魂の殺人 義士。 【定期】テコンダー朴の作者、シャニマス限定ガシャで爆死してしまう

映画『壬生義士伝』あらすじと解説/ここが見どころ!

魂の殺人 義士

登場人物 吉村貫一郎 中井貴一 盛岡藩士、脱藩し新選組の隊士募集で上京し故郷に妻と子供を残す。 斎藤一 佐藤浩市 新選組三番隊組長、老人になって吉村貫一郎との時を回想する。 吉村しづ 夏川結衣 盛岡に残した貫一郎の妻、三人の子どもを育て夫の帰りを待つ。 ぬい 中谷美紀 斎藤がしこめと呼び、気を許している奥州出身の芸妓の愛人。 大野次郎右衛門 三宅裕司 千秋の父で、南部藩の留守居役の役職で吉村の上司でもある。 大野千秋 村田雄浩 吉村の藩校の生徒で、大人になり町医者を妻とともに開業する。 大野みつ 夏川結衣 千秋の妻であり吉村貫一郎の娘、縁あって夫婦に。 夏川結衣が一人二役。 吉村嘉一郎 藤間宇宙 吉村の息子で、剣術も強く、心優しい男。 千秋とは幼馴染の同期生。 佐助 山田辰夫 次郎右衛門に長く仕える、吉村の死に立会い死後も千秋夫婦を見守る。 近藤勇 塩見三省 新選組の局長、京都の治安維持にあたり尊攘派の弾圧に活動する。 土方歳三 野村祐人 新選組副長、局長の近藤勇の右腕として組織を支え続ける。 沖田総司 堺雅人 新選組一番隊組長及び撃剣師範。 剣術に秀でるが喀血で倒れる。 永倉新八 比留間由哲 新選組二番隊組長及び撃剣師範。 吉村との真剣での稽古をする。 伊東甲子太郎 斎藤歩 新選組参謀及び文学師範、水戸学を学ぶ勤皇思想家。 あらすじ ネタバレあり 明治三十二年東京市、冬。 孫を背負った老人が、右足を少しひきずりながら町医者の大野病院を訪れます。 大野病院は、新天地である満州に医院を移すため引越しの準備中でした。 老人は、ふと目に留まった写真に見入る。 そこには老人がもっとも憎み、そして、幕末の戦乱をともに戦った、壬生の狼、吉村貫一郎が写っていた。 老人の名前は、斎藤一。 元新選組三番隊組長、彼は吉村を嫌った。 壬生で産まれた新選組は、京都の片隅で得意絶頂の時期であった。 池田屋だのなんだのと、天下を剣でねじ伏せたつもりの恐いもの知らずの集まりだった。 吉村は新入隊士の試験で、土方が選んだ目録のなかに入っていた。 斎藤一はこの時、はじめて吉村を見た。 吉村貫一郎、奥州南部盛岡、北辰一刀流 免許。 吉村は東北なまりで、笑顔を浮かべながら話す、腰の低い田舎侍だった。 北辰一刀流は真剣では立ち会わない。 相手は、新選組二番隊組長、永倉新八。 局長の近藤は、吉村のりっぱな腕前を評価し、剣術指南方を仰せつける。 ある晩、京都の料亭にて新選組の決起会が開かれていた。 斎藤は短気な男であった、遅れてきたうえに、先にいた隊士を足蹴にして吉村の隣に座ると、沖田がその横に座った。 隣り合わせになった吉村は、斎藤に初対面の挨拶をする。 斎藤は、吉村のお国自慢や家族自慢に嫌気がさす。 饒舌に語り、微笑みかける吉村を、鼻持ちならない田舎侍だと思った。 斎藤は理由も無く、この男を斬ろうと決めた。 斎藤はこの一か月、人を斬っていなかった。 酒鵜に酔ったと嘘を言い、屯所までの同道を頼み道行きで齊藤は、突然、剣を抜き吉村に斬りかかった。 理由を聞く吉村に対して、斎藤は理由など無く貴様が気にくわないと言う。 理由なき抜刀に吉村は応戦しながら「死ぬわけにはいかない」と剣を構える。 斎藤は、剣を収め「冗談だ、貴公の腕前を試したまでよ」と言い放ち「死にたくないか、呆れた侍だ」と吐き捨てる。 吉村は「誰しも本心は同じでしょう、斎藤先生は違うのですか」と問い、斎藤は「おれは、いつ死んでもかまわぬ。 切ってくれる奴がいないから生きているだけだ」と答える。 吉村は「死にたくないから人を斬る」と言う。 斎藤は、ただ人を斬るだけの自分にも新選組にも絶望し、死を恐れなかった。 それに引き替え、吉村は、生への凄まじい執着を見せていた。 ある日、隊規違反で隊士のひとりが切腹を申し付けられる。 新人の隊士二人に介錯の命が降りるが一人が怖気づいたのに対し、吉村は一太刀にして首を跳ねる。 その褒美にと、土方が二人に小判2枚ずつを差し出すと、吉村は、刀の刃がこぼれたのでその直しの費用も増やして欲しいと申し出る。 そして追加分の小判を収めると、もう一人の小判二枚も懐に入れてる。 吉村は、これほどに金に執着した。 新選組、幕末の動乱の仇花。 その新選組でせっせと 吝嗇 りんしょくにつとめる珍しい奴だった。 吉村は、家族を養うために脱藩し、新選組に入隊する。 大野病院の大野千秋は、吉村が教えを説いた藩校の出身だった。 「南部盛岡は江戸より百四十里、奥州街道の果てゆえ・・・」吉村は貧しかったが、学才と武芸の腕前で、藩校の教壇に立っていた。 吉村は、武士として対面を保つ程度の貧しい生活だったが、頼もしく育つ息子、嘉一郎とまだ小さく可愛いい娘、みつ。 そして自慢の美しい妻、しづとともに幸せな暮らしだった。 ところが吉村は、突然、南部藩を脱藩した。 当時の脱藩は、亡命のようなもので、南部を愛し誇りを持てと教えていた吉村に対して千秋は愕然とした。 千秋は、不埒者として虐められた吉村の息子、嘉一郎をいつも庇った。 残された家族は藩の住居から追われ、遠い親族を頼り引っ越していった。 新選組に入隊した吉村は、月々の 俸禄 ほうろくを家に仕送りをする。 吉村の手許に届いた息子からの手紙には、家族の近況と息災が記してあった。 これを読むときが幸せだった。 千秋の父、大野次郎右衛門は藩の留守居役であると同時に、吉村の上司でもあった。 もとは同じ長屋に生まれた幼馴染で、吉村の家は御徒組の下っ端。 千秋の父も母子でここに住んでいたが、大野家の嫡男の病死で、妾腹の千秋の父が大野家四百石の家督を継ぐことになり境遇が一変した。 次郎右衛門は、妾腹ゆえ当主の意に逆らうことはできず、己を殺して生きることを苦労の中で学んでいく。 その中で唯一、心を許し相談できたのは下級武士の吉村だけであった。 吉村は「世の変動を聞くにつけ憂国の思い抑えがたく脱藩して尊王攘夷に身を捧げ幕府を守りたい」とその意思を伝えた。 禄が充分ではなく家族を養えないことが真の理由であることを知りつつも、脱藩は天下の大罪であり許されないと説得する次郎右衛門だが、吉村の意思は固かった。 千秋は「新選組をご存知ですか、さぞ強かったんでしょうね」と言う。 斎藤は「明治には無用の輩です」と呟く。 吉村は最愛の妻しづとの出会いを、思い浮かべます。 あるとき斎藤は、新選組の勤皇派への御用改めに乗じて身内の隊士を斬ります。 吉村は、その亡骸の太刀の傷跡を確認し太刀筋から左利きの者の仕業であることを確信し、斎藤を問いただします。 吉村は、斎藤に口止め料を要求し、斎藤は、守銭奴ぶりに呆れながら金を支払います。 吉村は、斎藤との酒肴の席で、奥羽出身の芸妓ぬいの訛りを聞きながら妻しづとの出会いを思い出します。 夏祭りの夜、吉村と次郎右衛門の二人は、美しいしづを見ます。 吉村は、しづに思いを寄せ、しづもまた吉村に思いを寄せていました。 ところが、次郎右衛門は「しづを嫁にしようと思う」と吉村に打ち明けます。 裕福な次郎右衛門を前に吉村は引き下がります。 ところが義父は家柄を重んじ百姓との結婚など許さず、義母は妾で良いではないかと話します。 嫁入りの日、しづは、籠から逃げ出し吉村のもとに走り「あにさまの嫁っこになりたい」とすがり、吉村もきつく抱擁します。 こうして二人は夫婦となったのでした。 新選組は、幕府より特別の沙汰をいただき旗本の取り立ての内達を受けます。 さらに一層、幕府のため、徳川のために働くことを近藤は皆に通達します。 吉村は「旗本になったらお手当はどのくらいに上がるのか」と興味を持ち訊ねます。 土方は「吉村くんは、四十俵賜ります」と答え、一同皆、吉村に大笑いします。 世は薩長と幕府とに、勤皇派と佐幕派となり新選組も割れた。 このころすでに新選組は二つに分裂していました。 日本そのものが薩長と幕府、ふたつに別れて衝突し始めていました。 新選組は、伊東甲子太郎が提唱する勤皇派と、従来からの近藤の佐幕派に別れました。 吉村と斎藤は、その剣術を見込まれて勤皇派に、旗本よりも高い禄で誘われます。 しかし吉村は「自分は一度、主君を裏切った身、二度は裏切れない」とこれを断ります。 斎藤は、金に執着するはずの吉村の言葉に驚きます。 そして吉村は新選組に残り、斎藤は伊東たちと行動をともにすべく新選組を出ていきます。 伊東は大久保と密談する。 伊東は「勤皇の妨げとなるものは除かねばならぬ」と言う。 大久保も「古い器は邪魔になる」と言う。 伊東は、近藤と土方を除けば新選組は崩壊することを知っています。 斎藤は、信頼されていた。 伊東も大久保も狸、狸は強い狼に一目、置くのが習いだ。 斎藤の密書は、芸妓ぬいを通じて吉村に渡り、それから土方に届く。 伊東たちは、近藤や坂本竜馬の暗殺を企んでいるようだった。 