ブルータス おまえ も か。 『ブルータスお前もか』の意味とは?走れメロスと関係がある? | 情報トレジャー

『ブルータスお前もか』の意味とは?走れメロスと関係がある? | 情報トレジャー

ブルータス おまえ も か

Et tu, Brute? 「ブルータス、お前もか」とは、のであるウス・ウス・が暗殺される際、暗殺犯たちの中にいた(トゥス、ブルトゥスとも)に放ったとされる言葉である。 このはでもとして度々登場する。 史に詳しくないという人でも、の「是非に及ばず」に相当すると言えばわかりやすいだろう。 概要、お前もか! 紀元前年、の伝統に反し終身独裁官となっていたは、崩壊の感を持った元老院の反感を買った為に、ウス劇場の議事堂で複数の元老院によって刺殺された。 その際に暗殺に加わったブルトゥスの姿を認めると、これを慨嘆したという伝承が残されている。 ただし、あくまで伝承の一つであって、「 言葉を残す間もなく死んだ」とか「 言葉ではなく仕で示した」という伝承もあることに注意されたい。 その後、かのの『・』において「Et tu, Brute? — T , Cr! (ブルータス、お前もか……ならばここまでか、)」という言い回しで登場し、前半が人口に膾して定着した。 ・ブルトゥス 生涯のであったウィの。 を代わりに育ち、御落胤説あり。 デキムス・ブルトゥス ア戦役からの下で働き、の信任篤い心。 なぜなら同作のがであり、デキムスはほとんど出てこないからである。 ところが、を離れてはデキムスを推すも根強い。 はほとんど軍務経験もなく、とウスとの抗争ではウス側についた。 にもかかわらずに総督に任じられたのはコネ人事という他ない。 一方、デキムスはア戦役以来の部下であり、立った失敗もなく、を安心して任せられる数少ない人材であった。 の遺言にも、デキムスは(後の初代)に次ぐ第の相続人の一人にして、の実質的な後見人に選ばれているが、実子説のあるの名前はない。 関連動画、お前もか! 関連商品、お前もか! 関連項目、お前もか!•

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ブルータス、お前もかとは

ブルータス おまえ も か

伝承 [編集 ] 紀元前44年3月15日、は自らの古い友人であり、腹心でもあった元・元老院議員マルクス・ユニウス・ブルトゥスや、部下でブルトゥスの従兄弟、かつての敵だったらによって暗殺された。 カエサルは暗殺の際にブルトゥスの姿を認めるとひどく落胆し、で自身の体を覆う仕草を見せて " Et tu, Brute? " と呟いたという。 よく誤解されるが、カエサルがブルトゥスへの揶揄を呟いたという伝承自体はシェイクスピアの史劇以前から存在し、一から完全に創作した場面ではない。 カエサルに限らず教養ある古代ローマ人は古代ギリシャ語を流暢に話したと伝えられることから、こう言い残したとしてもさほどの不自然さはない。 一方、" Et tu, Brute? " という言い回しで定着させたのは間違いなくシェイクスピアである。 『ジュリアス・シーザー』では「我が子、 ブルータス、お前もか? もはやカエサルもここまでか!」(Et tu, Brute? Then fall, Caesar! )と続く形になっている。 ちなみに、シェイクスピアは同作以外にも似た場面と台詞を使用している。 解釈 [編集 ] 古くから史実かどうかについて、歴史学者の間でローマ時代から議論が行われている。 は「カエサルはブルトゥスの姿を見ると、トーガで身を覆う仕草を見せた」と伝えており、動揺を示しつつも言葉でなく仕草で現したと主張している。 スエトニウスに至っては「カエサルは言葉を残す暇もなく、刺されて死んだ」と伝えている。 仮に " Et tu, Brute? カエサルは後にで養子のに謀殺されたを除いて息子はなく、他に子供はの妻であったの一女のみである。 したがってこれは、当時からカエサル落胤説が囁かれるほどに寵愛されていたブルトゥスに対する言葉と考えられている。 もう一つの説としては、古代ギリシャの格言を引用したのではないかとする論がある。 『ジュリアス・シーザー』の台詞も " Et tu, Brute? " だけが広がり "Then fall, Caesar! この論に立つ場合、「息子よ、お前も私と同じ末路を辿るだろう」(ブルトゥスが元老院で失脚することへの予測)であったと主張される。 他に「次はお前の番だ」(Your turn next)とする説 、「先に向こうで待つぞ、若造!」(To hell with you too, lad! )とする説 など多様であるが、無言で死んだとするスエトニウスも自らが聞いた説として "tu quoque, fili mi" (息子よ、お前までが)を書き残している。 これは18世紀のラテン語の教本である "De Viris Illustribus" などに引用されており、現代に影響を残した。 フランス、イタリア、スペインなどロマンス語諸国では、"et tu, Brute" より "tu quoque, mi fili" もしくは "tu quoque, Brute, fili mi" を使う事が多い。 出典 [編集 ]• Shakespeare, William; S. Johnson, Alfred Harbage Editors 1960. Penguin Books. Suetonius, The Lives of Twelve Caesars, Life of Julius Caesar• Suetonius, The Lives of Twelve Caesars, Life of Julius Caesar,• Dyce, Alexander; quoting Malone 1866. The Works of William Shakespeare. London: Chapman and Hall. 648. Plutarch, The Parallel Lives, Life of Caesar• 1998. Latomus 57: 61・71. Woodman, A. 2006. Classical Quarterly 56 1 : 175・189. Fighting for Rome: Poets and Caesars, History, and Civil War. Cambridge University Press. 0-521-58026-9. Lhomond De Viris Illustribus, 関連項目 [編集 ]• ウィキクォートに に関する引用句集があります。

