チャップリン の 殺人 狂 時代。 映画『チャップリンの殺人狂時代』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

黄金狂時代

チャップリン の 殺人 狂 時代

注目のレビュー:チャップリンの殺人狂時代• 2010-08-10 by ニコラ 面白くて、考えさせるよい映画だ。 毛虫やム所帰りの娘、障害の妻など、「善人」の定義がやや公式的。 船長の愛人アナベラのガラガラ声が田中真紀子に似ていておかしかった(真紀子さんごめん)。 金持ちのグロネイ夫人を口説くずうずうしさも参考になる。 チャップリンには哲学がある。 3人がこのレビューに共感したと評価しています。 2007-09-26 by ひっさびさに観ました。 震えが来ました。 これって1947年制作なんです。 でも戦後たった2年しか経ってないんですよね、戦勝国に向って(それも内側からです)「いい気になっちゃいけませんよ」という辛辣なお説教、それだけ鑑みても凄いことですよ。 『独裁者』などと比較するといささか評価は落ちるようですが、鬼...... 4人がこのレビューに共感したと評価しています。

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チャップリンの殺人狂時代

チャップリン の 殺人 狂 時代

『 殺人狂時代』(さつじんきょうじだい、 Monsieur Verdoux)は、の。 製作・監督・脚本・主演。 原案とクレジットされている(詳細は後述「」を参照)。 長年親しまれた「チャーリー」のスタイルを捨て、チャップリンの映画にしては珍しく喜劇色が少なく、シリアスな展開であると評価されている。 生前、チャップリン自身がこの映画を最高傑作と評価していた。 それに加えて、主人公が処刑に向かう前のセリフ"Wars, conflict - it's all business. One murder makes a villain; millions a hero. Numbers sanctify"(「戦争や紛争、これは全てビジネス。 一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む。 数が(殺人を)神聖化する」。 元は牧師で者、の言葉)は、チャップリンの代表作に押し上げた原因とされている。 一方で、この作品がきっかけとなり、によるチャップリン排斥の動きがますます加速。 のアメリカ追放へとつながった。 あらすじ 物語は生前を回顧するアンリ・ヴェルドゥの独白から始まる。 北フランスの商家・クーヴェ家の婦人セルマが、多額の預金を引き出した直後に行方不明になる。 すでにフランス国内で同じような状況の行方不明が連続して起こっており、事態を重く見た警察が動き出す。 犯人はアンリ・ヴェルドゥといい、30年勤めた銀行をされた元銀行員である。 彼は「が起こる」などと言って裕福な中高年女性をそそのかし、預金を解約させたのちに殺害して、その奪った金を株に投資して生活費に充てていたのだ。 彼はリディアをいつもの手口で殺害したのち、グロネイ夫人を口説いて結婚に持ち込もうとする。 その一方で、キャプテン・ボヌールを名乗り、すでに関係をもっていたアナベラを殺害しようと画策する。 そんなヴェルドゥの家庭は、車椅子生活の妻と幼い子供一人。 家族や友人には投資で稼いでいると説明しながら、多忙な二重生活を送っていた。 ある雨の晩、ヴェルドゥは刑務所から保釈されたばかりの身寄りのない若い女性に出会う。 一度は新しい毒薬のテストのために殺害しようとするヴェルドゥだったが、彼女の話を聞くうちに殺害を思いとどまる。 セルマの件でヴェルドゥを追ってきたモロー刑事を心不全に見せかけて毒殺するが、アナベラ殺害はアナベラの悪運の強さに阻まれ果たせない。 仕方なくグロネイ夫人との結婚を一刻も早く進めようとするヴェルドゥだが、結婚式の場でアナベラと鉢合わせしてしまい、その場から逃げ出す。 やがての波がヴェルドゥに押し寄せ、ヴェルドゥは財産も妻子も失う。 数年後、かつて雨の夜に出会った女性と再会するが、彼女はの会社の社長の妻になっていた。 彼女と話をするうちにヴェルドゥは運命に身をゆだねる決心をし、自らすすんで逮捕される。 そして、裁判の場やメディアとのインタビューで「(戦争と軍需産業に比べて)者としては、私などアマチュアだ」「殺人はビジネス、小さい規模ではうまくいかない」などの言葉を残し、ヴェルドゥは死刑場へと連行されていく。 