春はあけぼの 歌詞。 花(春のうららの隅田川)歌詞の意味

春の童謡を歌詞と一緒に大特集!欲しい曲が必ず見つかる定番19選|暮らしの情報局

春はあけぼの 歌詞

越天楽今様(春のやよいの あけぼのに) 花盛りかも しら雲の かからぬ峰こそ なかりけれ 「春のやよいの あけぼのに」が歌い出しの『越天楽今様』(えてんらく いまよう)は、雅楽(ががく)の名曲『』メロディに歌詞をつけた古い歌曲。 慈円の和歌は「小倉百人一首」にも収められている。 小学校の音楽の授業で歌われるほか、リコーダーやピアニカなどで演奏される。 近年でも音楽教科書に掲載される機会が多い。 ただ、歌詞は古い和歌であり、きちんと意味を解説した上で小学生らに歌わせているのかどうかは不明。 歌詞の意味は後述する。 歌詞 春のやよいの あけぼのに 四方(よも)の山べを 見わたせば 花盛りかも しら雲の かからぬ峰こそ なかりけれ 花たちばなも 匂うなり 軒のあやめも 薫るなり 夕暮さまの さみだれに 山ほととぎす 名乗るなり 秋の初めに なりぬれば ことしも半ばは 過ぎにけり わがよ更けゆく 月影の かたぶく見るこそ あわれなれ 冬の夜寒の 朝ぼらけ ちぎりし山路は 雪ふかし 心のあとは つかねども 思いやるこそ あわれなれ 歌詞の意味 春、三月の明け方に、周りの山々を見渡すと、桜が満開なのだろうか、雲のかかっていない峰はない。 夏には橘の白い花が匂い、軒に咲く菖蒲も香る。 夕暮れに五月雨(さみだれ)が降り、山ではホトトギスが鳴いている。 秋に入り、今年も半分過ぎた。 月が沈むように我が人生も過ぎゆき、もの寂しく思う。 冬の寒い夜が明ける頃、細い山道の雪は深い。 心の足跡はつかないが、思いを馳せるのは趣深いことだ。 関連ページ 雅楽の名曲。 近衛秀麿による管弦楽編曲版も有名。 越天楽に歌詞をつけた『越天楽今様』の中で最も有名な曲の一つ 『春よ来い』、『春が来た』、『花(春のうららの隅田川)』など、春をテーマとした日本の童謡・唱歌まとめ.

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春のうららの隅田川で始まる歌のタイトルと歌詞の意味を教えて!