斎藤は自らの身の危険も察し、ぬいと別れようとするが、ぬいは、死を覚悟し斎藤と一夜をともにして自害した。 ぬいは飢饉で家族を失い、廓で生き、斎藤に身請けされ、それだけでもう充分で、思い残すことの無い人生だった。 町では竜馬の暗殺が噂になっていた。 大政奉還の大号令で、幕府、新選組の時代は終わろうとしていた。 吉村は、ぬいの死をみて自身の昔を思い出す。 貧しさのあまり妻しづが、口減らしのため入水自殺をはかった時に、脱藩して金を稼ぎ、何としても家族を養い生きていくことを決意した。 「生きるためにクニを捨てるが、妻や子どもたちを捨てない」吉村はそう言って南部藩を後にした。 斎藤は、ぬいが自害したことを吉村から聞く。 伊東は新選組の手で殺され、新選組から割れた勤皇派は、壊滅させられた。 しかし、新選組の活躍もこの時を境とした。 大政奉還の大号令で、京都守護職は解任された。 将軍、慶喜も会津公も京を離れ、新選組は守るものを失くした。 沖田は結核で倒れ、局長の近藤は、伊東の残党に狙撃された。 行き場の無くなった新選組は、最後の見せ場として、幕府対薩長の戦に参戦する。 新選組に出来ることは、戦いしかなかった。 会津・新撰組は薩摩・長州と戦うが、刀は圧倒的な火力兵器を前に大敗する。 南部盛岡藩大阪蔵屋敷では、大野次郎右衛門が差配役を仰せつかっていたが、そこに薩長軍有利との報が届く、もはや新選組は近代兵器の前に歯が立たなかった。 吉村は、徳川と南部武士の義のために一人、官軍に向かっていく。 新選組は、幕府軍とともに敗走を重ねる。 諸藩の寝返りも相次いだ。 とうとう崖っぷちに追い込まれて、待ち伏せでの殲滅の策で最後の賭けに出た。 吉村は、最後の握り飯を、斎藤にふるまう。 自分は、ひもじい思いには慣れているから大丈夫だと言う。 その思いやりをかえって斎藤は苦々しく思う。 斎藤は「吉村。 お前は逃げろ。 お前のような奴は、死んではならんのだ」と言う。 吉村は「斎藤さん、わしは南部の侍にござんす」と言う。 「南部武士は、女、子供までも曲げてはならない義の道を知っている、だからわしは南部の先駆けとなって戦いやんす、気づかいは涙が出るほどありがたいが、義に背くことはできない」と言う。 新選組・会津藩は決死の死闘で薩長を退ける、勝鬨を挙げるが、そこに官軍がやってくる。 戦火を交えれば賊軍の汚名をきすことになる。 それでも吉村の義は、「新選組隊士、吉村貫一郎!徳川の殿軍をばお務め申す!一天万乗の天皇さまに弓引くつもりはござらねども、拙者の義のために戦わねばなり申さぬ、いざ、お相手いたす!」と銃火の中へ、ひとり飛び込んでいく。 止めようとする斎藤だが、右足に被弾し動けなくなり、その後、吉村がどうなったのかを知らなかった。 そして吉村は、故郷を思い家族を思いながら万策尽き腹を切る。 千秋は斎藤に問いかける「吉村先生をご存知なんですね」。 斎藤は確認する「やはり鳥羽伏見の戦でなくなられたのでしょうな」。 千秋は続ける「大野次郎右衛門は、大阪で南部藩の存亡の舵取りを任されていた」。 徳川慶喜は全軍を残して、船にて江戸に敗走した。 次郎右衛門も藩のため、中立を通し落ち武者を匿うことや戦の帰趨を語ることを禁じた。 そんな折り、満身創痍の吉村は、南部藩の大阪蔵屋敷の門に現れた。 「この度の戦において、たくさんの血にまみれたとはいえ、ここで奸賊の手にかかり死ぬるは犬死だ。 」と平伏し帰参を願い出る吉村、次郎右衛門は「新選組の屯所で潔く討ち死にせよ」と告げる。 外では、官軍の見回りが落ち武者を匿うことの無きよう巡回している。 次郎右衛門は、武士の情けで吉村に屋敷の一部屋を貸し潔く切腹を命じた。 敗れたとはいえ、義を信じて戦った。 吉村は生きているうちは南部に帰って妻しづと会いたいと願った。 次郎右衛門は、自分の命と引き換えなら吉村を助けることもするが、南部二十万石を犠牲にして朝敵となるわけにはいかないと、自分の刀を、吉村に差し出し切腹を促す。 吉村は、来し方を思い出す。 妻しづとの出会い、自分にはできすぎた息子、嘉一郎、別れの橋で抱きしめた幼い妹みつ。 生への未練、再会への思いに苦悶する。 できることはやった、そして万策は尽きた。 腹を切っても傍に生きていると吉村は思った。 地獄にも極楽にもいかない、お前たちとともにいる。 片時も離れない。 吉村の誇り高く義を貫いた侍としの死であった。 「吉村様は、徳川様の先兵を賜り充分な働きをして、この上は生き恥をさらしたくないとして腹を切って死んだ」と佐助から妻しづと嘉一郎に伝えられた。 「旦那さま、ご苦労さんでござんした、私らのために。 よく働いて銭っこ稼いで、ご苦労さんでござんした」妻しづは気丈に語り泣き崩れた。 吉村の娘と大野の息子が結ばれ夫婦になり、助け合い強く生きていく。 その後、吉村を失くした次郎右衛門は、人が変わったかのようになった。 無理筋で戦を仕掛ける薩長を敵対視し、薩長に寝返った秋田藩に兵を挙げそこで亡くなった。 まるで吉村の死以来、次郎右衛門は、死に場所を探しているようだった。 嘉一郎は、その後、五稜郭に向かう。 千秋は嘉一郎を見送り、山清水で水盃をしようと言う。 千秋のすくった水を嘉一郎は飲む。 だが、嘉一郎のすくった水を千秋は飲めない。 「なぜお前が死にに行かねばならないのだ」と言う千秋に、嘉一郎は「大好きな父上を一人で三途の川を渡らせることはできない」と言う。 そして千秋は「嘉一郎、死ぬな」といって水盃を飲む。 「みつを、よろしくお願いしやんす、わしは南部の誉れのために戦ってきやんす」。 そう言って嘉一郎は、盛岡に戻ることは無かった、函館の戦で若い命を散らしたのだった。 そして大人になって、千秋は、みつと結婚した。 斎藤の孫は、千秋の妻みつに風邪を診てもらい薬をもらう、斎藤は、みつの顔に吉村の面影を偲んだ。 みつは辛い思い出の中で、生きてきたことで、眠る時には必ず千秋の腕を握りしめている。 千秋は「私は、どれほどみつに助けられたことか」と思う。 大野家は戦犯でお家の取り潰しにあい、そのおかげでこうして二人は結ばれた。 「これも縁というものでしょう。 私たちは満州に渡り終の棲家としようと思っています」と千秋は言う。 新選組と言えば、近藤勇、土方歳三、沖田総司、永倉新八など名だたる隊士がいるなかで、南部盛岡藩の脱藩浪士の新選組隊士、吉村貫一郎を題材とした時代小説の映画化である。 本名は、嘉村権太郎。 北辰一刀流で、慶應元年に、二十七歳の時に出奔。 その後、「吉村貫一郎」の名で新選組の隊士募集に応じ上京する。 慶応4年、鳥羽伏見の戦いで戦死したとされている。 また別の説には、大阪へ逃げ下がり南部藩の仮宅の留守居役某と旧知でこれまでは幕府のために尽くしたが、これからは勤皇を主とするとの理由で匿うことを頼んだが居留守役某は激昂して、これまでは幕府のためで、これからは勤皇のためとは誠意がない、幕府が衰えているとはいえ変心するのは不義だと言って士道を貫き割腹せよといわれ切腹したとの説もある。 映画は、下澤寛の『新選組物語』「隊士絶命記」の創作が元になっている。 三十七、八歳で痩せて背が高く、おとなしい性格で学問があり、剣術も使えた。 妻子五人でどうしても食えず脱藩し大阪に出た。 その後、新選組が隊士の募集をしていたので応募、土方より三十俵二人扶持をもらう。 鳥羽・伏見の戦いで味方にはぐれ綱島の盛岡藩仮屋敷にて、勤王のために奉公したいと言うが、結局は妻子を養う俸禄が欲しく、武士の魂を持っていないということで南部武士の恥として切腹をするように仕向け、吉村は屋敷内で腹を切った。 これをヒントに、素晴らしい人間物語に仕上がっている。 浅田次郎の吉村貫一郎の人間像に、真の生きる強さと優しさをみる。 吉村は、隊内で「守銭奴」「金の亡者」と蔑まれるが、故郷に残した愛する妻子のために厚顔にも羞恥に耐え、人を斬り金を稼いでいく。 旗本職になった時の喜びはひとしおだ。 南部盛岡を襲う自然災害など、武士とはいえ、生きていけない境遇で、吉村の家族を守る姿勢は誰にも責められず、寧ろ、類まれな覚悟をそなえている。 それでも吉村は南部盛岡の美しい風土を愛してやまない。 その中で、温暖な西国とは異なり厳しい東国の中で力強く生きていくことを子どもたちに教える。 そして義のため、家族のために生きた吉村は死して盛岡に帰ることが出来た。 浅田次郎の原作により、新選組の登場人物の中から家族のために生きた吉村の人間性を描く、演じる中井貴一の盛岡弁での朴訥で素朴な表情と剣を交えるときの非情な表情、生と金に執着した粘っこい演技が、見事である。 慢性的な飢饉、禄が足らずに五人の家族が養えず、妻しづは身を投げようとする。 故郷を愛し、家族を愛するからこそ、脱藩をして、自身の武術をいかし金を稼ぐ新選組に入隊したのが吉村の動機である。 斎藤の制止を振り切り官軍の銃火のなかに突き進む姿こそが、徳川ではなく、吉村の武士としての義であった。 吉村が最期に回想する、美しい南部盛岡の自然と来し方の妻しづや家族を思うシーン、そして切腹までのクライマックスは映画ならではの情感が涙を誘います。

