中村メイコ子供。 中村メイコの旦那、画家の息子、娘や孫。年齢や自宅。

60すぎたら、どんどん捨てなさい【part5】子供になんか残すな!「カネは自分で使い切る」が正しい(週刊現代)

中村メイコ子供

夫は作曲家の神津善行さん。 私がこの女優さんをはじめて知ったのは、1972年から10年間、NHKで放送された 「お笑いオンスステージ」というテレビ番組でした。 この番組では、バラエティーショーで 「お笑いオンステージ」というコーナーで、毎回人情喜劇をやっていて 中村メイコさんもメンバーの一人として出演していました。 当時は「おもしろい女優さんだなぁ」という記憶がありましたね。 この随筆の中では、中村メイコさん、神津善行さんご夫妻は 3ヶ月の月日をかけてトラック7台分のモノを処分して 広い家から小さなマンションに、引っ越したことが書かれています。 引越し前は、子どもさん3人の他にお母様や使用人と 大家族で大きな家に住んでいたとのこと。 それが、子どもさんが独立して 夫婦2人で大きな家に住むのはムリとの判断から引越しをきめたそう。 そして、その引越し作業が大変であったことが綴られています。 その間、使用したドレスや和服、台本や衣装にトロフィーとその量は 「まるで古い城壁のようだ」と書かれているぐらいなので 相当なモノの数だったことでしょう。 また、ご主人の神津善行さんも作曲家なので、楽譜や楽器も処分したとのこと。 この随筆は「有名芸能人がモノがたくさんあったから処分しただけでしょ」 との読み方もあるかもしれません。 でも、80歳を過ぎた夫婦が、3ヶ月もかけて7台分のモノを処分するのは さぞかし体力的に大変なことではないでしょうか。 「心身共にエネルギーのいることであった」とご本人もおっしゃっています。 モノだけじゃなく、さらに大きな家と土地までも処分して 小さなマンションに移り住んでいます。 高齢であっても、元気なうちにモノを処分して さらに、住み慣れた土地や子どもたちとの思い出がいっぱい詰まった家を 処分して離れたところに住むことは、かなりの決断力がいたはず。 子どもさんが3人もいるのなら、家の中を片付けても、家や土地まで処分しなくても 子どもさんたちに譲ることだってできるのに。 でも、あえてそれをしなかった。 神津善行さんは 「あとにのこった子供たちのために、なんとか身体が動くうちに 本人が本人の思い出を捨てないといけない。 きれいに始末するのが親のエチケットってもんサ」 とおっしゃっています。 私は、中村メイコさんのおっしゃる「終いじたく」は きれいに始末するのが親のエチケットで あり 最近耳にする「生前整理」にも当たるのではないかと思っています。 「生前整理」とは 生前整理とは~家族を幸せにする整理方法~ 生前整理とは、自分の死後に残された家族が、相続問題などで苦労しないように 自分が死んでしまう前に、 自分や家族の財産や持ち物を整理しておくことです。 老後にすべきことは「生前整理」それは親のエチケット 私の母も中村メイコさんと年齢が近いけれど、母の場合は、そうはいかないんです。 お茶碗や和服を処分するのでさえ、アーダ、コーダと理由をつけ いらないモノの処分に、時間がかかっているんです。 できるなら、自分たちの思い出の品さえもすべてとっておきたいと。 それでも、娘の私が「あれしろ!こうしろ!」と、しつこく言って やっと重い腰をあげているのです。 昭和生まれの戦後を経験した高齢者は 「もったいない。 モノを粗末にしてはいけない」精神を持っている人が多くいませんか? モノを粗末にしない。 大切に使うことは大事なことです。 しかし、使わない。 この先も使わないであろうモノまで 大事にとっておく必要はないんです。 実家の母も「捨てるなんてもったいない。 いつか使えるかもしれないからとっておくわ!」って、口ぐせのように言っています。 あとに残った子どもたちが困らないように、財産や持ち物を整理しておく これができるのは、体力があるうちにしかできません。 「私は体を鍛えているから大丈夫!」と思っていても 老いは必ずやってきます。 そして、いつこの世を去るのかは、誰もわかりません。 まだ元気なうちに 少しづつ生前整理をしておくことが大事なことなんだと。 実家の断捨離を手伝っている私は、強くそう思うんです。 だから、私も子どもたちが苦労しないために 足腰がまだ動くうちに、少しづつモノを捨てています。 まだまだ、捨てられれないモノがあるけれど 「子どもたちのために、きれいに始末するのが親のエチケット」 この言葉を忘れずに、処分をしていきたいと思っています。