春はあけぼの 歌詞

音楽の授業でも登場する、よく知られた有名な唱歌です。 ですが、この歌のタイトル、 意外に知られていないんですよね。 3択クイズで出しても正解の回答率が低いんです。 では、問題です。 『春』 2. 『花』 3. 出だしの歌詞にインパクトがあるせいか、 この歌のタイトルを『春』や『 隅田川』だと勘違いしている人が結構多いんです。 『花』は、日本の音楽家、作曲家の 瀧 廉太郎(たきれんたろう:滝 廉太郎)が作曲した歌曲集『四季』の第1曲で、 作詞は、日本女子大学教授で歌人の 武島 羽衣(たけしま はごろも)です。 春、晴れ渡って穏やかな日差しが注ぐのどかな日の隅田川 川をのぼったりくだったりする船の船頭たちの 手にしている櫂のしずくまでが 花びらのように飛び散っている このすばらしい眺めを、何にたとえることができるだろうか (いや、何にもたとえられないほど美しい) あなたはまだ見てないの?(いや、見てごらんなさいよ) 明け方に朝露を浴びて 語りかけてくるような桜の木を あなたはまだ見てないの?(いや、見てごらんなさいよ) 夕暮れの頃 手を伸ばして 招いてくるような 青々とした柳の木を 美しい錦織りのように花が咲き乱れる長い堤防に 日が暮れれば昇ってくる ほのかに霞んで見える春の夜の月 実に、ほんとうに一瞬も千金にあたるような このすばらしい眺めを、何にたとえることができるだろうか (いや、何にもたとえられないほど美しい) 『花』の歌詞に使われている言葉で、 わかりにくいと思われるものの意味をひとつずつ解説しますね。 1番の歌詞の意味 春のうららの 隅田川 のぼりくだりの 船人が 櫂(かい)のしづくも 花と散る ながめを何に たとふべき 春のうららの「 うらら」とは、空が晴れていて、陽射しが穏やかに照らしている様子です。 「うららかな日」という言い方がありますが、それと同じ意味です。 空が晴れ渡って、陽射しが柔らかく注いで、のどかな感じ。 「隅田川」は、東京都が管理する全長約23. 5キロの一級河川で、 流域人口は300万人に達するともいわれる世界に類を見ない都市河川です。 明治の頃の隅田川は、きれいに澄んだ水質だったと言われています。 「船人」は、船頭や船をこぐ人。 「櫂(かい)」は、船を漕ぐ木の道具のことです。 ボートでいうオールです。 「花と散る」は、花のように散る・花びらのように散る。 「何にたとふべき」は、何にたとえたらいいだろうか(たとえられない)といったニュアンスです。 2番の歌詞の意味 見ずやあけぼの 露(つゆ)浴びて われにもの言ふ 桜木(さくらぎ)を 見ずや夕ぐれ 手をのべて われさしまねく 青柳(あおやぎ)を 「見ずや」は、反語です。 「(これを)見ないのですか?いや見るでしょう」 「(これを)見ないでいられようか」 といった意味で、 「ごらんなさい」 とか、 「見よ」 「見なくてはいけませんよ」 というニュアンスで使われています。 「あけぼの」は夜明け、明け方。 「露(つゆ)」は朝露(あさつゆ)。 「われ」は、わたし。 「ものいう」は、話す、言う、語りかける。 「桜木」は、桜の木。 「手をのべて」は、手をのばして。 「さしまねく」は、招く。 さしまねくの「さし」は、語調を整えたり強めたりする接頭語で意味はありません。 青柳(あおやぎ)は、青々とした柳の木です。 3番の歌詞の意味 錦おりなす 長堤(ちょうてい)に 暮るればのぼる おぼろ月 げに一刻も 千金の ながめを何に たとふべき 「錦おりなす」は、美しく織られた錦のように。 色とりどりのきれいな花に彩られたたとえです。 「長堤」は、川の長い堤防・土手。 「暮るればのぼる」は、日が暮れれば昇ってくるの意。 「おぼろ月」は、春の季語です。 もやで霞んで見える春頃の月のこと。 「げに」は、まちがいなく、本当に、いかにも。 「一刻も千金の」は、中国北宋時代の詩人・蘇軾(そしょく)の詩『春夜』の一節に由来しており、 「 ほんのわずかな時間でも千金に値する価値がある」 という意味です。 春のうららの隅田川で始まる歌のタイトルと歌詞の意味を教えて! まとめ 春のうららの隅田川で始まる歌のタイトルは『 花』。 『花』は、瀧 廉太郎(たきれんたろう:滝 廉太郎)作曲の歌曲集『四季』の第1曲で、 作詞は武島 羽衣(たけしま はごろも)です。 1900年(明治33年)に発表されたとはいえ、 反語が使われていたり、文体はまるで古文のようで、 ちょっとムズカシイところもありますね。 「のぼりくだりの 船人が 櫂(かい)のしづくも 花と散る」 の「櫂」をオールとして、 船人の船はオールを用いる西洋的なボートで、 当時の早慶レガッタの光景だと解釈する考え方もあります。 そうなると、日本の情緒的な春の風景とは全く異なるものになりますが、 それはそれで掛け声も聞こえてきそうで、おもしろいなぁと思っています。

