カイン は 言わ なかっ た。 芦沢央『カインは言わなかった』、感想“言っちゃおう”キャンペーン

【感想】芹沢央『カインは言わなかった』芸術と死が織りなす混沌の世界へ!

カイン は 言わ なかっ た

芸術にすべてを懸けた男たちの、罪と罰。 エンタメ界のフロントランナーが渾身の力で書き上げた、 慟哭のノンストップ・ミステリー! 「世界のホンダ」と崇められるカリスマ芸術監督率いるダンスカンパニー。 その新作公演三日前に、主役が消えた。 壮絶なしごきにも喰らいつき、すべてを舞台に捧げてきた男にいったい何があったのか。 その陰で踏みにじられてきた人間の声なき声……。 様々な思いが錯綜し、激情はついに刃となって振るわれる。 『火のないところに煙は』で本屋大賞ノミネート。 『許されようとは思いません』続々重版中。 もっとも次作が待たれる作家の、実に2年ぶりの長篇大作! 芸術でもスポーツでもこの世界には才能を「持つ者」と「持たざる者」がいる。 両者では見えてる世界、景色というのは全く異なるものに違いない。 本書では景色が見えない=「持たざる者」のごく近い所に「持つ人」がいて、その才能ある人を「追う」「想う」感情がこれでもかと紡がれる。 その圧倒的な心情描写は読む者すらも追い詰められていくような迫力に満ちている。 「持つ者」との埋まらない溝、詰まらない差。 それを感じた時に芽生える、焦り、ねたみ、さらには殺意・・・・・・ そういった感情にこそ「狂気」「激情」という言葉がぴったりハマることをこの小説を読んで痛感した。 そもそもこの物語はあるダンサーが失踪したことから始まり、途中、重要な人物が死にもする。 いわゆるミステリーではあるのだが、その「真相」については直接は描写されない。 前述したような切迫した心情描写の積み重ねの最後にあるはずの「真相」は、我々読み手に委ねられているといっていい。 そういった意味ではものすごく爽快なラスト(私はそう感じた)ですら、著者の新たな挑戦であり、また読者への問いかけでもあると感じた。 自らが「持たざる者」であることを自覚する人であるならば(世の大半はそうだと思うのであえて)、是非読んでみてほしい。 今までに感じたことのない読書体験となること間違いなしの傑作だと思う。 本作は、さまざまな作者の想いが込められている。 単なるミステリーだけに留まらず、芸術論、人生論、恋愛論、親子関係、震災の微妙なこころの爪痕など多岐に渡るお話となっています。 本作を読み終えた時、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読み終えた時の心境になった。 「絶対神」に裏切られた人々が、過去に囚われ、過去の中で生きていくしかないという、残酷で消耗的な生き方に頼ることによって、自身の人生を正当化するのは止むを得ないとは思う反面、狂信的で非人間な者のために、灯りを灯すことも出来る人生を不意にするのは勿体ない。 この世に生きる人々は過去に様々なトラウマや心の傷を抱えながら、今を出来る限り、前向きに生きようとしている。 ある登場人物は過去を振り切り、自分の目で未来を見据え、自分の頭や手足で、自分の明るい道を切り開いていったのは、私にとっては勇気づけられました。 本作には「絶対神」は何人か登場するし、「カイン」も「アベル」も複数人いると読み込みました。 ただ、私自身も日頃の行いや生き方や考え方によって、「絶対神」にも「カイン」にも「アベル」にもなりうる可能性はあると思います。 私は、本作を読んで、常に謙虚に、常に前だけを見据えて、過去に囚われずに、自分自身に起こっている状況に負けず、自分の2本の足で、しっかり生きていきたいと思いました。 「自分の人生で大切なものは何か」 考えさせられました。 ありがとうございました。

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芦沢央「カインは言わなかった」のあらすじと感想

カイン は 言わ なかっ た

『旧約聖書』の「創世記」4章に登場するアダムとエバ(イブ)の長子。 アベルはその弟。 カインは土を耕し、アベルは羊を飼った。 2人が収穫物を神ヤーウェへ捧 ささ げると、神はアベルの供え物だけを喜んだ。 カインにおちどはないが、神はカインの反応を試したのである。 「罪が門口に待ち伏せしている。 ……あなたはそれを治めねばなりません」。 しかし、カインはアベルを憎み殺害した。 人類最初の殺人事件である。 その血を吸った大地は耕しても実らず、カインは呪 のろ われて放浪の身となった。 そのとき神は、カインを助ける別の手段を考えた。 カインを殺す者は7倍の復讐 ふくしゅう を受けるであろう、と。 かくして、カインは神の前を去って、エデンの園の東にあるノドの地に住み、妻をめとって一子エノクをもうけた。 この物語の背景には、農耕定住民と牧羊移動民との対立があり、イスラエルの神は、後者の生活様式とその祭儀に高い価値を与えたと考えることができよう。 [市川 裕].