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浅田次郎著『壬生義士伝』

魂の殺人 義士

(もくじをクリックすると当該箇所にジャンプします) どうも日本はおかしい。 きっかけはいくつかありましたが、そのおかしさを突き詰めて考えるうちに、わたしは中華思想ということばに出会いました。 中華思想といってもその説明は難しいのですが、「他罰的な優越思想」という言い換えが、現段階ではしっくりきています。 他罰的で優越的な中華思想をもっともよく体現しているといえる組織のひとつが中国共産党で、その劣悪な実態を知るにつれ、えもいわれぬ日本のおかしさと無関係ではないと思い至りました。 そう思って調べてみると、ずっと以前から中国共産党を危険視して警鐘を鳴らしている方はちゃんといて、でもそういう情報は、テレビや新聞という多くの日本人が日常的に目にする大手メディアから流れてくることはけっしてありません。 日本で美徳とされている受け身の生き方をしていては、自身の身の危険を予感することさえできないわけです。 というより、国民が自身の身の危険を予感させまいとしているかのように思え、日本社会はむしろ、日本人の美徳に、わざとつけこむようなやり方でつくられているようにさえ思えるのです。 このサイトでは、 が引用・参考にしている図書や、その後出会った中国共産党の実態を理解しやすい書籍等を紹介してきました。 でも、発見するたびに備忘録のように書いてきたため、どうしてもひとつひとつの記事が断片的になっており、それゆえ、このあたりで一度、中華思想や天命思想、中国共産党についてこれまで書いてきたことをまとめることにしました。 自身の思考の整理もかねていますが、日本を守りたいと願うだれかの、なんらかのきっかけになるならなおうれしいです。 1.中国共産党を物語る3つのキーワード 日本では大手メディアが報道しないために、一般的に中国や中国共産党について、話題にのぼらない。 中国共産党の実態をつかむのに、わたしにとって理解しやすかったキーワードは、中華思想、天命思想、華夷秩序の3つで、かんたんにいうと以下の通りである。 ・中華思想: 中華の天子が天下(世界)の中心であり、その文化・思想が神聖なものであると考えること。 ・天命思想:「天」は「天子」という人間に統治権を委譲して世界を統治し、「天子」に選ばれて天命を下された人間が皇帝すなわち世界の統治者となると考えること。 「天」はキリスト教でいうところの唯一絶対の「神」にあたる。 ・華夷秩序:世界は華(中華)と夷(蛮族)に二分されており、中国皇帝を頂点とする階層的な国際関係こそが理想世界であると考えること。 つまり、「天命をうけた世界の中心」に対する肥大した妄想が、自身を認めない他者を「蛮族」と決めつけ、一方的な序列をおしつけて罰を与え、自身が「天」から世界の統治権を委譲された「天子」であることを正当化しようとする「他罰的な優越思想」が中華思想である。 しかし、支配権を委譲する誰かを選んで天命を下せる「天」は、同時に支配権の委譲を撤回することもできる。 もし、「天子」が不正を行ったり、世が乱れるなど「天」の心情に背く統治がなされたりすると、「天」はいつでも自らの下した天命を取り消し、べつな人間を「天子」として選びなおして天下の支配権をその人に譲ることができる。 それが「革命」である。 中国の歴史は革命のくり返しであるが、それは「天」による支配権は都度べつな人に移ると考えているから起こるのであり、革命も「天」の願いを叶えるために必要なことだと考えているために破壊や殺人も、正しい、むしろ推奨されるべきことになるのである。 それゆえ中華思想の下では身分制度のような徹底的な序列秩序ができあがるが、徹底的な序列秩序の中で、自国を大いなる華の一部をなす「小中華」と自称したのが、李氏朝鮮(1392~1897年)である。 李氏朝鮮は、中国(明)を「天朝」と呼んで尊んだ。 中国皇帝が天命によって地上を支配する唯一人であるため、支配下におかれている国としてそう呼ぶのが「礼」であるとし、明に歯向かうことは天子の国を犯すことになると正当化した。 これを事大主義という。 ・事大主義:小国が礼をもって大国に事えること。 勢力の強いものにつき従い、強い者を盾に弱い者いじめをする行動様式。 事大主義者は、自身がつき従う人が天命をうけた天子であり「地上を支配する唯一人」であるとして、それを盾に他者にたいして尊大に振舞う。 彼らの論理では、「地上を支配する唯一人」につき従わないのは、天命を悟れていない愚か者なのである。 そういう者は「礼」を欠く無礼者であり、「天子の国を犯す」よため、動物のように一方的に上から裁いて調教し、場合によっては殺して当然であると考えるのである。 さて、コロナパンデミックで、自粛要請下で営業をする事業者や、県をまたいだ移動をする人を叩く「自警団」が出現しているが、彼らにも事大主義者の思考がみられる。 彼らはものごとの善悪を法律とは無関係のところで勝手に決め、それを守らない人には自分が罰を下してよいと思い込んでいる。 自警団にとって、彼らが自主的に従っているルールに従わない他者を罰することは「正義」だが、その「正義」を、彼らは「医療関係者」や「人の命」というだれも否定できない「強いもの」を盾にとってふりかざしている。 自警団の行動様式は、強いものを盾に弱いものをいじめる事大主義者そのものであるが、事大主義者の存在は、事大する「天朝」なしにはありえない。 自警団の「正義」は、一般人にとっては認知の歪みによる迷惑・暴力行為にしか映らないが、彼らにとっては、「天朝に事大する」という大義名分があり、そのための暴力を正当化する。 目的遂行のためにはルールもマナーもおかまいなしに、パシリに徹する。 これが中華思想と事大主義者の特徴である。 「礼」とはつまり形式のことで、孔子は、「礼」がどれほど煩瑣なものであっても、命懸けで守ってこそ人間社会と社会が成立すると説いた。 しかしそれは反対にいえば、儒教ではそのままの人間を認めないということである。 「礼」を知らない人間は蛮族、つまり動物に等しいと考え、人間は「礼」という秩序で教化(教育ではない)してはじめて人間になると考え、「礼」を重んじない人を軽視し、一方的に上から裁くという態度につながる。 つまり中華思想とは差別を重んじることであり、差別を正当化する歪んだ優越思想である。 中華思想では自身に文化や歴史がないため、相手の文化や歴史を認めない。 人間にとってそれまで生きてきた文化や歴史を失うことは死ぬことに等しいが、中国では「革命」により「天朝」が変わるごとに文化と歴史の破壊がくりかえされてきた。 そのため、「天朝」となるには相手の文化や歴史を破壊することが必須であると考えるが、破壊を正当化するために「礼」をもちだす。 「礼」の証として、自身が大切にしているものを手放させたり、それまでの自ら文化や歴史を捨てさせたりし、「礼」の証として差しださせるものの究極は命である。 中国共産党の幹部たちは、臓器に病気がみつかると移植手術を行い、それゆえ長生きの傾向があるというが、2018年、中国では、臓器移植の件数が2万件を突破し、世界第2位の臓器移植大国となった。 しかし死刑囚を計算に入れてもドナーの数が合わず、違法な臓器収奪を行っているといわれ、中国共産党は、移植希望者が現れたら臓器を用意するという「オンデマンドの」臓器移植とそのための臓器収奪が数十憶ドル規模のビジネスと化しているという。 臓器の主な提供元は、法輪功という健康法を修練する団体の信者であり、彼ら「良心の囚人」から長年にわたり、中国全土で強制的な臓器摘出が行われてきた。 中国における宗教活動は中国共産党の許可が必要で、宗教団体はその教えを通じて社会主義や共産主義に誘導されなければならず、キリスト教教会が用いる聖書には、孔子や習近平のことばや思想が引用されているという。 ならば、中国で信者が1億人を超えるという法輪功もまた、孔子が説いた「『礼』がどれほど煩瑣なものであっても命懸けで守ってこそ人間社会と社会が成立する」という教えなどが、中国共産党に都合よく歪められて用いられているはずで、「良心の囚人」と呼ばれる「自由意志による臓器提供」は、信者の信仰心につけこみ、歪められた自由意志の下行われているのではなかろうか。 中国共産党は、「孔子学院」などを通じて、世界中に社会主義や共産党の思想を刷り込むための浸透工作を行っている。 ならば以上のような、孔子や習近平の思想を刷り込む工作活動が中国国内だけで行われているとは考えにくく、むしろ、同じような手法が世界じゅうでとられていると考えられる。 日本においても、一見聞こえのいい、だれもが否定できない大義名分を掲げて、その実、中華思想や天命思想、華夷秩序や事大主義を刷り込む中国共産党の工作員が活動していると考えるのが妥当である。 