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ハルカミライ 春はあけぼの 歌詞&動画視聴

春はあけぼの 歌詞

音楽の授業でも登場する、よく知られた有名な唱歌です。 ですが、この歌のタイトル、 意外に知られていないんですよね。 3択クイズで出しても正解の回答率が低いんです。 では、問題です。 『春』 2. 『花』 3. 出だしの歌詞にインパクトがあるせいか、 この歌のタイトルを『春』や『 隅田川』だと勘違いしている人が結構多いんです。 『花』は、日本の音楽家、作曲家の 瀧 廉太郎(たきれんたろう:滝 廉太郎)が作曲した歌曲集『四季』の第1曲で、 作詞は、日本女子大学教授で歌人の 武島 羽衣(たけしま はごろも)です。 春、晴れ渡って穏やかな日差しが注ぐのどかな日の隅田川 川をのぼったりくだったりする船の船頭たちの 手にしている櫂のしずくまでが 花びらのように飛び散っている このすばらしい眺めを、何にたとえることができるだろうか (いや、何にもたとえられないほど美しい) あなたはまだ見てないの?(いや、見てごらんなさいよ) 明け方に朝露を浴びて 語りかけてくるような桜の木を あなたはまだ見てないの?(いや、見てごらんなさいよ) 夕暮れの頃 手を伸ばして 招いてくるような 青々とした柳の木を 美しい錦織りのように花が咲き乱れる長い堤防に 日が暮れれば昇ってくる ほのかに霞んで見える春の夜の月 実に、ほんとうに一瞬も千金にあたるような このすばらしい眺めを、何にたとえることができるだろうか (いや、何にもたとえられないほど美しい) 『花』の歌詞に使われている言葉で、 わかりにくいと思われるものの意味をひとつずつ解説しますね。 1番の歌詞の意味 春のうららの 隅田川 のぼりくだりの 船人が 櫂(かい)のしづくも 花と散る ながめを何に たとふべき 春のうららの「 うらら」とは、空が晴れていて、陽射しが穏やかに照らしている様子です。 「うららかな日」という言い方がありますが、それと同じ意味です。 空が晴れ渡って、陽射しが柔らかく注いで、のどかな感じ。 「隅田川」は、東京都が管理する全長約23. 5キロの一級河川で、 流域人口は300万人に達するともいわれる世界に類を見ない都市河川です。 明治の頃の隅田川は、きれいに澄んだ水質だったと言われています。 「船人」は、船頭や船をこぐ人。 「櫂(かい)」は、船を漕ぐ木の道具のことです。 ボートでいうオールです。 「花と散る」は、花のように散る・花びらのように散る。 「何にたとふべき」は、何にたとえたらいいだろうか(たとえられない)といったニュアンスです。 2番の歌詞の意味 見ずやあけぼの 露(つゆ)浴びて われにもの言ふ 桜木(さくらぎ)を 見ずや夕ぐれ 手をのべて われさしまねく 青柳(あおやぎ)を 「見ずや」は、反語です。 「(これを)見ないのですか?いや見るでしょう」 「(これを)見ないでいられようか」 といった意味で、 「ごらんなさい」 とか、 「見よ」 「見なくてはいけませんよ」 というニュアンスで使われています。 「あけぼの」は夜明け、明け方。 「露(つゆ)」は朝露(あさつゆ)。 「われ」は、わたし。 「ものいう」は、話す、言う、語りかける。 「桜木」は、桜の木。 「手をのべて」は、手をのばして。 「さしまねく」は、招く。 さしまねくの「さし」は、語調を整えたり強めたりする接頭語で意味はありません。 青柳(あおやぎ)は、青々とした柳の木です。 3番の歌詞の意味 錦おりなす 長堤(ちょうてい)に 暮るればのぼる おぼろ月 げに一刻も 千金の ながめを何に たとふべき 「錦おりなす」は、美しく織られた錦のように。 色とりどりのきれいな花に彩られたたとえです。 「長堤」は、川の長い堤防・土手。 「暮るればのぼる」は、日が暮れれば昇ってくるの意。 「おぼろ月」は、春の季語です。 もやで霞んで見える春頃の月のこと。 「げに」は、まちがいなく、本当に、いかにも。 「一刻も千金の」は、中国北宋時代の詩人・蘇軾(そしょく)の詩『春夜』の一節に由来しており、 「 ほんのわずかな時間でも千金に値する価値がある」 という意味です。 春のうららの隅田川で始まる歌のタイトルと歌詞の意味を教えて! まとめ 春のうららの隅田川で始まる歌のタイトルは『 花』。 『花』は、瀧 廉太郎(たきれんたろう:滝 廉太郎)作曲の歌曲集『四季』の第1曲で、 作詞は武島 羽衣(たけしま はごろも)です。 1900年(明治33年)に発表されたとはいえ、 反語が使われていたり、文体はまるで古文のようで、 ちょっとムズカシイところもありますね。 「のぼりくだりの 船人が 櫂(かい)のしづくも 花と散る」 の「櫂」をオールとして、 船人の船はオールを用いる西洋的なボートで、 当時の早慶レガッタの光景だと解釈する考え方もあります。 そうなると、日本の情緒的な春の風景とは全く異なるものになりますが、 それはそれで掛け声も聞こえてきそうで、おもしろいなぁと思っています。

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