安倍 昭恵。 UZU(うず)

安倍昭恵(Akie Abe)オフィシャルサイト

安倍 昭恵

たまたま満開だった。 「まぁ、タイミングは悪かったですよね。 でも、昭恵さんとしては、頑張っている若手を応援するために開いた会。 実際、とてもいい刺激を受けました」 困惑した表情を浮かべながらもハッキリとした口調で話す男性。 仮にA氏としよう。 A氏は都内の有名レストランを任されるカリスマシェフだ。 楽しそうな写真が世間を賑わせたのは3月26日。 そこには満開の桜の下で微笑む昭恵さんのほか、藤井リナ(35才)、NEWSの手越祐也(32才)ら、総勢13人の男女が写っていた。 「最悪のタイミングでした。 東京都から公園や河川敷での花見の自粛要請が出ていたことに加え、森友学園問題を苦にして自殺した元財務省職員の手記が『週刊文春』に掲載された直後でしたからね。 この問題の発端は昭恵さんだといわれていますから、遺族の感情を逆なでする行為だと非難されました」(政治部記者) バッシングが最高潮に達したのが翌27日。 衆議院予算委員会で、野党議員から花見自粛を無視した行動を妻に代わって問われた安倍首相が、花見会場が「公園」ではなく「レストランの敷地内」だったと反論。 不要不急の外出自粛が叫ばれるなかで、「レストランだからいいのか?」と逆に炎上した。

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安倍昭恵夫人の「KYすぎる行動」から見える孤立と、もっと悪質な「ご友人」の存在

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安倍晋三首相の妻・安倍昭恵夫人(56)が発起人の「世界こどもサミット」について、週刊文春は新興宗教団体「KAMIスタイル」との関わりを報じました。 森友学園問題など、新たな問題が次々に明らかになっていますが、関係といえば、安倍昭恵夫人の実家と森永製菓です。 というのも、安倍昭恵夫人の父親・松崎昭雄氏は、森永製菓の相談役で母親の恵美子氏も森永製菓と深い関係にあります。 そんな昭恵夫人はとうぜんお嬢様育ち。 幼稚園から良家のお嬢様が通う聖心に入園し、エスカレーター式で聖心女子学院初等科、中等科、高等科と進んでいます。 ですが大学へはストレートで進学していません。 そこで今回は、昔の成績や学歴はどうだったのか、また、若い頃は電通に勤務していたことや、自由奔放な発言で「バカすぎる」と言われている理由などについてもふれていこうと思います。 安倍昭恵の実家は母親と父親が森永製菓 国会を揺るがした朝日新聞の財務省公文書書き換え報道。 財務省は「森友学園」への国有地売却をめぐる決裁文書に書き換えがあったことを認め、決裁文書に記された安倍昭恵夫人の名前を削除していたことも判明しました。 もし今後、現物の公文書が公表されれば、文章の書き込みなどから情報源が分かってしまうので、安倍内閣はたちまち危機状況に陥るとか。 やはり、安倍昭恵夫人は森友学園問題に関係していたのでしょうかね。 そんな安倍昭恵夫人の実家は森永製菓創業家。 父親は森永製菓社長を務め、現相談役の松崎昭雄氏です。 母親・恵美子氏の実家も森永製菓創業家と、両親とも森永一族なのです。 少しわかりづらいかもしれないので、家系図にするとこんな感じ。 (安倍昭恵 実家の家系図) 創業者の森永太一郎氏が松崎半三郎氏を支配人に招き、1910年に株式会社森永商店を設立。 その2年後に森永製菓に改称しました。 太一郎氏が製造を担当し、半三郎氏が販売を任されていたといい、当時、森永のお菓子は大いに売れたそうです。 その息子である森永太平氏も3代目森永製菓社長、松崎一雄氏は副社長を務めました。 そして、先代の太一郎氏、半三郎氏の孫にあたる恵美子氏と昭雄氏が結婚し、森永・松崎両家は血縁で結ばれたのです。 安倍昭恵の若い頃の学歴 成績 安倍昭恵夫人の父親と母親は、森永製菓と関係が深いということもあり、実家はとても裕福。 そのため、昔から何不自由なく育ったといいます。 また、若い頃の学歴はというと、聖心女子学院高等科を卒業後、大学もそのまま聖心女子に進むかと思えば、なぜか専門学校へ進学。 そして卒業後は電通に入社したのです。 昭恵夫人は、なぜ専門学校へ進学したかについて「広告業界で仕事をしたかったから」と話していますが、一説には成績が悪いため、大学へ進学する推薦がもらえなかったと言われています。 専門学校は仕事をしたい女性にとっておかしくない選択。 ただ、昭恵夫人の場合、どんなに成績が悪くても、実家が森永製菓の創業者家なので、若い頃に電通へ入社すること自体、難しくなかったのでしょう。 安倍昭恵が子供いない原因 安倍昭恵夫人は電通に入社してすぐに寿退社しています。 安倍晋三首相との出会いは1984年、電通の上司の紹介だったとか。 その後、3年の交際を経てふたりは結婚。 (若い頃の安倍晋三首相と安倍昭恵夫人の写真) しかし、子供はできませんでした。 子供がいない原因は、昭恵夫人が不妊症だったためで、一時は養子縁組も考えたそうです。 それでも2006年には44歳の若さでファーストレディに。 ところが、当時の安倍昭恵夫人は「名家に生まれた苦悩を抱えていた」と語っています。 各国のファーストレディには華麗な肩書があるのですが、昭恵夫人には学歴や職歴のコンプレックスがあったそう。 それは大学へ進学していないのと、電通を早期退社したことが理由のようです。 さらに2007年、夫の安倍晋三氏が潰瘍性大腸炎で突如総理を辞任。 昭恵夫人はどん底に突き落とされましたが、大学院への進学で劣等感を振り切ったのです。 そして2009年、昭恵夫人は、立教大学大学院に入学。 若い頃に成し得なかった大学での学びと出会いが、その後の昭恵夫人を劇的に変えたようですね。 安倍昭恵がバカすぎる? 安倍昭恵夫人は、自分のことを家事ができないなどとテレビで発言したり、「原発の再稼働反対」「TPP反対」など、安倍首相とは違った見解を示すあまり、「バカすぎるのでは?」といった声があがっています。 大学院を卒業してからはというものの、自由奔放な発言で周囲から「夫の足を引っ張ってどうする」と批判されても、なぜ批判されているのか理解できてないようです。 昭恵夫人がオーナーの居酒屋「UZU」も、夫の安倍首相は店を持つことを反対したが、「夫の耳に入らない市民の本音を聞き出したい」と強引に押し切ったとか。 森友学園の幼稚園で講演したり、森友学園が新設する予定だった「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長に就いていたことも、いま思うとある種の暴走だったのかもしれません。 やはりお嬢様特有の物事を深く考えない気質が、度重なる問題へと発展させたと言わざるを得ません。

