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太陽の赤外光から水素を生成し、新たなエネルギー源に。 地球の未来を変える京大・坂本准教授の挑戦

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ブルー種族の宇宙人のイラスト by kumako 宇宙人との交流の始まり 坂本廣志 宇宙名:フヤナ・287 は4歳の時から宇宙人と交流が始まり、現在まで続いています。 その間に宇宙と地球の両方での生活を繰り返しながら、多くの宇宙人種族と出会いました。 その書き尽くせないほど膨大な宇宙人との交流の記録の一部をブログで紹介しています。 18000年前にフヤナはこの地球にやって来ましたが、もともとはこの宇宙の生命発祥の銀河に生まれました。 故郷の銀河では伝説に残る大管理者として慕われていました。 その銀河が超能力を進化させていた中等生命体の種族によって侵略され、ほとんど存続できない状態まで破壊されてしまいました。 高等生命体の大管理者だったフヤナは、その宿敵の種族を追いかけて、魂のままで地球までやって来ました。 宇宙ではそれまで女性でしたが、地球では男性に生まれ変わり、転生の度にその宿敵の種族に殺され続けるという、壮絶な戦いを繰り返しましたが超能力を磨いて、ついに最高生命体と同等の能力を開花させることができました。 さらに地球の先住民である最高生命体の竜神様からフヤナの脳に入れられた最高生命体の知識を、宇宙にいる高等生命体の宇宙人たちの脳にもコピーすることで、宇宙人たちも高等生命体から最高生命体まで進化できるようになりました。 肉体を維持したまま最高生命体の知能 知能指数1000万 まで進化したことは前代未聞の出来事で、これを契機に飛躍的な進化が始まります。 フヤナが地球で培った鉱物探査の能力が役立って、特に鉱物探査では進化が停滞していた宇宙では計り知れないほど多くの未知なる宇宙の扉を開いて行きます。 今では肉体を維持したまま科学を進化させて、始まりの宇宙まで帰還することができています。 高度な科学を持ちながらも、科学を物理次元に還元することなく無機質のままで存在している宇宙すべてを、究極の科学を体現した物質宇宙へと進化させるために、フヤナは常に貢献し続けています。 宿敵であった宇宙種族も宇宙から完全に抹消され、地球での任務は終わりました。 しかし、この地球で初めて男性として生まれ代わり、宇宙でも稀な男性として誕生したフヤナは、自分の故郷は地球だと感じて、少しでも長くこの地球に滞在したいと願っています。 現在、世の中で流布されている宇宙や宇宙人に関する情報はほとんどが偽物です。 宇宙には宗教もなければ、人間が考えているような神様もいません。 人間を進化させないように、本当の宇宙のことが分からないように目隠しをされて来たのです。 坂本廣志と坂本美紀恵のブログはこちらから: 旧blogは復元・保存のため工事中です。 しばらくお待ちください。

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もし、身の回りにある普通の窓ガラスで発電できるようになれば、世界はどう変わるでしょうか。 誰もが使いたい放題に電気を使えるようになり、人類史上初めてエネルギーを巡る争いがなくなる……。 そんな夢みたいな話が、現実になる可能性が出てきました。 地球に膨大な量が降り注ぎながら、今のところほとんど利用されていない赤外光(赤外線)を、エネルギーに変える。 そんな新しい未来を切り開く研究に取り組んでいるのが、京都大学化学研究所の坂本雅典准教授です。 坂本准教授に革新的な新エネルギー開発について伺いました。 坂本 現在はほとんど利用されていません。 その理由は、赤外光のエネルギーが低いからです。 赤外光とは、可視光線の赤色よりも波長の長い光で、その波長は0. 一般に波長の長い光ほどエネルギーが低くなるため、シリコン太陽電池の発電などに使えるのも約1. そのため赤外光は、太陽光発電にほとんど利用できないのです。 植物が光合成に使う光も青い光(400~500nm)と赤い光(600~700nm)ですから、やはり赤外光は使われていません。 坂本 赤外光は太陽光全体の46%程度、フォトン(光子)の量で考えれば半分ぐらいと考えられており量は確かに多いのです。 