ならば、中華思想、天命思想の源はユダヤ教である。 ユダヤ教の教えの一部をキリスト教は引き継いでいるが、同じ神ヤハウェを「主」と崇めるユダヤ教とキリスト教の違いが「イエスを救世主として認めるか否か」とされ、イエスを救世主として認めず、「天命を受けた世界の中心」という儒教由来の天命思想を説くキリスト教があるなら、それはキリスト教の仮面をかぶったユダヤ教ということになる。 一部のキリスト教はユダヤ人を忌み嫌い世界中で迫害しているが、仮面をはがせばどちらも思想の根幹はユダヤ教であり、ユダヤ人迫害の根幹はキリスト教の誕生であるのだから、世界中でみられるキリスト教徒によるユダヤ教徒の迫害は、つまりはユダヤ教同士の内紛のようなものである。 彼らが行う「迫害」は、自分たちに都合のよい教えを正義と呼び替えて極端な他罰を正当化しているのであり、それはまさしく中華思想と天命思想による華夷秩序の強制である。 極端な他罰が正義であるという常軌を逸脱した点に疑問ももたずに「正義」をふりかざすのは、「自警団」よろしく「小中華」を自称する強いものを盾に弱いものいじめと暴力を正当化する事大主義者である。 また、儒教の歴史は「原始儒教」「新儒教」「新儒家」の三期に区分でき、「原始儒教」では主として祖先崇拝などのシャーマニズム的・儀礼的な信仰として続いていた。 「儒」にはもともと、祖霊の祭祀などを行う人びとを指す「巫祝」(原始宗教で神事をつかさどる人)の意味があり、ジャーマニズムとは、神や霊魂と直接に接触・交流し、託宣、予言、病気治しなどを行う宗教的職能者シャーマンを中心とした信仰をいう。 母が「儒」だったとされる孔子は、子どもの頃から原始儒教の祭儀を真似ていたという。 原始儒教の祭儀は先祖崇拝を重要視し、神や霊魂と直接交流して予言などを行うシャーマニズム的信仰であり、祭壇にいけにえを捧げるなどするが、それはユダヤ教徒が聖典とする旧約聖書にある礼儀と多くの共通点をもち、その旧約聖書の正統な王朝が古代三王朝(夏・殷・周)であると、孔子は主張した。 さらに孔子は、自身の王朝を創ろうと自身を聖人化した。 卑賎の生まれの孔子が、自身が聖人であることの根拠としたのが「古代三王朝の礼儀を極めた」とことであったが、夏王朝(紀元前21世紀)には、旧約聖書に描かれている古代イスラエル12部族とよく似た特徴をもつ民族(九夷)が渡来した痕跡がある。 九夷はやがて多くの中国人と合流して東夷となり、その民族が孔子が誕生した春秋時代という混とんとした時代の引き金となったとされる。 春秋・戦国時代に排出した諸子百家や、秦の始皇帝の肖像画も西アジア人特有の鷲鼻が特徴的で、始皇帝は言い伝えでは「目は青く西洋人のようであった」ということから、その出自がイスラエルにあると考えられる。 中華思想の選民意識はユダヤ教に由来するが、現在の中国は嘘と隠蔽、改ざんを恥としない。 むしろ正当化し、歴史書も誇張されて書かれている。 つまり中華思想、天命思想の持主の優越意識もまた、粗雑で表面的、自己中心的に肥大化したチャイナクオリティである。 選民と優越意識をもち、自己を過大に評価して好戦的なのは、それに共鳴しつづける愚か者から偽りの称賛を受けて自身を慰めるほかに他人から意識を向けてもらう術を知らないからである。 それはいかにも愛されずに育った、いまもまただれからも愛されずに虚勢を張る、哀れでみすぼらしい人の特徴である。 マルクスは宗教を、「悩める者のためいきであり、心なき世界の心情でもあるとともに、精神のない状態の精神だ。 それは民衆の阿片なのだ」と述べ、「民衆の幻想的幸福」としたが、一部の共産主義は宗教に対して否定的で、実際、ロシア革命以降、ソ連やアルバニア、中国などの共産主義国家では政策としての宗教弾圧が起こり、聖職者が殺害されたり教会が破壊されたりした。 共産主義は反宗教主義と親和性が高いが、しかし、その共産主義はキリスト教を真似る。 共産主義は であり、キリスト教を真似たニセモノの宗教の特色をもち、それゆえ「独裁者に従順な羊となる」ことを求める。 そうして共産主義者は「独裁者に従順な羊」の最大幸福、いわゆる「最大多数の最大幸福」をいつも口にする。 しかし、人類愛の仮面をつけてはいても、「神なき人類愛」は人間を蟻と見なす。 「神なき人類愛」は個々の人間にひそむ神性を認めないため、「最大多数の最大幸福」という大義名分のもとに、共産主義社会の邪魔となる独裁者に従順でない人間を平気で抹殺し、人間を蟻塚のように扱う。 そして蟻には秩序があっても「自由」はない。 人間を蟻塚のように扱う最たる例が中国共産党で、中国は無神教社会であり反宗教社会といわれるが、じつは一神教以上に「一」を妄信する社会でもある。 中国は「一帯一路」など「天下統一」に向けた動きを活発化させているが、「天下統一」はただ世界の覇権を握るということにとどまらない。 衣食住や、思想にいたるまですべてを「一つ」にすることを理想としている。 中国人にとっては「一」こそ絶対の神である。 すべてを一元化することを理想とし、絶対多元的な存在を認知しないのが中国共産党の本源的な思考で、それは儒教に限ったことではない。 神の名を口にしないだけで、その実態は、一神教以上に絶対神をもつカルトな「一」信者である。 中国が無神教を謳う共産主義である一方、宗教の原則を組み込んだ「宗教共産主義」という共産主義の形態がロシアに存在した。 20世紀初頭のロシアでは、レーニンによるボルシェビキが台頭する前、一部の知識人が「マルクス主義の代替手段として」、キリスト教のイデオロギーを組み込んだ共産主義の形態の実施を提唱している。 キリスト教共産主義者は、マルクス主義の無神論などには反対する。 しかし、「金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通る方がもっとやさしい」や「貧しい者は幸いです。 神の国はあなたがたのものですから」などという聖書の言葉を根拠に、資本家が労働者階級から剰余価値を搾取して利益を得る経済的な対策や、資本主義が社会主義に入れ替えられ、最終的には共産主義に発展するといった政治的な方針には同意する。 支配階級の搾取を非難し、庶民の味方を装いながら、実際は神のことばを用いて私有財産をもつことに罪悪感を抱かせ、自己で所有するより指導者に預けた方がより神が喜ぶ使い方ができると思わせて手放させる。 財産所有の自由だけでなく人間のさまざまな自由を奪い、「神のことば」という強いものを盾に、自身に従順な弱いものをいじめる事大主義が、キリスト教共産主義者の本質である。 共産主義の行きつくところは霊肉の死である。 神の祝福である自由を放棄させられることで、人間は人間であることをやめ、指導者の奴隷となり下がり、霊的に死ぬ。 そして肉の面でも死ぬ。 この霊肉共に人を殺す共産主義の教義は、もとは秘密結社イルミナティの教義といわれる。 「共産主義」の名は罠で、マルクスが「アホ、悪人」とみなした無産階級や知識人を誘惑してサタン教の教えを実現することが目的であるとされるが、イルミナティはNew World Order(「新世界秩序」)を目指しているといわれる。 新世界秩序とは、主権国家の枠を超えた世界共通の価値目標と制度とを形成しようとする構想で、その目的に私有財産の廃絶という共産主義的目的が掲げられ、コロナパンデミックは経済的に疲弊させるための計画の一環とされている。 イルミナティが掲げる「国家の枠を超えた世界共通の価値目標と制度」とは、漢以後の儒学者が唱えてきたとおなじ理念で、「世界はすべて一つにし、衣服も食事もすべて同じなのが大同の世界というユートピア」であり、それが「人類の至福千年の到来」としている。 彼らは「三教合一」「万教帰一」と同じカルトな「一」信者で、それを現在牽引しているのが中国共産党である。 つまり中国共産党の悪事の数々は、「サタン教」の教えの実行である。 中国は無神論を自称しているが、その実、一神教以上に「一」を信仰するカルトな性質をもっている。 また、共産主義の中には、宗教共産主義という宗教の原則を取り入れた共産主義も存在する。 ならば、日本においても、宗教の仮面をかぶった共産主義への誘導を担っている宗教団体があると考えるのが自然で、共産主義にも宗教にもなじみがないに日本においては、「神のことば」と共産主義思想を混同させて誘導するのは、世界中で工作活動を行っている彼らには、きっとたやすい。 共産主義とは、つきつめて単純化するなら「生産手段を国有化し、一党独裁のもとで徹底した経済的平等を目指す考え方」で、その実行には「一党独裁」を必要とする。 一党独裁は、権力が唯一の政党に集中され、他党派の活動が禁止・弾圧されている状態で、ドイツのナチス党やイタリアのファシスト党など、左翼右翼を問わない。 