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鳥居の下で宮司の説明を聞く昭恵夫人(写真右)。 写真左の小太りの男性がツアー主催者の松久氏だ 境内を散歩していた近隣住民が語る。 「鳥居に約50人の大集団がたむろしていたので見ていたら、ビックリしましたよ。 他人の空似かとも思いましたが、どう見てもご本人……。 マスクをしていなかったので、はっきり顔が見えました」 安倍晋三首相(65)が新型コロナウイルスに関する会見を開いた翌日の3月15日に「大分旅行」を敢行し、日本中から猛批判を受けている安倍昭恵夫人(57)。 本誌は、夫人が県内の観光名所「宇佐神宮」を訪れた様子を捉えた写真を独占入手した。 首相は「3密」には当たらないと妻の行動について説明したが、マスクなしでツアー客らと密集している写真を見れば、それが苦しすぎる言い訳であることは一目瞭然だ。 前出の目撃者が旅行の「全貌」を明かす。 「午前10時過ぎ、参道下の鳥居の前に集まった50人近くの団体は『まだ来ないね』などと話し、誰かを待っている様子でした。 しばらくすると、近くの駐車場にタクシーが止まり、昭恵さんと女性、そして小太りの男性が降りてきた。 3人はゆっくり歩いて合流。 10時半頃に宮司さんが一行を案内し始めました」 タクシーから昭恵夫人と共に現れた男性は、「ドクタードルフィン」を自称する医師の松久正氏(53)で、このツアーの主催者だ。 「人類救済」を謳った講演活動に励んでおり、昭恵夫人が合流参加したこのツアー『神ドクター降臨 in Oita』では、「卑弥呼のマグマエネルギーと共鳴する講演会」が予定されていた。 本殿で一行を見た別の目撃者はこう続ける。 「11時頃、境内に現れた昭恵さん一行は、宮司に案内されて本殿の奥へと消えていきました。 一般の人は入れないエリアだったので、その後のことはわかりません」 大分旅行の前には、花見に参加したことが発覚して批判を受けるなど、コロナへの警戒を呼びかける夫とは正反対の行動を繰り返す昭恵夫人。 安倍夫妻の関係も「緊急事態」なのだ。 4月24日発売の『FRIDAY』最新号では、約50人がパワースポットで「密集・密接」している写真と、参拝の様子を詳報している。

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