中之条 ビエンナーレ。 中之条ビエンナーレ2019 NAKANOJO BIENNALE 2019

中之条ビエンナーレ2019 NAKANOJO BIENNALE 2019

中之条 ビエンナーレ

ディレクターメッセージ いま世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスの対策として、アーティストの交流や表現の舞台が大幅に制限されている状況が続いています。 1年後、世界の状況がどのようになっているかは予想できませんが、中之条ビエンナーレでは、アーティストの活動の場所が失われることの無いように、準備を進めることを決めました。 再び世界が共に立ち上がれるよう心から願っています。 総合ディレクター 山重徹夫 中之条ビエンナーレは、特色のある文化をもつ群馬県中之条町で開催される国際芸術祭です。 雄大な山々に囲まれた地形やラムサール条約湿原、温泉郷、養蚕天蚕文化、伝統が受け継がれる民俗行事や祭事など、変化に富んだ地形や気候が美しい里山文化を織りなしています。 第8回をむかえる中之条ビエンナーレ2021では、国内外から創造的、革新的なアイデアやプロジェクトをもつ多分野のアーティストを募集しています。 募集期間 2020年5月1日 金 〜2020年7月15日 水 当日消印有効 展覧会会期 2021年9月11日 土 -10月11日 月・祝 31日間 無休 会場 群馬県中之条町 5エリア 中之条 なかのじょう・ 伊勢町 いせまち、 伊参 いさま、 四万 しま温泉、 沢渡 さわたり・ 暮坂 くれさか、 六合 くに 商店街や温泉街、木造校舎や古民家などを予定。 原則、選考後の増員は認めませんので応募時点でメンバーを明確にしてください。 合否通知などは代表者の方にのみご連絡いたします。 状況により日程変更の可能性がありますので、最新情報は本ページでご確認ください。 (運営が危険だと判断した場合は、対策をお願いします。 ・尚、ポートフォリオは返却しませんので、コピーを郵送ください。 【 WEB応募の場合 】 2020年7月15日 水 24:00までに、 以下の要項にご同意のうえ 応募フォームよりご応募ください。 行程の詳細は合格通知と共にお知らせします。 参加決定 展示場所の決定通知の同意をいただき、正式な参加者となります。 展示場所の調整に賛同できない場合は、参加をご遠慮いただくことがあります。 作品展示場所が決定した後は、各々リサーチや作品制作を始めてください。 なお、中之条での滞在制作は2021年4月以降になります。 申込み〜参加決定までのスケジュール 1. 申込み期限 2020年7月15日水曜日(郵送:当日消印有効|WEB応募:24時まで) 2. 選考・結果通知 8月上旬に<郵送>にてご連絡 3. 展示希望場所、展示プラン提出 締切:2020年10月11日 日 書類を基に会場調整後、2020年11月中旬より展示場所決定通知を順次行う 5. 参加決定 作家による作品展示会場の了承後、正式な参加者として決定.

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芸術で地域おこし、若者が集い雇用が生まれる美術展 — オルタナ: サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」