次の

中村メイコ

中村メイコ子供

もくじ• プロフィール 経歴 芸名 中村 メイコ なかむら めいこ 旧芸名 中村 メイ子 なかむら めいこ 本名 神津 五月 こうづ さつき 生年月日 1934年05月13日 84歳 出生地 東京府 現・東京都 身長 153cm 体重 45kg 血液型 O型 所属事務所 ホリプロ 中村メイコさんの 芸名は本名の五月に由来します、日本語の五月を英語のMAYに置き換えてます。 五月の置き換えでは、スタジオジブリのアニメ「となりのトトロ」のメイも有名ですよね。 中村メイコさん現在82歳です、2歳の時に映画「江戸っ子健ちゃん」で、デビューして以来芸暦80年です、2歳でデビュー後は数々の映画やラジオなどに出演しています、複数の配役をこなす7色の声を出せるとして有名になりました。 お父さんの方針で中学校には通っていないそうです、あの昭和の国民的歌姫の美空ひばりさんと大親友でした。 中村メイコさん喜劇女優・歌手・タレント・声優・司会・作家と多様な才能を発揮しています、もしかしたら日本初のマルチタレント?なのかもしれません。 1955年には「田舎のバス」を歌いヒットしています、田舎のバス一度くらいは聞いたことある曲だと思います。 芸暦80年って物凄いですね、現役最高齢俳優といわれた故庄司永建さん 享年91歳 でも芸暦70年いきませんでした、そう考えると芸暦80年ってかなり凄いことです。 芸暦80年以上の人いるのかなと気になり簡単に調べてみましたら、人間国宝で狂言師の野村万作さん・かしまし娘の正司歌江さん・ 、さんがいました、上には上がいるのですね。 デビュー以来さまざまな方と共演したそうで、榎本健一さんと共演・菊池寛さんとは会食したことがあるそうです。 見たことはありませんが榎本健一さんってエノケンって呼ばれる昭和の喜劇王ですし、菊池寛さんは作家で文藝春秋社を作り文学賞の名前にもなっている方です、ドラマ化して話題になった「真珠婦人」「貞操問答」はこの方の作品です。 16歳の頃アルバイト先の上司が吉行淳之介さんで、熱烈な恋をしたそうですが既婚だったので片思いに終りました、吉行淳之介さんの短編集に中村メイコさんがモデルの作品があるとか。 凄いつながりばかりです驚きます、吉行淳之介さんといえば、NHKの朝の連続テレビ小説「あぐり」のモデルになった吉行あぐりさんの長男です、女優の吉行和子さんは妹です。 中村メイコさん、戦後芸能界の生き字引みたいな方ですね、未発表や発表できないエピソードなんか沢山ありそうです、聞いてみたいものです。 1957年23歳の時に 作曲家の神津善行さんと結婚しています、2016年で結婚して59年です、 2017年で結婚60年でダイヤモンド婚式となります。 Sponsored Link 両親・夫・子供は誰? 中村メイコさん本人もすごいのですが、家族も凄いんです!! お父さんは 作家の中村正常さん お母さんは 著述家の中村チエコさん 旦那さんは 作曲家の神津善行 こうづ よしゆき さん 1932年01月02日 85歳 お子さんは3人います。 長女は 作家・エッセイストの神津カンナさん 1958年10月23日 58歳 次女は 女優の神津はづきさん 1962年08月31日 54歳 夫は俳優の杉本哲太さん 1965年07月21日 52歳 長男は 画家の神津善之介さん 1972年 45歳 中村さん両親も有名な方だったんですね知りませんでした、すごい芸術家一家ですね神津ファミリーと呼ばれているそうです。 どうでもいい話ですが神津はづきさんの旦那・杉本哲太さんですが、現在は名俳優ですが実はロックバンド紅麗威甦 グリース でデビューしているんです。 中村さんのすごいのは、結婚後は家事優先で仕事と家事を両立していたところです、普通売れっ子だと家事とかおろそかになってしまう気がします。 現在は夫の神津善行さんとの二人暮らしですが、結婚してからずっと夕食を欠かさず作っています、仕事で家を空ける時以外は必ず作り、メニューも毎日違うそうです。 芸能生活80年もすごいですが、結婚生活59年家事と仕事の両立すごいですよね、離婚の危機とかもあったのでしょうかちょっと知りたいです。 昭和九年会 中村メイコさん「昭和九年会」という親睦団体に入っています、調べてみたら「昭和九年会」凄い団体でした。 昭和九年会(しょうわくねんかい)は、昭和9年(1934年)生まれの芸能人の集まりによる親睦団体。 この年に生まれ、活躍した芸能人が多かった事から、1976年に愛川欽也さんと長門裕之さんが中心になり結成し、定期的案集まりやイベントを開催。 この「昭和九年会」のメンバーが凄いのです。 まとめます。 中村メイコさん2歳の時にデビューして2016年で芸能生活80年です。 中学校に行っていません。 家族が芸術家・俳優だらけの芸術家一家です。 結婚生活59年ずっと仕事と家事を両立している。 昭和九年会のメンバーの記事です。 中村メイコさんと年齢が近い人の記事です。

