとびっくりするくらい若い世代の楽曲を絶賛してて驚くのですが、やはり一流の人はいつまでも現状に満足しない求心力があるのでしょうね。 集大成の楽曲であることは間違いないのですが、桑田佳祐ならば命ある限りきっとさらにすごい曲を今後出してくれるような気がしてなりません。

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