「コミンテルン」は、1919年、歴史上初の社会主義国家ソ連で設立し、その支部として世界に共産党を設立した。 「世界共産党」ともいわれたコミンテルンの共産主義者たちは、世界に共産主義運動を拡大し、資本主義諸国同士を戦わせ、共産主義の聖地であるソ連を守るために、各国で盛んにスパイ活動、浸透工作を行った。 コミンテルンを設立した革命家レーニンは、テロリストの弟であり、マルクス主義者であったが、彼にとっての「平和」は「戦争がない状態」ではない。 レーニンは、金持と貧乏人という格差は、資本主義社会で土地や資金、工場などの「生産手段」の私有化を認めているために生まれるとした。 資本家たちが国家を牛耳っているあいだは、マーケットの奪い合いによる帝国主義戦争は避けられず、それが戦争の根本原因となっている。 そこで労働者による政党、つまり共産党が政権をとり、共産党主導で「武力によって強制的に」地主から土地を取り上げ、会社経営者から資金と工場を取り上げ、国有化、つまり労働者全員で共有するようにすれば格差は解消され、労働者の天国が実現できるとしたのである。 レーニンや共産主義者にとっては、平和とは「世界中で労働者革命を起こし、資本家を徹底的に排除して、共産党による独裁政権を樹立すること」を意味し、そしてこのレーニンのイデオロギーは、いまも変わらず共産主義者に受け継がれている。 つまり、世界を共産主義化するためには共産党の一党独裁が必要で、共産党の一党独裁のためには資本家の弱体化が必要で、資本家の弱体化のためには戦争が必要だというのである。 そして共産主義者は、明確な共産党員だけでなく、その正義感に共感した知識不足の一般人まで利用して、共産主義を浸透する工作を世界中で行っている。 ・公然の党員 ・非公然の党員 ・同伴者(フェロー・トラベラー)……共産党が示した特定の問題についての対応や解決策への強い共感から、共産党のための活動をする非共産党員。 ・機会主義者(Opportunists)……選挙での票や賄賂といった個人的な利益のため、一時的に共産主義者たちと協力する人たち。 ・デュープス Dupes ……間抜け、騙されやすい人々という意味。 ほとんどの国・地域において感染地域の封鎖や外出禁止(ロックダウン)、出入国の制限等の措置が強化されているため、通常の経済活動が一時的に著しく制限され、人々の消費や生産活動に深刻な影響を与え、「世界経済が同時に凍りつく」状況は、世界戦争が起きている状態に等しい。 そもそもコロナパンデミックは、武漢で発生した感染の情報を中国共産党が隠ぺいしたために被害が拡大した。 資本力が落ちると人は共産主義を望むようになるが、コロナパンデミックは、共産主義者が世界を共産化するために周到に仕組んだ、「敗戦革命」の一環なのである。 そして、中国共産党との関係を続ける限り、同じようなことはまた起こる。 中国共産党のみならず、共産主義者と関係を続ける限り、規模の差こそあれ似たような状況に巻き込まれる。 彼らはやけに好戦的で、日常的に宣伝と扇動を行い、つねに上から一方的に他人を裁いてまわり、日本を蔑む。 営業妨害をもいとわない彼らが「世のため人のため」という大義名分を振りかざして争いごとを起こす目的は、相手の資本力を落とすことである。 さまざまな仮面をつけ、耳障りの言いことばを用いて彼らが戦う真の目的は、「敗戦革命」による日本の「共産化」である。 なぜ続いてきたのか、の答えは、以下のふたつである。 日本の歴史は、「日本の政治権力の正統性は、律令国家の直系の子孫である」という事実に根拠があり、日本の政治権力の担当者や主導者はそう思っている。 天皇は「倭の五王」の子孫であり、律令国家の長・君主であり、つまり天皇とは日本の王である。 大日本帝国憲法は、その第一条で「大日本帝国ハ、万世一系ノ天皇、之ヲ統治ス」とし、日本国憲法の「象徴天皇」がわかりづらいにせよ、天皇が王であるという基本性質は、律令時代からずっと変わっていない。 「天皇」の「天」は天であり、「皇」は「輝き」という意味である。 中国で、漢代、当時の大学者鄭玄が『周禮』に、「天の最高神である昊天上帝とは、冬至に王が都の南の円丘で祭る、天の中心である「天皇大帝」、すなわち「北極星」のことである」という注釈をつけている。 また孔子も『論語』で、「徳を根本に据えて政治を行うと、自ずから天下の人々が、北極星を中心に回るように帰服する」ということをっている。 当時、北極星は天の中心、宇宙の中心と考えられていた。 つまり天の星々は、北極星を中心に回っていると考えられていた。 「天皇」は、天の中心であり、政治の中心であるという意味をもつ儒教思想に由来する称号である。 これは、中国と交渉をもつようになって中国の政治思想に影響されてつけられたものであるが、中国で「天皇」号はあまり使われない。 一時期、則天武后の時代に「皇帝」号を「天皇」号に変えたことがあるが(679年)、この時代以降、再び「皇帝」が使われつづけ、「天皇」号は一度も使われなかった。 それに対し、日本はずっと「天皇」号を使ってきた。 東アジアの政治的伝統では、君主の地位や君主号は、臣下が推戴・献上する形式をとり、「天皇」の称号は、実際は6世紀に百済から日本に渡ってきて儒教を伝えた「五経博士」が伝えたとされる。 「天皇」号の厳密な使用開始年代の記録はないが、そのヒントは、隋王朝の大業3(607)年、つまり推古15年に遣隋使が中国(隋)の皇帝(煬帝)にもっていった「国書」の書き出しにある。 あの有名な「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す。 恙なきや。 云々」である。 倭国の使者が差し出した国書に「天子」という称号が使われているが、律令の儀制令では、「天子」は「皇帝」「天皇」とともに、日本の君主の公式の称号である。 厳密には君主が宗教行事を行うときの称号だが、中国にとっての「天子」号はそうではなく、「天」から「命」を受けてこの世を統治するただ一人の天の代理人である。 さらに、倭国の使者は、世界の中心・文明の地である「中華」である皇帝にたいして、倭国は倭国を「日出る国」、隋を「日没する国」とし、倭国がこれから繁栄する国であり、隋がこれから衰退する国であるように表現した。 中華の地は世界にひとつであり、それゆえ「天」から「命」を受けた「天子」は、世界の中心である中国に、ただ一人しかいないはずである。 5世紀の「倭の五王」までは中国の属国であった倭国が、隋の時代には、中国とおなじように「天子」号を使って「中国と同じような世界の中心・「中華」の地」であるという意識を出現させている。 その倭国の大国意識にブチ切れた隋の煬帝は、使者に対し、「蛮夷の書、礼を無みするものあり」とした。 つまり、「この無礼者めが」というのである。 この推古15年の遣隋使は、4月に隋の使節を伴って帰国したが、9月に隋使が帰る際に託した煬帝宛の国書では、その書き出しが以下のようになっている。 「東の天皇、謹んで西の皇帝に白す」 ここではっきりと「天皇」号が使われ、その後日本は「天皇」号を使いつづけている。 推古朝は、推古11(603)年には冠位十二階という制度が、推古12(604)年には、十七条憲法が作られたように、古い大和王権の部族制の流れをひく氏姓制度から、あたらしい制度に移ろうとしていた過渡期であった。 そして律令制を取り入れた結果、日本は、中国の政治秩序から離れて、この日本列島に立て籠るようになった。 同時に、氏姓制度という旧体制から、中国のような国家、つまり「小中華帝国としての日本」の形成を目指すようになったのである。 自身が世界の中心であるという意識が出現しても、その現実が意識に追いつかず、意識と現実が大きく矛盾・乖離するのが「天命を受けた世界の中心」を自称する天命思想である。 律令制に移った日本は、中国の属国(外臣)であることをやめたが、政治システムは中国化したのである。 このことによって、本音と建前、表と裏という、意志や信念ではなく形式や立場を重んじる二重構造ができ、日本の歴史において、意識と現実の矛盾・乖離による問題がくり返されることになる。 そして日本の政治制度は、本質的にこのときからなにも変わっておらず、その「天皇」を処刑したがっているのが中国共産党である。 一人当たり2台の監視カメラが中国人民を見張っている計算になるが、とりわけ顔認証カメラについては、2018年末の2億台から2020年までにさらに4. 5億台に拡大する計画だとしている。 画面に映る人間の身元を数秒で割り出す高性能のカメラが中国の人口2~3人当たりに1台の割合で配備されているが、その監視カメラの最大集中地域が、ウイグル人への迫害が行われている新彊地域である。 中国共産党は、ウイグル人はテロリスト・犯罪予備軍という前提で監視統治強化を行っており、ウルムチ市では交通違反者の顔を大画面に晒す形で社会制裁が行われている。 