次の

中村メイコの旦那や息子・次女や娘婿(杉本哲太)が凄い!

中村メイコ子供

95年(61歳)映画「サラリーマン専科」に出演。 02年(78歳)ドラマ「さくら」に出演。 ・母親は作家の中村チエコ。 ・父親はユニークな人だった。 「夕焼けはなぜ赤いの? 」と訊くと 「空が恥ずかしがってるから」という答えが返ってきた。 ・父親から寺子屋式のマンツーマンで勉強を教えて貰った。 ・母親に毎日家事を手伝わされた。 ・小学校時代、戦時中に学校に出す絵日記に「銃後を守る、うれしい汗」と書くと、 父親に「何だこのうそっぱちの日記は」と言われ、 父親用に正直に書く日記と学校提出用の日記の両方を書いた。 ・小学校時代、仕事の合間に学校に行くと囲まれて大騒ぎになった。 危険なのでクジャクを飼っていた檻の中に避難させられた。 ・父親が何もかも一律の学校教育を嫌っていたので中学校に行かなかった。 ・子供の頃から芸能活動をしていたので一般社会を知らずに育った。 ・嫌いな食べ物…甘いもの(飲める飲み物は水と酒だけ)。 ・得意料理…バターのせんぎりののり巻き(酒を飲む前に食べる)。 ・少食。 ・酒が大好き。 毎日飲む。 朝食は小さな缶ビール。 飲まないと眠れない。 酒を飲みながら料理をする。 ・シャワー派。 湯船に滅多につからない。 ・過密スケジュールを苦にして自殺をはかった事がある(=20歳の頃? ・75歳の頃に五十肩になった。 ・トラック7台分の断捨離をして一軒家からマンションに引っ越した。 ・ペット… 犬(ゴールデンレドリバー、名前は与太郎=04. 03現在)。 黒猫2匹(=13. 03現在)。 ・住んでいる所…東京都世田谷区(同じ敷地内に次女一家の家もある=98. 12現在)。 ・温泉に行った事がない(他人と一緒に入浴した事がない=13. 01現在)。 ・お手伝いさんを置かずに家事を全て自分でこなした。 ・夫と交際するまでは電車の乗り方も知らなかった。 ・結婚当初、自分の仕事のギャラは実家に入れて夫の給料で生活した。 ・千代田区の二間のアパートからスタートして長い間賃貸暮しだった。 子供の誕生とともに何度か引っ越した。 ・父親は満80歳の誕生日に他界。 通夜に集まった人が「ハッピーバースデイトゥーユー」を唄った。 自分は海外ロケで死に目にあえなかった。 ・同居していた義母を介護した。 ・自分が無菌状態で育てられた反省から子供はあえて社会の雑菌をたくさんつけて育てた。 学校から遠い所に引っ越して満員電車で痴漢を経験させた。 ・授業参観など子供の学校の行事に必ず出席した。 舞台のいでたちのままで駆けつけた事があった。 ・長女と次女がアメリカに留学する際に「セックスはいいけど子供は作るな」と注意した。 ・アイドルとして人気絶頂の19歳の頃に夫と出会った。 当時の夫は作曲家志望の国立音大3年生だった。 5〜6回目のデートで「僕は結婚が前提でないと女性とつきあえない」と言われ、 「環境を変えるには結婚しかない」と思って受諾した。 ・結婚式のウエディングドレスを自分でデザイン。 ・仕事と主婦・母親業の両立の為に子供が高校を卒業するまで睡眠時間は3時間。 6:00前に起床して朝食・子供のお弁当を作り、家事を片付けて仕事へ行き、 夕食を作りに帰宅して食事を済ませてから仕事に戻った。 ・離婚を考えた事は何十回もある。 ・実生活でも8割は演技をしている。 ・夫は植物が発信する音の研究をしている。 ・夫と同じ寝室で寝る(=16. 05現在)。 ・死後、自分は中村家の墓に、夫は神津家の墓に入る事になっている。 よくお座敷で一緒に飲んだ。 中村の自宅に遊びに来ると自分の家のようにくつろいでいた。 美空がグレンミラーなどにあわせて歌った貴重な生テープを所有(庭に埋めた)。 ・森公美子…友人。 森がミュージカル女優の修業時代によく食事をご馳走してあげた。 ・黒柳徹子…友人。 ・十朱幸代…戦時中に十朱の父親と一緒に奈良で活動。 家が近所だったので十朱がよく泊まりに来ていた。 ・榎本健一…子供の頃に榎本から昔の遊びを習った。 ・黒澤明…子供の頃に当時助監督の黒澤によくおんぶして貰った。 黒澤が執筆中のシナリオに助言した(子供の話し言葉)。 ・徳川夢声…子供の頃に徳川から漢詩を習った。 ・古川緑波…子供の頃に古川から英会話を習った。 ・森繁久彌…森繁を「パパ」と呼んで慕っていた。 共演多数。 長男の結婚式でスピーチして貰った。 ・三木のり平…三木が演出する舞台に出演した時に厳しく指導して貰った。 ・杉本哲太…義理の息子(次女の夫、92年結婚)。 ・吉行淳之助…初恋の人。 結婚後も夫の前で「吉行さんって素敵よね」と言っていた。 ・前川清…憧れている芸能人。 結婚後も夫の前で「前川さんってだーい好き」と言っていた。 ・神津義行…作曲家。 20六本木の鳥居坂教会で挙式。 身内やマスコミ用に分けて披露宴を4回やった。 ・子供: 長女…神津カンナ。 10誕生。 エッセイスト。 次女…神津はづき。 07誕生。 長男…神津善之介。 12誕生。 スペイン在住(=13. 01現在)。 27誕生。 次女・神津はづきの子供。 05誕生。 次女・神津はづきの子供。 雑誌に掲載された父親と一緒に写った写真を見たプロデューサーにスカウトされた。 ・多数の映画・ラジオに出演して天才子役と呼ばれた。 ・5歳の頃にテレビの実験放送に出演(ドラマ「謡と代用品」=40年)。 ・子供の頃から自分は美人ではないと自覚していた。 現場で「泣かない、愚痴をこぼさない、しかめっ面をしない」を自分に課していた。 ・多数のラジオ番組に出演して「七色の声」と評された。 NHK「ジロリンタン物語」「お姉さんと一緒」など。 ・元祖マルチタレント。 子供の頃から女優、歌手、タレントとして映画、テレビ、ラジオに出演 テレビ初期からドラマ、司会、公開コメディなど多方面で活躍。 ・テレビ初期の生放送ドラマで台詞を話しながら衣装を着替えた。 ・子供の頃から自分は一貫して「喜劇役者」だと思っている。 ・シングル「田舎のバス」がヒット(=55年)。 ・紅組司会を務めた時の紅白歌合戦の台本は曲順以外は白紙だった(全てアドリブ)。 ・テレビ「連想ゲーム」初代紅組キャプテン。 ・NHK放送文化賞を受賞(=83年)。 ・日本文芸大賞エッセイ奨励賞を受賞(=00年)。 ・自宅を「情報ツウ」で公開(=04年3月16日放送分)。 ・本番の新鮮味が薄れるのであまりリハーサルをやりたくない(特に喜劇)。 ・衣装は常に自前。 ・主な著書: 「ママ横をむいてて」「メイコめい伝」「メイコのズッコケ教育」 「オトコ通り八丁目」「拝啓、あのねママ」「いい女になるための自分育ての12章」 「メイコとカンナのかんばれ! お年寄り」「あなたの魅力をひきだす自分育ての恋愛論」 「母と娘でいいたい放題」「老いてほどほど」 「人生の終いじたく だって気になるじゃない、死んだ後のこと。

次の