ただ、いくら大量にあったとしても、エネルギーとしては活用できないのでは意味がありません。 けれども逆に考えてみましょう。 仮に赤外光から少量でもエネルギーを取り出せるようになれば、その総量は膨大ですからトータルではそれなりのエネルギー量を確保できるようになります。 そして、実際に我々は赤外光エネルギーの化学エネルギー変換に成功しました。 具体的には、赤外光から水素を生成する赤外応答光触媒を開発したのです。 このエネルギー変換は理論上は決して不可能なテーマではなく、実際に先行研究もありました。 ただし以前の研究ではエネルギーの変換効率(外部量子収率)が、わずか0. 01~0. 03%とあまりにも低かったのです。 これに対して、我々の研究成果では変換効率が3. 8%までに高まっています。 もっともここに至るまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでしたが。 02%程度から3. 8%にまで高まった。 坂本 そうではなく先行研究の成果があまりにも芳しくなかったため、実用化は到底無理と考えられ誰も研究していなかったのが実態です。 私は理論上できるはずだから研究に取り組もうと思ったのですが、赤外光から水素を高効率で発生させる実験を始めると周りの先生方に話したときには、「できるわけがない」と太鼓判を押していただきました(笑)。 坂本 赤外光は波長が長くエネルギーが低いため、仮に赤外光を使って光電変換を起こせたとしても、変換を起こすことのできるエネルギーを持つ状態を持続する力が弱いのです。 そのためいったん変換が始まっても、すぐに元の状態に戻ってしまう。 けれども、反応が起こるメカニズムを考えている内に、抜け道が見えてきました。 そのカギとなるのが電荷移動です。 坂本 LSPRを活用した光電変換こそは、赤外光のエネルギー変換におけるキーテクノロジーと考えています。 入射した光によって引き起こされる材料中の電子の集団振動をプラズモン共鳴と呼び、特にナノメートルサイズの構造物の表面で起こるプラズモン共鳴を局在表面プラズモン共鳴と呼びます。 これはナノサイズの粒子に限られた現象ですが、赤外光エネルギーによって粒子中の電子が励起され、特定の指向性を持って集団振動するのです。 その結果、エネルギーの高いホットキャリアが形成されます。 ただ、そのままだとホットキャリアは一瞬で緩和してしまいます。 ところが、そこに適切なアクセプターつまり受け皿があれば、エネルギーを与えられた電子が、そのアクセプターに注入されます。 赤外光を吸収してホットキャリアを形成するのがヘビードープ半導体です。 坂本 これを作るのに相当苦労しました。 LSPRがナノレベルの世界で起こる現象なので、ヘビードープ半導体であるCuS(硫化銅)のナノ粒子をつくり、そこに電子アクセプターとなるCdS(硫化カドミウム)を付着させます。 「付着させる」と言葉では簡単に表現できますが、なにぶんにもナノレベルの世界の話なので、そう簡単には狙い通りに付着してくれないわけです。 実験を担当してくれる学生に指示したのは「CuSに何か適当な電子アクセプターをつけてよ」のひと言だけでしたから、学生からは「先生は簡単にいうけど、そんなものできるわけがありません」と何度もいわれました。 そこを何とかと粘っている内に、画期的な素材をつくってくれたのです。 坂本 赤外光に応答して電子が動くのは間違いない事実です。 だからLSPR素材のCuSに適切なアクセプターをつけて、その電子を捉えることができれば電気エネルギーを取り出せるという考え方には、彼も納得してくれました。 もっとも、これはあくまで大まかなあらすじに過ぎないわけで、そこから実際の作業を組み立てていく過程では、学生にいろいろ考えてもらわなければなりません。 もちろん、いつも一緒にディスカッションしながら進めていくのですが、 最終的には手を動かしてくれる人の意見を、いかに受け止めるかが研究を進めるカギになります。 坂本 ところが、最初にその材料を使った実験データを見たときには意味不明でした。 要するに予想していたのとは、まったく異なるデータが出てきたのです。 何が起こっているのか、さっぱりわからない。 私はもちろんですが、実験をやっている学生も理解できないようなデータです。 当然、なんでこうなるんだと学生と議論になります。 坂本 いや、そんな簡単な話ではありません。 