キャスト• アンリ・ヴェルドゥ:• アナベラ・ボヌール:• グロネイ夫人:• 若い未亡人(後に軍需会社社長の愛人):• モーリス(ヴェルドゥの友人):• モナ(ヴェルドゥの妻):• ピーター(ヴェルドゥの息子):• アネット(アナベラの):• グロネイ夫人のメイド:• リディア・フローレイ:• モロー刑事:• マーサ(モーリスの妻):• 花屋の女:• ヴェルドゥの弁護士:• 刑吏:• 検察官:• 医者: 日本語吹替 俳優 日本語吹替 版 版• TBS版吹き替え - 初回放送1977年5月16日 21:02~23:25『』• BD版吹き替え - 2016年発売の『チャップリン Blu-ray BOX』に収録 制作の経緯と公開 真っ只中の秋、1920年代のに実在した 1869-1922 という殺人鬼をモデルにした映画の脚本を書くので、その映画の主演をしてもらいたいという話をオーソン・ウェルズがチャップリンに持ち込んだ。 アイデアだけで脚本を書く以前の段階であったため、その場は断るが、後にそのアイディアを別の形で映画化することを思いつく。 トラブルを避けるために、ウェルズに連絡して「原案」のクレジットを入れ、5000ドルを払うが、実質はウェルズは何もしていない。 ただし、後にウェルズが『殺人狂時代』の産みの親は自分だと吹聴したことにチャップリンは心を痛めたという。 チャップリンは映画化に際し、ランドリューのエピソードにウェインライトというイギリスにいた殺人鬼を掛け合わせた形の主人公「アンリ・ヴェルドゥ」を考案。 脚本の完成に、の影響を挟んだこともあったが2年をかけ、5月から撮影を開始した(ラストシーンから撮影した)。 しかし、この頃のチャップリンは様々な困難にぶち当たっていた。 まず時代の変化であった。 第二次大戦では圧倒的物量で勝利したアメリカであったが、フィルムなど軍用に優先的に回される資材は不足していた。 気が済むまで撮り直しを繰り返すことが常であったチャップリンにとっては、フィルム不足は頭の痛い話であった。 さらに、信頼していたスタッフの多くが亡くなったり引退して、かつてのような手法で撮影することははなはだ困難であった。 さらに、チャップリン自身にも何かと厄介な問題が付きまとっていた。 この映画の撮影に入る前、チャップリンは別の映画の企画をしており、その映画に主演で起用する予定であったという女優に行為をされた挙句、バリーの子供の認知裁判に巻き込まれる。 血縁関係がないことは証明されたが、平和主義者・共産主義者として糾弾されていたチャップリンに不利な判決(慰謝料・扶助料等の支払い)が下った。 そして、一番大きな困難はやがて来る「赤狩り」であった。 大戦中、を助け第二戦線構築を訴えていたチャップリンを反共団体などが「共産主義者」として糾弾。 大戦後、アメリカに亡命していた友人で作曲家のが共産主義者として糾弾された際、アイスラーを擁護するコメントを発したことが、さらにバッシングを大きくさせた。 撮影は1946年9月に終了し、後は公開するだけとなった段階で、チャップリンに対する非難は手の付けられないレベルに達していた。 団体や団体などが猛烈な上映反対運動を繰り返し、上映を予定していた映画館などに脅迫を繰り返して上映をやめさせる動きを盛んに行った。 こうした妨害を何とか排除しつつにで封切られたが、興行成績は悲惨なものであった。 チャップリン自身は1200万ドル(約43億円。 1ドル=360円で計算)の利益を目論んでいたが、結果は32万5000ドル(約1億円強)であった。 これはチャップリン映画で通常「興業的失敗作」と呼ばれる『』などよりも悪い興行成績であり、チャップリン映画で唯一純損失が出た映画でもあった。 失敗の影響は、以前から経営不振が伝えられていたの経営をさらに圧迫させることにもなった。 アメリカでの失敗の一方で、遅れて封切られたなどではまずまず好評だった。 しかし、そういったニュースもに結婚した愛妻ウーナの深い愛情も傷ついたチャップリンの完全な癒しにはならず、やがて苦難のアメリカ追放を迎えることとなる。 アメリカでこの作品が正当に評価されるようになったのは、に対する反戦運動が高まった1970年代になってからである。 なお、純粋にランドリューを主人公にした映画もある。 に製作されたフランス映画 Landru (日本では劇場未公開 、ビデオ題『』)で、監督は「殺人狂時代」を高く評価しているである。 シャブロルは「ランドリューは単なる変わり者だが、ヴェルドゥは哲学者」と述べている。 チャップリンは、チャーリーにおいてはから作った付け髭をつけていたが、この作品では自前の髭を蓄えている。

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映画 『殺人狂時代』 (1947年) ー 戦争による大量殺人を批判したブラック・コメディ ー 20世紀・シネマ・パラダイス