中之条 ビエンナーレ

「四万温泉の魅力は何と言っても、この四万川の清流です」と力説する入内島さん=四万川の畔で 【次のステップに向けて充電中】 「節目の50歳を前にもう一度、全力で取り組める『何か』を見つけたいですね」 【決断に未練や後悔ない】 中之条町長の肩書きが無くなってから5カ月近く。 今は「四萬館」3代目社長として旅館業務をこなす日々。 「『毎日何やっているの?』と聞かれますが、以前の仕事に戻っただけで(苦笑)。 自分の中では気持ちはすっかり切り替わっています」 1月23日の退任式。 職員や町民ら多くの人に惜しまれつつ役場を後にした。 在職中は中学生以下の医療費無料化を県内で初めて実施したほか、13課を9課に統合する役場の組織改革や中之条ビエンナーレの開催など大きな実績を残す。 2期8年での勇退。 その決断に未練や後悔はない。 「就任時から何となく決めていた。 3期出来たとしても課題は常に出てくる。 財政再建などやるべき一定の役割は果たせたかなと。 それに、同じ組織にずっといると視界が偏ってくる気がして一旦、フラットな状態に戻りたかった。 今は次のステップに向けて充電中です(笑)」 【手に負えない悪ガキ】 四万温泉の老舗旅館の長男として生まれる。 6歳で父親を亡くし、祖母、母親、姉に囲まれて育つ。 幼い頃はやんちゃで手に負えない悪ガキだった。 いずれ家業を継ぐことを考え、東北大学経済学部に進学。 卒業後、銀座のホテルで修行し25歳で地元に戻ってきた。 30歳で旅館を引き継ぎ、35歳で四万温泉協会の青年部長になる。 就任早々、「考える青年部」をスローガンに掲げ一人ひとりの意識改革に取り組んだ。 「どんな四万温泉にしたいかを全員にプレゼンしてもらい、良いアイデアはどんどん形にしていった。 当事者意識を持つことで行動や結果は大きく変わった」 若手旅館主が一丸となって改革を進めた結果、四万温泉は全国に知られるようになっていく。 【40歳、県内最年少首長に】 それまで政治の世界とは無縁だったが、青年部長の任期中、周囲から請われ36歳で町会議員に。 中心市街地の衰退や若年層の人口流出—町政に携わる中で町の将来に危機感を覚え、町議を1期で辞め町長選への立候補を決意。 「40歳の若造に何ができると言われたが、今やらないで何時やるんだという気持ちの方が強かった。 生意気だったんですね(苦笑)」 出馬表明後、マニフェストを手に1軒1軒訪ね、「町を再生したい」という熱い思いを語った。 04年1月の町長選、小渕恵三元首相の実兄で現職の小渕光平さんを激戦の末に破り初当選を果たす。 40歳。 当時、県内最年少の首長だった。 官民合同の経済活性化プロジェクトの立ち上げ、町長と町民が直接対話する「聞く耳センター」の創設、「日本で最も美しい村」連合への加盟、社会教育や公民館の生涯学習を一元化した「中之条大学」の開校—オリジナリティー溢れる政策を次々と打ち出し実行していった。 【官民一体で街づくり】 中でも全国から注目を集めたのが、2年に1度開催される中之条ビエンナーレ。 07年にスタートした現代アートの祭典は昨年約36万人を集客、町の代名詞と言えるイベントに成長した。 09年には伊参スタジオ映画祭と共に官民一体となった芸術による街づくりが高く評価され、文化庁長官表彰を受賞。 「工場に人が集まる時代から、アーティストなどクリエイティブクラスがいる地域に企業も人も集まる時代へとシフトしている。 文化で飯が食えるかと言う人もいたが、新しい価値観を基に地域を再構築しなければ生き残れないという確信があった」 10年には中心市街地活性化の拠点として文化交流センターつむじを設立。 作家の1点ものを扱うショップ、地場の食材を生かしたカフェ、お祭り広場などが集まる空間は県内外から多くの人が訪れる観光スポットになっている。 「作りたかったのは居心地の良い空間。 人々はモノを所有するだけでは満足しない。 消費を通じ人と繋がることに価値を置き始めている。 これからはクリエイティブ、コミュニケーション、シェアなどをキーワードにした街づくりが一層大切になってくるでしょう」 【3代目の挑戦は終わらない】 一経営者に戻っても攻めの姿勢は変わらない。 露天風呂付き客室、ヘルシー料理、震災募金プラン—社長就任以来、ハードソフトとも改良を重ねてきたが今また新たなプロジェクトに取り組む。 