中国は無神教を掲げる国であり、それゆえ人びとの信仰心を認めない。 中国共産党はウイグル人にたいしてテロリスト・犯罪予備軍という前提で監視統治強化を行っているが、迫害されたウイグル人は拘束されたあと、いわゆる「再教育施設」に収容され、早朝から深夜まで再教育という名の洗脳を受ける。 革命歌を歌わされ、食事前には「党に感謝、国家に感謝、習近平主席に感謝」と大声でいわされ、自己批判や被収容者同士の批判を強要される。 「ウイグル人に生まれてすみません。 ムスリムで不孝です」と反省させられ、「私の人生があるのは党のおかげ」「何から何まで党に与えられました」とくり返し感謝を強要され、しまいには「私は党の下僕です」と何度も唱えさせられる。 自身の自由な意志とはべつな意志を党によって強制され、党への称賛が口先だけで形式的だと党に判断されると厳しい拷問を受ける。 法輪功にせよウイグル人にせよ、中国共産党が宗教を弾圧するのは、その信仰心を恐れているからである。 無神教を掲げる中国共産党が、世界を統一し、一元化することで最終的に目的としていることは、人びとの信仰心を破壊し、人びとから信仰心を奪うことで、世界を神のいない場所にしようとしているのである。 多くの日本人は自身の信仰心には無頓着だが、日本古来の宗教は神道で、神道では身の回りのあらゆるものに神が宿ると考え、その神がみを敬う。 神道の祭祀施設は神社であり、神社には産土神や天神地祇、皇室や氏族の祖神、偉人や義士などの霊などが神として祀られている。 神社は全国におよそ8万8,000社以上あるとされ、毎年、各宗教法人が文化庁宗務課に信者数を届け出るが、その数では、神道系の信者数はほぼ9000万人であるという。 つまり、神社側の認識では、国民のほとんどは神道の信者ということになっているのである。 神道の中核をなすのが天皇である。 天皇家は、歴史的には神話という物語を駆使して天皇は神の子孫であるとし、その地位の神性や意義、正統性を徹底的に周知してきた。 明治時代には、新政府が天皇を中心とする新国家体制を整備するために、神道を保護して事実上の国教とし、天皇をこの世に人となって現れた神「現人神」として、一部の国家主義者により天皇が過剰に神格化されることになった。 第2次大戦後、GHQが天皇を神とすることを許さず、天皇に通称「人間宣言」を発布するように主導して昭和天皇が受け入れ、そのとき制定された日本国憲法で天皇は象徴であるとして現在に至る。 天皇がほんとうに神の子孫であるか否かはともかくとして、その背後で共産主義者が暗躍していたGHQが天皇に「人間宣言」を発布させたのは、神(天皇)を否定することが日本を共産主義化に必要だからである。 「天」から「命」を受けた「世界の中心」であることを自称して暴走する中国にとって、天皇および天皇家は、その存在が中国を否定するものであり、中国が世界を統治することを正当化するうえで目の上のたんこぶとなっている。 その中国共産党は、天皇の処刑を目標としているともいわれるが、日本でもウイグルのような監視社会「スーパーシティ構想」が実現に向けて法整備が勧められている。 AIやビッグデータなど最先端の技術を活用し、未来の暮らしを先行実現するというが、納税の状態や既往症、位置・移動情報や商品の購買歴といった、国や自治体、警察、病院、企業が、いまは別々にもっている個人情報が、スーパーシティではその垣根が壊され、一元化が進む可能性が高い。 大量の個人情報と顔認証、マイナンバーとの結びつきが強化されれば、住民に対する管理・監視にもつながるが、「安全に管理するから大丈夫」という政府のことばは、これまでの公文書の扱いを考えるとあまりにも信用するに足りない。 そればかりか、スーパーシティ構想は、天皇が中核にある神道の信者ということになっている日本国民を、ウイグル人同様共産主義者に都合のいいように「再教育」するための準備とさえ思える。 ユダヤ教は一神教で、ユダヤ教における唯一絶対の創造神をヤハウェという。 ユダヤ教から派生したキリスト教の神も同じくヤハウェであり、イスラム教の唯一神はアッラーというが、「アッラー」ももともとは「神」を意味する普通名詞であり、ユダヤ教・キリスト教の唯一神ヤハウェとおなじ神を意味していた。 ユダヤ教では、ヘブライ人(ユダヤ人)たちがモーセに率いられて、出エジプトを行い、「乳と密の流れる地」カナンに戻る途中、シナイ山で、ヤハウェから十戒(1.私の他に何者をも神としてはならない。 2.自分のために刻んだ像を造ってはならない。 3.汝の神・主の御名をみだりに唱えてはならない。 4.安息日を覚えて、これを聖とせよ。 5.汝の父母を敬え。 6.殺すなかれ。 7.姦淫をしてはならない。 8.盗むなかれ。 9.隣人について偽証してはならない。 10.隣人の家をむさぼってはならない。 )を授けられた。 その最初の戒めにもあるとおり、ヤハウェは自分に従わない者を許さない。 しかし、「殺すなかれ」といっておきながら、たとえばカナンに侵入する際には異民族を滅ぼし尽くせといったり、あるいは自身以外の神バアルとその信仰者を根絶にしようとしたりしたように、「殺すなかれ」としているのは自身を神と崇める者のみであり、自身を神と崇めない者にたいしては戒めを守らなくてよいと考える。 自身に都合よく解釈する一貫性のないルールが神からの命だと考えればこそ、「天命を受けた世界の中心」という歪んだ優越意識が生まれるわけであるが、そのヤハウェは自身を「妬む神」ともいっている。 それは、ヤハウェは生まれながらの唯一神ではなく、中東の多神教世界の中の一柱の神にすぎなかったからである。 『旧約聖書』において、一神教が明確に見受けられるのはバビロン捕囚のころで、それ以前のヘブライ人(ユダヤ人)は、彼らが目指した土地の先住民カナン人と同じように多神教的な考えをもっていたとされている。 聖書では「神」の一般名詞は「エル」であるが、彼らが目指した古代カナンにおける宗教の内容を伝えるウガリット文書によれば、エルは造物主・王・神々と人類の父などと呼ばれる最高神であった。 女神アシェラとの聖婚によって、バアル・ヤム・モトといった神々を生み、子神バアルにすべてを任せて引退したというが、このことは、カナンの地にはヤハウェ信仰が登場する前にエルを主神とする多神教的宗教が存在していたことを示しているといえ、一神教のヤハウェ信仰は、カナンの多神教と一続きであると見なすことができる。 バビロンに捕囚された人びとは、その共通する苦難によってひとつの民族としてのまとまりを強烈に意識するようになり、やがてユダヤ教が成立し、ユダヤ人の国家が形成されることになる。 しかし、砂漠の寄留者ヘブライ人(ユダヤ人)は、放浪、奴隷、捕囚、差別などという苦難の中で、十戒を授けられたことを神との契約と考え、その神との契約を守ることによって救済されると固く信じる以外に、砂漠の中で生きのびる術をもたなかった。 つまり、彼らがいうところの「唯一神」は、彼らが信じた「一柱の神」を「解釈しなおした」ものであり、「天地創造の神」も同様である。 とりわけ民族を象徴する出エジプトの歴史的体験を忘れないために、モーセにまつわる伝承などを「聖典」として編纂し、それがのちに『旧約聖書』と呼ばれるようになった。 さかのぼって先史時代、神なる観念はといえば天空神だった。 しかし、狩猟採集から農耕社会の発展にともなって天空神の影はうすれ、かわって、太陽、雷雨、豊穣をつかさどる神々が表舞台にあらわれる。 しかも神々には序列があり、その神々は個々の都市国家の守護神でもあり、都市の盛衰は、それら神々の序列に反映することもあったという。 神々は序列に従って万神殿の共同体をなし、共同体ではそれぞれの神格にさまざまな役割が与えられ、自然が摩訶不思議な現象にあふれているのは、その神々の役割ゆえなのだという。 他部族との出会いで神々の吸収合併が進んだとはいえ、そのような多神教的宗教の中にあって、一柱の神が万物をつかさどると解釈し、天地まで想像した唯一絶対の存在だと主張したのがヤハウェ信仰である。 その神格はユダヤ教のみならず、キリスト教・イスラム教にも引き継がれている。 現代において、他人の土地に侵入し、異民族を根絶やしにすることを正当化するこの神格を体現している筆頭が中国共産党ではあるが、どう呼ばれているにせよ、この無理無体な天命思想によりこの世の混乱は引き起こされているのである。 人は、だれ一人として同じ人はおらず、優劣などなく、だれもがかけがえなのないたった一人の存在であり、他者との違いは個性である。 もって生まれた個性をふかく探り、つよく引きだそうと追究しつづけることが人生であるが、しかし、それを許さないのが、優越思想の持ち主および優越思想によって成り立っている組織である。 彼らは多様性や複雑性、個性や才能を認めない。 口では個性が大事だ、才能を伸ばせといいながら、その実、それらを排除するふるまいをする。 