長い間同じような研究に取り組んできたために、そもそも私自身が先入観にとらわれているのです。 つまりあるデータを見た瞬間に深く考えもせずに、そのプロセスはだいたいこんなことだろうと勝手に見当をつけてしまう。 ところが、今回の実験から出てきたデータは、これまで知っているパターンにはまったく当てはまらなかった。 だから、一体何が起こっているのか理解できず、学生と言い合いになることが何度かありました。 そんなある日、子どもを連れて公園を散歩している最中に、突然ひらめいたのです。 坂本 ひらめくのはたいてい散歩しているときや、お風呂に入っているときですね。 ただし、 ひらめくための絶対条件が一つあって、それはずっとその問題を考え続けることです。 決して誇張しているわけではなく、四六時中その問題が頭の中にあるというか、無意識のうちでも考えているような状態、ある意味取り憑かれているといってもいいかもしれません。 ともあれそうやって考え続けていると、ある瞬間「あっ!もしかすると、こういうことなんじゃないか」と思いつくのです。 坂本 いちばん深く理解しているのは、実験を担当してくれている学生なので、彼に私の思いつきを話してみると「そうかもしれない」と直ちに同意してくれました。 そして実験で確かめてみると、予想通りの結果が出ました。 考えた内容が裏付けられたわけです。 坂本 簡単にいうと、従来とは異なるメカニズムによる電荷移動機構が見つかったのです。 少し専門的に説明すると、適切なヘビードープ半導体を使うと、キャリアのトラップ(エネルギーの高い準安定状態)を経由した段階的な電荷移動によりプラズモン誘起電荷移動が起こりました。 これは従来知られていなかった新しい機構です。 これによりエネルギーの低い赤外光からでも、エネルギーを効率的に取り出せるようになりました。 坂本 最初にお話したようにエネルギーの変換効率が、0. 01~0. 03%から3. 8%へと従来の100倍以上に高まりました。 さらに電子が効率的に動くことにより、電荷分離の時間が以前の実験結果に比べて次元の異なるレベルまで長寿命化しています。 以前の実験では数十ピコ秒(ピコ秒=1兆分の1秒)に過ぎなかったのが、数百マイクロ秒(マイクロ秒=100万分の1秒)まで伸びたので、ざっと数千万倍になっています。 使える光についても、以前が800nmぐらいの波長が限界だったのに対して、その約3倍となる2. これは、赤外域の太陽光すべてをエネルギーに変換できたことを示しています。 坂本 既に我々は、LSPRを示す新たな無機ナノ粒子を使って、赤外光を電気エネルギーや信号に変換できる無色透明な材料の開発にも成功しています。 これも世界初の発明です。 使った素材はスズドープ酸化インジウムのナノ粒子です。 これも赤外域にLSPRを持つ素材で、スズのドーピング量により吸収する波長を制御でき、電子移動と素材の透明性を両立しています。 少しSFチックな表現をするなら 「人の目には見えないけれども、光に応答してエネルギーをつくり出す材料」が実現するのです。 無色透明でありながら、近赤外から中赤外領域の光をエネルギーや信号に変換できる材料、つまり透明な太陽電池の開発が、夢物語ではなくなる可能性が出てきたのです。 この透明のガラスで発電できるようになる。 坂本 そこら中の窓ガラスが電気エネルギーをつくり出してくれたり、エネルギー源となる水素を産み出すようになると、本当に世界が変わると思います。 我々研究サイドでは、革新的な太陽電池の基礎技術開発は早ければ5年ぐらいで実現すると見込んでいます。 その基礎技術を産業界で大量生産できるレベルまで実用化してもらえば、10年後の未来像は今とは非連続なものとなるのではないでしょうか。 坂本 九州大学で修士まで学び、博士課程は大阪大学に移りました。 そこで所属した研究室が、とても厳しいところで、ほとんど休みがとれないほどの仕事を与えられました。 最初の間は嫌で仕方がなかったのですが、あるとき急に楽しくなったのです。 先生から「やれ」といわれて行う仕事は単なる作業です。 ところがその実験の枠組みを自分なりに理解できると取り組み方が変わります。 そんなある日、研究室の誰もうまくできなかった実験で、きちんとした結果を出せました。 その成果を元に論文を書いてからは、何もかもが楽しくなっていきました。 最初からそんなものだと思っているから、うまく行かなくても何てことはないのです。 