ユニクロ 由来。 「ユニクロ(UNIQLO)」の名前の由来

【ユニクロの由来・語源】知っていますか社名の由来

ユニクロ 由来

(画像引用元:) さまざまな企業・商品のの由来やこだわりなどを紹介する「独断!粋なロゴマーク」。 今回は、今や日本を代表するアパレルブランドに成長した「UNIQLO(ユニクロ)」のロゴマークを取り上げます! 1. UNIQLO(ユニクロ)の歴史とロゴマークの由来 2014年8月時点で、852店舗を有するユニクロ。 高品質なものを低価格で提供してくれるアパレルブランドとして、その名が浸透していますよね。 そんなユニクロの前身である、サンロード株式会社が生まれたのは1974年のこと。 当時はメンズアパレルを取り扱っていましたが、1984年に「ユニーク・クロージング・ウェア・ハウス(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)」、つまり現在のユニクロの一号店を立ち上げます。 オープン初日には、早朝6時の開店にもかかわらず、開店待ちの列ができていたとか。 ちなみにこの時、列を作った人たちには、ユニクロからアンパンと牛乳が提供されたそうです。 そんなユニクロのロゴマークといえば、佐藤可士和氏がデザインしたこちら。 (画像引用元:) 赤と白のシンプルなロゴマークながら、どちらも頭の片隅に残るような、印象的なデザインとなっています。 シンプルデザインのものが多いユニクロらしいロゴマークとも言えます。 実はこのロゴマークは2代目で、初代は以下のようなデザインでした。 (画像引用元:) 一見同じように見えますが、よく見ると、こちらのロゴマークのほうがえんじがかっているように見えませんか? 実は初代ロゴマークも、制作当初は赤色だったそうです。 ただ、使用していくうちにテーマカラーが曖昧になり、いつの間にかえんじ色に変わってしまったとのこと。 初代ロゴマークが使われていた当初は、以下のが別に用意されていましたが、こちらを見ると、よりわかりやすいかもしれません。 (画像引用元:) それを聞いた佐藤可士和氏が提案したのが、今ではお馴染みの鮮やかな赤と白のロゴマークです。 原点をもう一度見つめなおした上で、新しいユニクロを作っていくという想いが込められているそうです。 この時佐藤可士和氏は、気づいたらえんじ色に変わっていたロゴマークのように、ユニクロ自身の体質も、何かに流されているのではないかと感じたそうです。 だからこそ、ロゴマークから原点を見つめなおそうと提案したと言われています。 「名は体を表す」と言いますが、ロゴマークもまた、企業やチームの体質を表しているのかもしれません。 皆さんのロゴマークも、いつの間にか変わっていませんか? 「ロゴマークが変わるなんてことはない」と思っている人も多いかもしれませんが、ユニクロのように、知らない間にカラーが変わってしまったり、細部が変わっているという話はよく聞きます。

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ユニクロ 由来

最終更新日: 2010. 20 1949. 3 山口県宇部市でメンズショップ小郡商事を創業 1963. 5 資本金600万円にて小郡商事を設立 1984. 6 ユニクロ第1号店を広島市に出店(ユニクロ袋町店、1991年閉店) 1985. 6 ユニクロ初のロードサイド店(ユニクロ山の田店、1991年閉店)を山口県下関市に出店、その後のユニクロ店舗の原形となる 1991. 9 商号を小郡商事からファーストリテイリングに変更 1994. 7 広島証券取引所に株式を上場 1996. 11 自社企画商品の開発体制の充実を目的として、東京事務所(東京都渋谷区)を開設 1997. 4 東京証券取引所市場第二部に株式を上場 1998. 2 本社新社屋(山口市)を建設 1998. 10 ユニクロのフリース1,900円が話題を呼ぶ 1998. 11 首都圏初の都心型店舗、ユニクロ原宿店(東京都渋谷区)を出店 1999. 2 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定 1999. 4 生産管理業務の充実を図るため、中国に上海事務所を開設 2000. 4 マーチャンダイジング及びマーケティング機能の強化を図るため、東京本部を開設 2000. 10 インターネット通信販売を開始 2001. 9 ユニクロ海外進出の第一歩として、英国ロンドンに出店 2002. 9 中国上海市にユニクロを出店、中国における営業を開始 2002. 11 SKIP(スキップ)というブランド名で食品事業を開始(2004年4月撤退) 2003. 10 ユニクロのカシミヤキャンペーンが注目を浴びる.

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ユニクロ 由来

ユニクロの由来:1号店の略称 「ユニクロ」の社名は、1984年(昭和59年)、広島市に開かれた1号店の店名 「ユニーク・クロージング・ウエアハウス(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)」の略称に由来します。 この「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」は、 「唯一無二の洋服倉庫」などと訳し、 「他の店では買えない衣類を売るお店」という意味を持つとされています。 ユニクロの歴史 現在、世界に2000店舗以上を数えるユニクロのルーツを見ていきましょう。 ユニクロのルーツは山口県宇部(うべ)市 ユニクロのルーツは、山口県宇部市にあった「メンズショップ小郡商事(おごおりしょうじ)」です。 メンズショップ小郡商事は、終戦によって1949年(昭和24年)に満州から帰ってきた柳井等(やないひとし)が 山口県山口市小郡大正町で開業した紳士服店でした。 その後、1963年(昭和38年)に、 資本金500万円で「小郡商事株式会社」を設立し、法人化します。 1972年(昭和47年)、創業者・柳井等の長男である柳井正(やないただし)が入社します。 1984年(昭和59年)に彼が社長に就任し、 「ユニクロ」第1号店を広島市に出店します(袋町店)。 残念ながら、社名の由来になった第1号店は 1991年(平成3年)に閉店してしまいました。 「郊外にユニクロ」のイメージのワケ 現在、ユニクロの店舗は都心にも多いですが、 元々は郊外に集中していました。 ゆえに、ユニクロといえば「郊外のお店」というイメージを持つ方も多いです。 1985年(昭和60年)、ユニクロは山口県下関市の郊外に 初の「ロードサイド店」を開きました(山の田店)。 「ロードサイド店」とは、 通行量の多い幹線道路沿いに出店された店舗のことを指します。 ロードサイド店のターゲットは、 郊外に住み、移動に自動車・バイクなどを利用する方です。 1960年代以降、日本国内では中心市街地よりも郊外の人口が急増するケースが増えたため、 郊外を中心として幹線道路沿いにお店を構える企業が増えました。 ユニクロもそのような企業の一つです。 この ロードサイド1号店も1991年(平成3年)に閉店しています。 親会社「ファーストリテイリング」の由来 1991年(平成3年)、 商号を「株式会社ファーストリテイリング」に変更しました。 とにかく「安さ」を追求 90年代後半には日本は「デフレ」に突入し、物価が下落し始めます。 デフレ時に給料額が上がるケースはまれだったため、消費者は支出に敏感になり、 とにかく「お得な商品」に注目が集まりました。 その中でユニクロは、マクドナルドと並び 「価格破壊の象徴」と呼ばれるほど 「安売り」を行う戦略を展開。 デフレでも消費者の心をしっかりつかみ、圧倒的な支持によって 急成長を果たしました。 1998年(平成10年)に首都進出(原宿店)を果たし、大量生産可能で軽量、低価格、保温性が高い 「フリース」素材の衣類を販売開始を開始しました。 当時は「フリース」といえば 「アウトドアブランドが提供する1万円以上の高価なもの」というイメージを持つ方が多い時代。 そのような時代にユニクロは「フリース1,900円」として売り始めたのです。

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