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ブルータス、おまえモカ

ブルータス おまえ も か

原稿依頼が来る。 それはもう毎日のように来る。 比喩ではなく、本当にそれくらいの勢いで来る。 今日は2件来た。 どっちも全く知らん雑誌からの依頼だった。 たぶん世間的には「ブルータス、おまえモカ」くらいの知名度の医学雑誌だと思う。 どっちもコロナがテーマだった。 もうさ・・・依頼原稿するのやめようよって思う。 だってせっかく原稿書いても誰も読んでないわけでしょ? 相当書いてるけど、読みましたって言われたことほとんどないもの。 いや、くつ王の原稿、そころこ面白いんですよ。 頑張ってふざけて書いてるから。 そこかしこに面白い要素入れてるんですよ。 無理やりDUとかぶっ込んでるから。 でもどうせ誰も読んでないだろって。 せっかく書いたのに誰も読まない原稿の供養は誰がするんだっていう。 成仏できない原稿を書くたびに、オレの業が積み重ねられていくのだ・・・(言いたいだけです)。 医学雑誌の需要ってどこまであるんでしょうか。 少なくとも総合診療系はまだ盛り上がってると思うんですけどね。 それ以外の惰性でやってる雑誌とかさ、もうやめましょうよ。 こっちだってふざけて原稿書くにも限界があるわけだから。 例えば「デング熱」ってテーマでふざけるわけにもいかないでしょ? コロナだってふざけすぎると不謹慎でしょーよ。 そうすると、ただただ真面目な原稿を書いて消費されるわけですよ。 原稿も消費されるけども、書いてるくつ王も消費されてるわけ。 誰も読まないような原稿を書くために、ひたすら消費されてるんですよ。 消費され尽くして、このまま死にたくはないわけですよ。 だからみんなで依頼原稿書くのをやめようって。 もうさ、UpToDateとか読んだら何でも書いてるわけでしょ。 日本語でだって「今日の臨床なんたら」とかあるわけでしょ。 もうああいうのでいいでしょ。 まあ確かに「おまえも自分で企画して雑誌の原稿を人に書かせてるやろ!」と突っ込まれたら、何も言えないオレ。 いや、確かにそうなんですよ。 僕も「レジデントなんとか」とか「総合なんとか」とかで企画をさせていただくことはあるんですよ。 だから、自分の企画で書いてもらった人からの依頼はもちろん断らないくらいの最低限の礼儀はわきまえてるんですけども・・・。 あと偉い人からの依頼原稿ね。 これも断れないよね。 僕もそのへんの空気を読む力は人一倍って言われてるから。 なんならそういうのだけでここまで来たつもりだから。 でもさ、もうそういう「原稿依頼される側」の身分もそろそろ卒業したいよね。 なんならもう一方的に原稿を依頼する立場になりたいよね。 すげー自分勝手なこと言ってますけども。 こんなこと書いている間に依頼原稿を一本くらい書けるんじゃないかっていう。

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