それよりも大切なのは、 なぜ失敗したのかを突き詰める努力であり、それ以前にきっちりと条件を詰めた上で実験に取り掛かることです。 前提条件を固めておけば、失敗しても大抵の場合はその理由を突き止められます。 すると、次のステップに進めますから。 坂本 少なくとも私はならないですね。 なぜなら研究職とはロマンを追い求める仕事だと思っていますから。 自分の研究成果が社会に貢献できて、その結果として人類をもう一段上のレベルに引き上げられるかもしれない。 そう思えばワクワクするじゃないですか。 しかも、失敗しても突き詰めて考えれば、答えが見える可能性は必ずあるのです。 大切なのは最後まで諦めずに考え抜く執念です。 その際に忘れてはならないのが、実際に手を動かして研究をサポートしてくれるスペシャリストたちの存在です。 今回の発見も、実験を重ねてくれた学生がいなければ、決して実現しなかったでしょう。 ノーベル賞を含め優れた研究成果の背後には、必ずそれをサポートする研究チームがある。 チームに所属する研究員の中から、明日の日本の科学を担う研究者が出てくることを期待します。 京都大学 化学研究所 物質創製科学研究系 精密無機合成化学領域 准教授 坂本雅典(さかもと まさのり) 2005年、大阪大学大学院工学研究科分子化学専攻博士課程修了、博士(工学)。 同年、大阪大学産業化学研究所特任助教、2009年、筑波大学先端学際領域研究センター助教、2012年、京都大学化学研究所助教を経て、2015年より現職。 専門分野はナノ材料化学、光化学。

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坂本龍一 嫁は空里香?子供は?矢野顕子との離婚理由は浮気か。隠し子の真相について

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とにかくかなり当時としては豪華な城だったみたいですね。 そんな坂本城は本能寺の変が起こる天正10年(1582年)に至るまで、光秀が城主を務めました。 10年以上にわたって光秀の本拠地だったと言えますね。 山崎の戦いに敗れ、光秀が落ち延びようと目指したのも坂本城です。 しかし光秀は坂本城にたどり着くことなく京都の醍醐・山科辺りで討ち取られてしまいました。 そして坂本城も光秀が討たれた事を知った家臣・明智秀満によって火を放たれ、焼け落ちてしまいます。 その後坂本城は丹羽長秀によって再建され、丹羽長秀・杉原家次・浅野長政の3人が城主となっています。 しかし天正14年(1586年)に秀吉の命を受けた長政が大津城を築城して移転したことで廃城となりました。 坂本城の資材は大津城築城に使われたといわれているので、解体されてしまったみたいですね。 というわけで築城からわずか15年ほどで豪華壮麗と謳われた坂本城はその姿を消してしまいました。 現在はわずかに遺構が残っているのみとなっています。 坂本城址公園には明智光秀像と共に坂本城の縄張り図が描かれた看板があります。 これを見てから遺構を見て回るとスムーズなので、坂本城址公園を目印にしてアクセスするとよいでしょう。 ちなみに坂本城址公園は県道558号(高島大津線)沿いにあります。 公園入口に「坂本城址」の石碑が建っているので目印にすると良いですね。 駐車場は坂本城址公園へ 車でアクセスする場合は坂本城址公園の駐車場を利用しましょう。 先ほど書いた通り坂本城は大半の遺構が失われていて、ほぼ全域が住宅地ですし、専用の駐車場もありません。 なので坂本城址公園の駐車場を使わせてもらう方がスムーズです。 坂本城址公園 というわけで坂本城跡へ行ってきました! この時は車でアクセスしたのでまず坂本城址公園へ向かいます。 こちらが坂本城址公園の入口にある石碑ですね。 結構大きいんですが、車で行くと意外と見落としやすいので要注意。 道路沿いに木が生えているせいか直前まで目に入りませんでした(汗 ちょっと引いて駐車場の写真も撮ってみました。 駐車場は10台くらいなら駐められるかな?って感じですね。 公園自体もそれほど大きくありませんし、駐車場も広くはありません。 明智光秀像 坂本城址公園内には明智光秀像や光秀の業績を記載した石碑などがあります。 こちらが明智光秀像ですね。 何度かネットで見たこともありましたが、うーん・・・ 拡大してみました(笑 ・・・ うーん、もうちょっと格好良くならなかったのだろうか(爆 そう思うのは私だけでしょうか・・・ ちなみに光秀像の近くには「光秀(おとこ)の意地」という演歌の歌詞が書かれた石碑があります。 