その自己矛盾や、その自己矛盾によって他者を傷つけ、他人の心を破壊しているという認識をもたないまま、さも自身が善良な目的をもっているかのように、または親や指導者という誰も否定できない社会的立場を盾に、平気で弱者を傷つける。 政治や社会のあるべき姿についての理念の体系を、イデオロギーと呼ぶ。 イデオロギーは、しばしば人を魅了し、イデオロギーに帰依した人間は純粋でかたくなな行動をとることから、イデオロギーは宗教にたとえられる。 イデオロギーに縛られた人は、そのイデオロギーの失敗や欠陥を認めない傾向があり、その点でイデオロギーは虚偽意識(真実を覆い隠す偽装工作)をもちがちである。 イデオロギーに縛られて、真実を覆い隠された者は、目の前で起きていることよりも、自分の頭の中にあるイデオロギーを現実と見なす。 現実よりも理想が優先されるので、口では弱者の味方を装っていても、子どもや弱者が歓んだり、自己評価を上げたり、愛情豊かな人間に育ったりして、最終的に自分以上にすばらしい人間になることを阻害する。 彼らの目的は、弱者の救済ではなく自身の支配権の拡大であり、その目的を果たすためだけに、自身に疑いを抱きようもない子どもや弱者の心を、言葉や態度で、恐怖心や罪悪感をつかって操作する。 イデオロギーに縛られた者は、その操作を「教育」「指導」「愛」と呼んで正しいことをしていると思い込んでいるのであるが、その巧妙かつ破壊的な方法をとることができるのは、かつて、自身が自身の親や指導者に、そのような仮面の「教育」「指導」「愛」という名の暴力を受けて育てられた経験がある人だけである。 仮面の「教育」「指導」「愛」という名の暴力を受けて育った人は、そのつらい現実から目をそらすために、現実への認知を歪め、自分を騙すようになる。 中華思想の持ち主は、究極的には自身を「天命を受けた世界の中心」と詐称し、そう認識しない他者を一方的に蔑視し、罰するようになるが、彼らにとって重要なのは、ほんとうに自身が天命を受けた世界の中心者であるという現実ではなく、それを他者が認めるというイデオロギーである。 なぜなら、自身を「神に等しい者」ということにすれば、自身を否定する者は神を否定する者として断罪することができる。 自己の矛盾や暴力、親から愛されなかったことや、その後親のように信頼した大人からも見捨てられた現実を直視せずに済む。 つまり「天命を受けた世界の中心」を自称することは、現実の認知を著しく歪めることによる究極的な自己欺瞞なのだ。 それゆえ、それを自称する者にとって、その「天」がほんとうに神であるか、あるいはほんとうに善良な神であるか、または、そのことにより社会が具体的にどうよく変わったか、は、まったく重要ではない。 重要なのはイデオロギーであり、自分は暴力など受けていない、愛されていると思い込みつづけられることであり、自身が神に等しい者であると錯覚する者が多ければ多いほど大きく成り立っていくように思える仮想現実世界なのである。 さて、「アイデンティティ」とは、一般的には「同一性」などと訳される。 心理学や社会学においては「自分は何者なのか」という概念であるが、日本語にぴったりあてはまることばはない。 その語源は、古典ラテン語の「idem」(「同一人」「同様のもの」)にあり、「所属性」や「時間的経過を経ても変わらないもの」というような抽象的な用語である。 かつ、西欧哲学の系譜で扱われてきた概念であり、「神との一体化」などという表現などでも使われてきたが、「自分とは何者なのか」という概念が広がって以来、精神分析学上の用語として、分裂症の研究等に欠かせない言葉となったものである。 そのほとんどの日本人がはっきりともつことのできない概念を、世界を変えるためには必要な認識だと説く指導者がいるとして、十分に説明をしないままイデオロギーで他人を縛り、思うように従わなかったら集団の前で吊るしあげ、プライバシーの侵害と名誉の棄損をくり返した挙句、世界が変わらない理由はその概念の認識が不十分なお前たちのせいだといって責任を取らずに逃げるなら、その人は常軌を逸している。 そういう大人たちの常軌を逸した行動について、アリス・ミラーは、 で、「どのように常軌を逸した行動にも、幼児期からのいきさつがある」といっている。 「早期の条件づけによって人が自分に起こったことを気づかなくなるようにするための技術のすべてが網羅され」た、カタリーナ・ルーチュキュイの教育に関する論文である『闇教育』から引用し、「教育者」が、「自分の欲求を満足させるために」意識的に子どもを傷つけ、踏みにじるいくつもの事例を紹介している。 それによって子どもは自意識が破壊され、不安になり、障害を受けることになるが、にもかかわらずそれが善行として称揚されることは、現代においても往々にして起きている。 アリス・ミラーはいう。 「常軌を逸した行動が集団で行われるようになる時、それは最も危険なものになります。 その時には誰も自分たちのやっていることがおかしいとは気づかず、むしろそれが「正常」ということになってしまうのですから」と。 かつてのドイツ、戦後期の子どもたちにとって、「両親に、第三帝国の現実に関するあれこれを問い糾すことが怪しからぬことであるか、少なくともあまりよくないことだというのは言わずもがなのこと」だった。 宗教的のみならず、「伝統的な道徳上の諸価値」を子どもに植えつけるために、大人はしばしば、嘘、虚構、虐待、暴行、侮辱、拷問を含めた暴力を活用し、そのために子どもの自我が発達する以前から子どもがしたいことを我慢させる。 親が許しているなにかを子どもが求めたときにだけ、心から応えるなどして子どもに「自己否定」を学ばせ、子どもの中の「神のよみし給わ」ないものはすべてできる限り速やかに抹殺する。 そのうえで、「御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています」という聖書のことばなどを盾に、「この上から来る愛によって単なる自然のままの両親の愛情は潔められ、聖別され、洗われ、強められる」として子どもを罪人扱いする。 たとえば悪さをした子どもに、父親が「正直にすれば、お前は、私たちの優しい父であられる天の神さまにも、そしてすべての人間に対しても、恥ずかしくない人間になれるのだよ」などといって、悪さの自白を引き出せば、子どもは恐れと恥ずかしさ、不安と無力感に突き落とされる。 そのような子どもは、「幼い罪人」となって「教育者」の思惑通りに生きることになるが、それと同じ原理が、じっさいには全世界を支配している。 「天命を受けた世界の中心」を自称する者に限らず、他人を傷つけることを正当化するだれかにたいして、疑問さえを抱いていないかのように素直に従い、その現実に関するあれこれを問い糾すことを避け、それがまったく正常で当たり前のことであるかのようにふるまえる人びとは、戦後期のドイツの子どもたちのような状態である。 強い者が善悪の判断を牛耳り、戦いの勝者は遅かれ早かれ正しいことになり、その勝利のためにいかなる犯罪的手段を弄していたとしてもそれは不問に付される「闇教育」。 この「闇教育」の思惑通りに育った人物の筆頭が、ナチスの指導者アドルフ・ヒトラーであり、ナチス・ドイツが計画したるユダヤ人にたいして組織的に大量虐殺を行う「ユダヤ人問題の最終的解決」に関与したアドルフ・アイヒマンであり、ルドルフ・ヘスである。 両親が子どものためを思って「善良で」「物わかりがよく」「利口で」「おとなしく」「物静かで」「思いやりがあり」「利己的でなく」「我慢強く」「素直で」「わがままでなく」「頑固でなく」「反抗的でなく」「そして何よりも敬虔」であってほしいと願って、一番よいようにと考えて行動した結果が、歴史的な悲劇をもたらしたのである。 テロリストたちは、なんの罪もない婦人や子どもを人質に取って、それを偉大な目的のためにはやむを得ない措置だと称することがある。 しかしそれは、反復脅迫に陥った状態であり、つまり、無意識のうちに、かつて自身が大人たちからどんな目に遭わされたかを語っているのだ。 テロを正当化する彼らは、偉大な教育の完成のため、あるいは崇高な宗教的徳目のため、という高らかな理想のもと、生き生きとした小さな子どもを犠牲に供し、しかもそれを立派な正しいことをしているのだと信じる大人たちに、一度も自分の感情を信頼することを許されなかった子どもたちである。 自己の感情を自らイデオロギーのために抑圧する道を選ぶことになった子どもが、大人になったいま、昔とはべつの(多くは反対の)イデオロギーに身を捧げ、最も深い心の内奥まで、子ども時代と同じく完全に捨てて省みることなく、そのイデオロギーの目的を遂行しようとしているのである。 嫌だとかつらいとか、具体的な心理上の事実を無視して、宗教や哲学的倫理などつくり上げた抽象的価値体系を優先させ、それにしがみつかせているのであれば、その人が行っていることは立派な「闇教育」であり、彼らのしていることは、過去に受けた暴力の再現なのである。 