温泉熱を利用した発電システム構築だ。 大学機関と進めており早ければ今秋から試験運転を始めるという。 「旅館経営やサービスの在り方は時代と共に変わる。 目先の利益に捕らわれず持続可能な未来を作りたい。 四万の電力が温泉熱でまかなえたら素敵ですよね」 社長業の傍ら常に考えているのは、「人や町や日本を元気にするために自分は何が出来るのか」。 退任式で多くの人から今後について聞かれたが全くの白紙状態だった。 半年経ちその輪郭がおぼろげながら見えてきた。 「自治体の意向を受け、総合計画を練り実行していく政策集団が作れたらと考えている。 まだ具体的ではないしベストかどうかも分からない。 が、節目の50歳を前にもう一度、全力で取り組める『何か』を見つけたいですね」 「40歳の決断」から9年、老舗3代目の挑戦はまだ終わらない。 文:中島 美江子 写真:高山 昌典 【プロフィル】Michitaka Iriuchijima 63年中之条町生まれ。 30歳で四万温泉の旅館「四萬館」3代目社長に就任。 99年、中之条町会議員に初当選。 04年、中之条町長になる。 2期8年務め、12年1月に勇退。 現在、家業の旅館経営に専念している。 中之条在住。 〜入内島さんへ10の質問〜 ネクタイよりも全然ラクですね —愛用の蝶ネクタイの数は 約30本=写真。 20歳の時、ヨーロッパ旅行で現地の人がしていたのを見て、「おしゃれだな」と何本かまとめ買いしたのが最初。 フックで留めるだけなのでネクタイよりも全然ラクですね。 自分は普通だと思っているが、周りの人には違和感があるみたい(笑)。 —好きな食べ物は 山椒とご飯があれば他何もいらない。 大根おろしとご飯の組み合わせも好き。 —休日の過ごし方は 最近はゴルフ。 若手旅館主らで作る「四万温泉芝刈愛好会」や「伊参ゴルフ友の会」メンバーたちと楽しんでいます。 平均スコアは90〜100。 目指すはシングルですが、100位がちょうどいいかも。 —長所短所は 町長を辞める時、「もう1期やれば」と色んな人から言われましたが、自分で決めたことは変えられない(笑)。 良く言えばブレない、悪く言えば頑固。 そこが長所でもあり短所です。 —マイブームは フェイスブック。 中之条ビエンナーレ総合ディレクターの山重徹夫さんに誘われ、1カ月前から始めましたが結構、ハマってます。 —中之条のお気に入りは 映画「月とキャベツ」の舞台になった旧中之条五小栃窪分校。 山の上にポツンとあって可愛いんですよ。 今も時々、行ったりします。 「つむじ」のシフォンケーキ、沢渡温泉のきび大福、六合の納豆、中之条シュッキーもオススメです。 —座右の銘 「困っても困らない」。 松下幸之助さんの言葉です。 人間、困ったことがあると心が萎縮してどんどん悪い方にいってしまうけど、困った時こそ心をリラックスさせてクリエイティブに考え解決していくことが大切と説いている。 シンプルだけど良い言葉だなと思います。 —最近、嬉しかったこと 数日前、80代の知人が久しぶりに訪ねてきてくれたのですが、「町長の時は悪いから来なかったけど、これからはちょくちょく遊びに来るよ」って言ってくれたのが嬉しかった。 あと、知り合いが共同研究や勉強会に誘ってくれたり、大学の非常勤講師の話を紹介してくれたり。 人生、色んな人に支えられているんだな〜と、今更ながら思いました。 —習慣は 愛犬の散歩。 1日1回しています。 —家族構成は 母と妻、娘2人の5人家族です。 取材後記 ソフトな物腰と語り口。 だが、その表情や言葉一つひとつに確固とした信念がにじむ。 よく街づくりには、「若者、ヨソモノ、バカモノ」が欠かせないと言われているが、町長時代、中之条ビエンナーレや文化交流センター「つむじ」、伊参スタジオなどを介して繋がったアーティストらと町民とを結び付けることで、外から多くの人を呼び込むことに成功した。 「文化や芸術が町を再生する大きな力になるんです」 有言実行してきたリーダーだからこそ説得力がある。 「決断と実行」をスローガンに掲げ、突っ走った40代も残りわずかとなった。 来年は50歳という新しいステージを迎える。 町長や旅館経営者とは全く別の顔で活躍する日もそう遠くないだろう。 投稿ナビゲーション.