こんな歌があるって事は全く知りませんでした(汗 ちなみに石碑の横にはボタンが付いていて、押すと歌が流れます。 よく見ると石碑の裏にスピーカーがありますね(笑 まあ聞いてみたい人は聞いてみれば良いんじゃない、かな・・・ 坂本城の石垣跡 坂本城址公園の琵琶湖側には坂本城のものだと言われてる石垣が残ってます。 ただ、実際見てみたらちょっと石垣だという確信は持てませんでした。 なんというか、それほど古いもののように見えなかったんですよね(汗 これってもしかして公園作るときに一緒に作ったものだったりするんじゃないでしょうか・・・?? 本丸跡碑 坂本城址公園を見た後、本丸跡の碑を見に行きました。 坂本城址公園の前を通る県道558号線を北へ少し歩いて行くと、道沿いに本丸碑があります。 ただ、本丸碑はめっちゃ分かりにくいところにありました(汗 実は上の写真の中に本丸碑はあります。 どこかと言いますと・・・ ココです。 琵琶湖側に建っている会社の入口辺り。 ここはホントに分かりにくくて、2~3回通り過ぎてようやく見つけました(笑 こちらが坂本城の本丸跡碑ですね。 実は私、最初はこれ会社の名前でも書かれてるんだと思ってました。 だって会社の入口に建ってるし(笑 しかしよく見たら「本丸跡碑」の文字が見えました。 書いてある文字も読みにくかったのですが、記載されてた内容は以下の通り。 坂本城本丸跡碑坂本城は元亀2年(1571年)織田信長による山門(延暦寺)焼き討ちの跡、明智光秀により東南寺川河口に気付かれた水城としてよく知られている。 天正14年(1586年)大津城築城までの間栄えた城であり、当地の発掘調査ではじめて、坂本城本丸の石垣や石組井戸、礎石建物等が発掘された。 ・・・というわけで本丸はこの辺りにあったわけですが、正直遺構と言えるようなものは何もありません。 琵琶湖側には何か遺構が残っているのかもしれませんが、明らかに会社の敷地になってますし、琵琶湖側を見ることは出来ませんでした。 明智塚 本丸跡碑から少し北へ行った道沿いには「明智塚」という塚があります。 坂本城址公園にあった縄張り図を参考にすると、場所的には二の丸があった辺りですね。 こちらが明智塚になります。 入口の横に塚の由来が書かれていて、ここは坂本城落城の際、光秀の脇差「郷義弘(倶利伽羅江)」や宝器物を埋めた跡なんだそうです。 そのため明智一族の墓所(供養塔)と伝えられているみたいですね。 毎年6月15日には祭りが行われて居るという記載もありました。 こちらが奥にある塚ですね。 とてもしっかり手入れされているのが印象的でした。 坂本城碑 二の丸の南端あたりには坂本城址碑が建っています。 石碑の横にも坂本城の解説看板が立っており、坂本城が山門(延暦寺)の監視、美濃・京都間のルート確保、水運のための重要拠点だった旨が記載されてました。 確かにこのエリアは当時の信長にとって色んな意味で重要な場所だったでしょうし、そこを光秀に任せたというところからも信長が光秀を信頼していたことが想像できますね。 ちなみに坂本城址碑の東(琵琶湖側)には東南寺という寺院があり、ここには坂本城落城の際に命を落とした方々の首塚が残っています。 旧大道町(中堀跡) 坂本城趾碑の前を南北へ通る道は江戸時代に西近江路(北国街道)として交通の要衝でした。 そのためこのあたりは「大道町」と呼ばれていたらしいです。 で、実はこの道があった場所が坂本城の内堀だったみたいですね。 確かに坂本城址公園の縄張り図を見るとここは二の丸と三の丸の境になっていて、堀があったようです。 ただ、残念ながら現在その形跡を見ることは出来ません。 あとは外堀があったと思われる道を通って坂本城址公園に戻りました。 実際歩いてみると1時間ほど。 色々迷いながらでそのくらいなので、スムーズに行けば1時間もかからないかもしれませんね。 まとめ というわけで坂本城を紹介しました。 明智光秀と言えば亀山城や福知山城も思い浮かびますが、やっぱり坂本城のイメージが強いので遺構がほとんど残っていないのが残念ですね。 ただこのあたりは西教寺や聖衆来迎寺、盛安寺など光秀にゆかりのある場所も多いので併せて訪れてみる良いと思います!.

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