「天命を受けた世界の中心」が「闇教育」を施すなら、彼らが行っていることは、神からの権威をうけた命がけの「魂の殺人」である。 しかし、この「闇教育」は、現代日本を生きるわたしたちは少なからず、というより、ほとんどが通過していると思われる。 そのことに気づかせず、罪悪感や自己否定をもったまま、一度限りの人生を謳歌させないことが、「闇教育」を行う「大人」の思うつぼなのであり、「闇教育」を行う「大人」とは、両親だけとは限らない。 以下、 に書かれている「闇教育」の諸相を参考に、「大人」の部分に、いまあなたが頼り切っている人を当てはめて読み直し、その人がそうふるまっているのなら、その見えない呪縛をかける人からは一目散に逃げ去り、きっぱりと縁を切ってやり直し、どうか一度限りの人生を、生き生きと生きられることを願います。 2.大人は何が正しく何が不正であるかを神のごとく決める。 3.大人の怒りは本来大人自身の内の葛藤から生まれるものである。 4.しかも大人はその怒りを子どものせいにする。 5.両親は常に庇われ保護されなければならない 6.子どもに生き生きとした感情が息づいていては支配者に都合が悪い。 7.できるかぎり早く、「子どもの意志を奪ってしまう」ことが必要である。 8.すべてはとにかく幼い時期に行われねばならない。 そうすれば子どもは「何一つ気づかず」大人を裏切ることもできないから。 儒教は孔子が編纂したユダヤ教であると考えられる。 儒教の祖とされる孔子は、自身の王朝を創ろうと自身を聖人化した際、その根拠としたのが三王朝(夏・殷・周)の儀礼を極めたことだったが、孔子が尊重した「礼」とは、日本人が想像する「マナー」や「礼儀」にとどまるものではなく、たとえば冠婚葬祭のときにきちんとした式次第にのっとって行う儀式や、王や国王が客人を迎えて行う儀式のことであった。 とりわけ、「子の曰わく、予の不仁なるや。 子生まれて三年、然る後に父母の懐を免る。 夫れ三年の喪は天下の通喪なり。 予や、其の父母に三年の愛あらんか。 」と、親が死んだ際には、3年の喪に服するというのが礼のきまりとした。 3年の服喪は、農民がそれをするなら畑が荒れ、生業が成り立たず、生きていくことができなくなるが、それでも孔子は「気持ちがあるなら当然のことだ」と、現実を生きることよりも親を敬うことを強調した。 多くの宗教は、最高位の神に父性をもたせている。 古代イスラエルの民が多くの艱難苦難を通過するなかで、神々の中から唯一の創造主と解釈した一柱の神ヤハウェもまたユダヤ教では「父」と称され、ユダヤ教からヤハウェ信仰を引き継いだキリスト教のもっとも代表的な祈祷文「主の祈り」は、「天にましますわれらの父よ」で始まる。 天命思想では、天子は天帝から自身の王朝を建ててよいという命(天命)を受けて王朝を開くが、天子は文字どおり天の子であり、この世を統治する王が天の子であるなら、その親は天であり、親であるからには子としてはよく仕えなければならない。 中国において「天に仕える」とは、祖先をよく祭るように天をよく祭るということであり、天の神に対する王による奉仕が「徳」である。 徳、すなわち、天の神に対する王による奉仕とは、決められた期日にきまりどおりの飲みものや食べ物を捧げて祭るという儀式のことであり、それは旧約聖書で重要視していることでもあるが、つまり中国における徳治主義とは、道徳心やモラルがある人による統治ではなく、よく天を祭る人がこの世を統治するという意味である。 また、中国では、大地の上を天が覆っている、すなわち、「天は覆うもの」「大地は載せるもの」であり、降った雨が水蒸気となって天に昇ることから、天地のあいだには絶えず交流があるという考え方があった。 さらに、人と人のあいだにも天と地のような交流があると考え、人間のあいだのふたつの相対するものである男女もまた、天地のように交流して通じ合うものだと考えた。 しかし、天地の関係においては、天は尊く地は卑い。 男が尊く女が卑しいという考え方はここから生まれ、男尊女卑の思想は想像以上に根ぶかいものがあるが、「どんな親であれ親であるというだけで親を崇めよ」という無言の理不尽な命令は、男尊女卑とおなじく、天と父親(男)を同一視することからもたらされる弊害である。 その無言の命令が、場所を教会というところに移すと、神そのものではなく指導者にすり替わっていることが往々にしてあるが、それを神の教えと称する指導者の、「指導者が指導者であるというだけで指導者を崇めよ」という無言の理不尽な命令をくみ取って育った者が、自身が育てられたように自身より弱い立場の者を育てることは、愛の仮面をかぶった暴力、つまりハラスメントである。 信じた人に裏切られたと認めることは、とてもかなしく、みすぼらしい気持ちにさせることではあるが、愛を騙る暴力という負の連鎖を断ち切りたいと願うなら、騙されたという現実を認めることをせずに、これからを幸せに生きることはとても難しい。 幸せに生きたいと願うなら、いままさにあなたの人生に介入する愛を騙る暴力をふるう人を、あなたの人生から排除する必要があるが、もし、いまあなたが信頼している人に以下のような特徴がみられるなら、あなたが信じているのは残念ながら、どれだけ言葉を並べようと、愛ではなく暴力と考えてよい。 ・意味不明なことを自信を持ってやってみせる。 ・意味不明なことを自信を持って言う。 ・勢いよくまくしたてる。 ・理不尽に怒ってみせる。 ・困ってみせる。 ・自分を憐れむ。 ・レッテル貼りをする。 ・もっともらしく理念を語る。 ・自分の関わっていることだけが唯一の良いことだと主張する。 ( p. 194-195) 経験した人ならわかるだろう、会社の社長や上司、ビジネス講座や宗教的指導者など、だれかになにかを教え育てるという立場の人間がこの特徴をもっている場合、十中八九、その人は自分の利益のことしか頭になく、 でないにしても、はじめから食い物にするために他人を集めている場合さえある。 だれかからなにかをだまし取った人は、その自覚の有無にかかわらず、いずれ必ずその報いを受けて苦しむが、しかし、同書でもいわれているとおり、ハラスメントの被害者がその呪縛から解放されようとして、ハラスメントをする側になっては本末転倒である。 大事なのは復讐をすることではなく、本来ある幸せを存分に感じ、助けたり助けられたり、愛したり愛されたりしながら、大切な人と共に生き生きと生きることであり、それをするためには、これからの人生に、暴力をふるったり、自分の大事なことを決める権利を奪ったりする人を介入させない必要がある。 愛を騙った暴力にすがり、誠実を騙った欺瞞をまとって生きてきた人が真実に気づくことは、暴力を連ならせていた鎖の環にひびを入れるようなもので、ひびが大きくなれば、やがてその環は割れて壊れ、鎖は鎖の役目を果たさなくなる。 暴力をふるうことでしか人と関われず、立場を守れなないできた人が、暴力に動じない人を目の前にするとき、その人は、自分がただの「役立たず」であることを知るのである。

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【定期】テコンダー朴の作者、シャニマス限定ガシャで爆死してしまう

魂の殺人 義士

うーん・・・物語的には良い題材ですけど・・・映画の方は微妙。 なんか、雰囲気的にこれと似た映画あったなぁ・・・そうそう、永遠の0みたいな感じ?あの映画のダメな点が、そのままこの映画にも当てはまると思った。 色々と詰め込みすぎ、という一言に集約される。 何も印象に残らない。 殺陣も映像も、特別凄いわけではない。 作り手の熱意が全く伝わってこない。 作り手の皆さん。 あなた方は観客に何を観せたいの?観客にどんな体験をして欲しいの?全くわかりませんでした。 吉村貫一郎の見せ方が下手すぎ。 なんとなーく、良い人、家族が大事、イクメン、お殿様に忠誠を尽くす、故郷が好きらしい。 どこにでもいるような感じの普通の人。 こういう普通の人を、いかにして魅力的な人物にするか?が作り手の手腕の見せ所なのに、、、なんの工夫もなく、本当に単に普通の人でしかない。 でもまぁ、これが日本人的なんだよね。 結局のところ、作り手には主張も何も無いのだろう。 なんとなーく、撮っているだけなんだよね。 あと、ギャグがなさ過ぎる。 全くないと言っても過言ではない。 笑えない。 吉村貫一郎のキャラ設定から言って、もっとギャグ入れるべきだし、彼を普通の人間として撮っているなら、なおさら笑い演出するべきでしょ。 アクションシーンにケチをつけるのは、予算の関係上できないことも多いので、そこを責めるのはかわいそうだから、責めない。

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