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「ビエンナーレさん」の憂鬱――中之条ビエンナーレと共生の諸問題

中之条 ビエンナーレ

映画「眠る男」の撮影拠点になった『伊参(いさま)スタジオ』。 廃校を再利用したこのスタジオが、中之条町のアート活動のスタートになった 群馬県北西部に位置する中之条町。 6,896世帯、人口17,569人、県内で4番目に広い面積があり、その8割を森林が占める。 農業・林業と四万温泉で知られる観光業が主な産業だが、現在は少子高齢化・過疎化が進む中山間である。 この町で、現代アートの祭典「中之条ビエンナーレ」がはじまったのは2007年のこと。 2年に1度、8~10月のあいだで約1ヶ月開催し、2015年で5回目を迎える。 1996年公開の映画「眠る男」のメインロケ地が中之条町だったことをきっかけに、若手芸術家の育成を目的に町内の廃旅館を活用した「吾妻美学校」が開校した。 2006年、卒業制作発表の場として中之条町内の廃校や空き家をつかいたいという生徒の要望をうけ、美学校生と当時の町長が協働で企画し、中之条町の持つ山里の景観と現代アートの融合を目的にした「中之条ビエンナーレ」の開催が決定した。 この開催経緯から、町民と作家で実行委員会を組織し、行政の担当者が専任で参加するという運営方法がうまれ、それぞれの特性をいかす組織体として現在も続いている。 創作・鑑賞方法=地域資源の魅力の再発見と観光産業の復興 今回お話を聞いた、中之条町企画政策課 安原克規さん 急成長の理由は、自然豊かな地域特性をいかした創作活動と展示方法、それに都心から2時間弱というアクセスの良さだろう。 参加作家は「会場視察期間」に実際に中之条町を訪れ、実行委員会が用意した町なかの会場から自分が創作する場所を決め、そこに数ヶ月滞在して作品をつくり上げる。 作品の展示場所を町内の市街地・温泉観光地・山間部に点在させ、来場者が町内をぐるぐる巡るという観賞方法により、県外から来る来場者へ、自然に中之条町の魅力を伝えることができている。 また、展示場所間の移動に時間がかかるため温泉街に宿泊する来場者も多く、開催期間中の観光産業への経済波及効果は大きい。 さらに、参加作家が町内で制作を行うことで、滞在期間中の作家の経済活動や地域の人とのコミュニケーションもうまれている。 創作中に町が気に入り、移住する作家もいるという。 町民にとっては日常の風景でも、作家を介して非日常のアート空間に変わる経験は、町民が地元の魅力を再認識するきっかけになるだろう。 この賃貸交渉は町役場の役割だ。 行政ならではの安心感で、謝礼程度で会場として提供してもらっているという。 「候補物件に一戸ずつ交渉にまわります。 高齢の大家さんが多いので、アートや作家さんについて理解していただくことが難しいですね。 断られることもありますが、無理強いはしません。 ビエンナーレを長く続けたいので、次の機会にまた交渉することにして、このイベント自体の印象が悪くならないように気をつけています」と中之条町企画政策課の安原克規さん。 ビエンナーレがきっかけで町の所有になり、取り壊しを逃れた名建築もある。 1885年に創業し「廣盛」「不動の霊水」などの日本酒をつくってきた廣盛酒造の蔵は、展示空間にリノベーションされた。 重厚な外観と歴史を感じる内装はそのまま残っており、作家に人気の展示場だ。 現在は中之条町が所有している。 2015年の中之条ビエンナーレは、普段は老人会の集会場としてつかっている木造校舎3ヶ所を含め、50会場で開催するという。 空き家や空きビルなどの「町の負の遺産」とも言える建物が、アートを介して新しい価値を生みだしている好例だ。 ボランティアの募集も行政の役割だ。 中之条ビエンナーレは、町内各所に会場が点在し移動だけでも時間がかかるため、運営の多くを地域ボランティアに頼っている。 「開催期間の数ヶ月前から、各集落ごとにボランティアのお願いにまわります。 毎回参加していただいている方は、本人も作品をつくって販売したり、作家に郷土料理を振る舞ったりと、積極的に関わっていただいて嬉しいですね」 ボランティア内容は作家の創作支援・期間中の受付・作品の監視など。 平日対応が必要なため、ボランティアの多くは集落ごとにある老人会や婦人会のメンバーで、高齢者が大半だ。 2013年開催時は約900名のボランティアが参加している。 急激な規模の拡大と、温度差のある町民参加 町の人口の約17倍の人数が1ヶ月のあいだに訪れる「中之条ビエンナーレ」。 町民の負担を減らしながら持続させていく方法は…? ただ、ボランティアに参加する住人としない住人では、中之条ビエンナーレの開催について温度差があるという。 「普段は昼間でも歩いている人が少ない静かな町なので、期間中に多くの方が来場されると、渋滞や騒音、ゴミ問題などで住人の方から指摘を受けます。 ボランティアの内容も、説明不足だとお叱りを受けることもあります」 人口18,000人弱の町に1ヶ月でのべ30万人以上と、町民の約17倍の人数が訪れる会期中は、ボランティアの参加・不参加に関わらず町民に大きな負荷がかかるのは間違いない。 経済面からみても2007年開催時に320万円だった補助金が2013年には624万円に増えている。 2013年からは、イベントの継続をはかり入場料(当日1,000円・前売800円)を取りはじめた。 さて、1990年代から全国的に広まったアートによる町おこしは、全国に多くの事例がある。 有名なものは「直島アートプロジェクト」「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ」だろう。 どちらも、その場所がもつ地形や景観とアートを融合させて世界的に評価された成功事例だが、その一方では少なくない事例が、資金難や住人の反対によって縮小や中止を余儀なくされている。 でレポートする。

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