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芦沢央『カインは言わなかった』感想・要点|全編に張り詰められた緊迫感。著者と読者のメンタル消耗戦

カイン は 言わ なかっ た

Contents• カインが兄、アベルが弟になります。 大まかな内容は、自分の捧げ物だけ神様に受け入れられなかったことに腹を立てた兄のカインが、弟のアベルを殺してしまうというもの。 人類初の殺人が描かれていることで知られていますね。 聖書箇所 創世記4章1節〜4章16節 登場人物 まずは、登場人物のご紹介! 神様 今回も登場しますよ、毎度おなじみ天地を造られた 創造主。 またしても、人間の罪を目の当たりにします。 カイン アベルの兄。 ヘブライ語で「鍛冶屋(かじや)」。 土を耕(たがや)す農夫だが、大きな罪を犯してしまう。 アベル カインの弟。 羊飼いで、神様に肥えた初子(ういご)を捧げる。 ストーリー さあ、内容に入ってきますよ〜! カインとアベルの誕生 これは、アダムとエバがエデンの園を追い出された後のお話。 エバは身ごもり、2人の男の子を産みました。 兄の カインと弟の アベルです。 2人はすくすくと育ち、 カインは土を耕して穀物や野菜を作る 農夫に、 アベルは羊のお世話をする羊飼いになりました。 2人とも神様に捧げ物をするが。。 さて、ある日、カインは畑でとれた 収穫物を神様に捧げました。 弟のアベルもまた、羊の中から1番良く肥えた初子を選んで神様に 捧げました。 しかし、 神様はカインの捧げ物を喜ばれず、 アベルの捧げ物だけを受け入れました。 カインはこれに対してブチ切れます。 安心しなさい。 お前を殺そうとする者は、私がゆるさん! お前を殺した者は、7倍の報(むく)いを受けるだろう。 そして、 神様は誰もカインを殺さないように 彼にしるしを付けてあげました。 こうしてカインは神のもとから去り、 エデンの東の地に住むようになりました。 なぜ神様はカインの捧げ物を受け取らなかった? なぜ、神様はアベルの捧げ物は受け入れられて、 カインの捧げ物は受け入れられなかったのでしょうか。 これには、 2つの理由が考えられます。 聖書にはこう書かれています。 「こうして、ほとんどすべてのものが、律法に従って血で清められており、血を流すことなしには罪の赦しはありえないのです。 」 (ヘブライ人への手紙9章22節) これは、が十字架で死なれたこととも関係しており、 イエス・キリストは自分の血を神様にお捧げすることで、人類の罪をゆるしていただきました。 このように、 当時の人々は、羊といった 動物をいけにえにささげることで、罪をゆるしてもらっていたのです。 もちろん、2人ともこのことは知っていたはずです。 しかし、 カインは神の御心に従わず収穫物を捧げ、アベルは神の御心に従い血のいけにえである子羊を捧げたのです。 その結果、カインの捧げ物は受け入れられなかったということですね。 それは、 どのような心で捧げたか です。 アベルは良い心を持っていて、 捧げ物も本当に良い羊を選んで心から神様に捧げました。 しかし、 カインはそうではなかったのです。 詳しくは書かれていませんが、 もしかしたら収穫物の余り物を捧げたのかもしれません。 適当な気持ちで捧げたのかもしれません。 このお話から、 神様はあくまでも捧げる者の気持ちを重視されるお方だということ が分かりますね。 もし、 カインが神様から言われた時にすぐ反省していれば良かったのです が、その怒りを弟のアベルに向けてしまいました。 表面的な捧げ物は喜ばれないのか。。 それらをご紹介していきましょう。 人類初の殺人 最も代表的なのはやはり、 人類初の殺人です。 初代のもいくつか罪を犯しましたが、2代目にしてもう殺人が起きてしまいました。 カインが加害者、アベルが被害者ですね。 人類初の兄弟 また、カインとアベルは 人類初の兄弟です。 ですから、現在でも、 カインとアベルは 兄弟の代名詞として使われます。 ちなみに、この2人にはセトという弟もいたと言われています。 カインに関しては、人間から産まれた 初めての赤ちゃんでもありますね。 人類初の嘘 さらに、カインは 人類初の嘘もついています。 ろくな人類初がないにゃ〜。 それが、神様から弟アベルの居場所を聞かれたシーンです。 カインは、アベルを殺したにも関わらず、知らないフリをして嘘をついたんですね。 しかし、当然神様には全てお見通しでした。 にも関わらず、 あえて聞いたのは カインを試すためでしょう。 人類初の殉教(じゅんきょう) さらに、アベルは 人類初の殉教(じゅんきょう)者とも言われています。 殉教というのは、 神への信仰のために命を捨てること。 アベルは神への信仰を持っていましたが、その信仰ゆえにカインに殺されてしまったんですね。 とはいっても、この言葉自体にあまりなじみがないかもしれませんが(笑) これは元々、心理学者 ユングが提唱した概念です。 まとめ アダムとエバに続き、今回も様々な罪が出てきましたね。 聖書にはこうした人間の罪がたくさん描かれています。 人間ですから、罪を犯すことは避けられません。 でも、 問題は罪を犯した後どうするかです。 そこで反省して、神様にかどうかでその後の運命が決まってくるんですね。 きちんと悔い改めれば、神様もゆるして祝福してくださるというのに。。 人間はやはり愚かですね。 ではまた次回!.

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