チャップリン の 殺人 狂 時代

「の殺人狂時代」は、1947年公開のカ映画。 視聴は2回目だが、結構忘れているので新鮮な気分で視聴した。 コロナ騒ぎのせいで、せっかく家にいてもテレビで新作が見れなくなった今だからこそ、過去作の視聴意欲が増す。 古き良き時代の名作をあさるのも悪くない。 内容 主人公のアンリ・ヴェルドゥは、30数年に渡って真面目に銀行に務めたが、リストラの憂き目にあってしまう。 それ以来、彼は中年マダムをターゲットにした結婚詐欺&殺人を行うことで金を稼ぐことになる。 足を悪くして車椅子で生活する妻、幼い息子がいながらも、ヴェルドゥは金のためあちこちの家庭にお邪魔して異常な二重、三重の生活を行う。 最後には運命に身を委ねて彼は警察に自首する形となる。 裁判で死刑判決が下り、ヴェルドゥが絞首刑台へ歩いて行くシーンで物語は幕を下ろす。 感想 に揺れる激動の時代があったという歴史が学べ、その中で戦争の愚かさと人の真実性をも学べた良い作品だと思う。 喜劇を売りにしただけに、ユーモアも詰まった作品だが、従来のものとは違い、世の暗い部分を映す風刺がかった一作になっていた。 主人公ヴェルドゥはスタートから既に死んでいて、最初は彼の墓が描かれる。 そこから彼が墓の下に入るまでの回想として本編が描かれる。 殺し屋稼業なんてのは危険な割に実入りが少なく、よっぽどの家でもないとお勧め出来ないというメッセージは印象的だった。 あれこれと手を打っては中年マダムを手篭めにし、うまいこと金をゲットするヴェルドゥだったが、ターゲットの内アナベラの殺害にはことごとく失敗する。 アナベラのキャラが立っていてかなり面白かった。 おバカなおばさんで、下卑た高笑いをするのが面白い。 的要素をメインテーマにした作品だけに、本作は従来の作品よりはユーモア要素が少なめだった。 そんな中でユーモア要素を出したのはアナベラ絡みのシーンだった。 アナベラは本作を明るく彩るおもしろヒロインだった。 ヴェルドゥがグロネイ夫人を結婚詐欺にかける最終段階の二人の結婚式で、イレギュラーな存在としてたまたまアナベラが顔を出すことになる。 そのせいで巻き怒るユーモア展開は楽しかった。 雨の日にヴェルドゥがたまたま助けた女性がキーパーソンとなる展開も良い。 刑務所上がりのこの女性を、最初は毒殺の実験台にしようとしたヴェルドゥだが、彼女の言葉に人生の希望を見て計画を取りやめる。 後半でもこの女性と再会したことでヴェルドゥの運命は変わっていく。 人の運命は理屈では語れないものだという女性の言葉も印象的なフレーズだった。 ヴェルドゥが警察に捕まってからの後半シーンでは、特に的要素が濃く出ていた。 死を前にして臆面もなく生死の概念を説くヴェルドゥの喋りは印象的なものだった。 戦争も殺人もビジネスであり自分はその素人。 一人殺せば殺人犯、100万人殺せば英雄。 自分はこれから死んであの世に行くが、ここにいる人間達との再会はそう遠くはない。 神との間を取り持ってくれる神父に対しては、神とは上手くやっている、上手くいかないのは人間と返す。 これらのセリフにはぞくり来るものがあった。 名分を掲げることでそこらへんの不都合を散らしてはいるものの、ヴェルドゥがやってきた犯罪による金儲けとビジネスで戦争を行う連中では根っこが同じなのではないか、ということも考えてしまう。 結果として人殺しをしているは同じだ。 この問答には深い気づきを得た。 恐ろしく冷ややかな皮肉だったので印象深い。 100万人殺せば英雄になれる軍人の世界から見れば、殺人者ヴェルドゥの一言は許しがたい冒涜だろう。 というわけで、本作を手掛けたはいわゆるの憂き目に合い本国を追放される。 いつの世でも、聞く者によっては毒となるのが正論である。 が作品を通して広く世に伝えたメッセージは確かな真実だが、それに怯む勢力は絶対にいる。 臭いものに蓋をする政治情勢も見られる作品だった。 殺人者ヴェルドゥが叫ぶ一声には感銘を受けた。 今こそ多くの人間に見てほしい作品である。 考え方によっては、戦争などで狂った世界の犠牲者となったのがヴェルドゥなのかもしれない。 とにかく深いことを言っている作品だ。 牢屋を出て処刑台までトボトボ歩いて行くヴェルドゥの背中を映したラストのシーンは印象的だった。 なんとも言えない気分でエンドを迎えた。 深いメッセージを孕む名作だった。

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