ヤマギシ 会。 ヤマギシ会に入りたいのですが、入会の仕方と入会して本当に幸せになれ...

『ヤマギシ会の実態』ヤマギシズム学園の子供たちと性生活

ヤマギシ 会

これは本当に面白いエッセイ漫画です。 ガチの教団の子供がどういう生い立ちなのか、本人の口から語られる事は珍しいと思います。 身近な宗教といえば、精々創価学会の家の子供とか、2世・3世会員の話くらいしか耳にした事がありませんでしたが、在家では無く生まれた時から集団生活で親と離れて暮らすというのは想像を絶します。 子供でも労働を課せられて、しかも毎日空腹で私有財産の概念が無いなんて、ホントに平成の世の話なのかにわかに信じがたいレベルです。 体罰と情報遮断もヒドいし、なによりも子供に教育を受けさせないのは最悪です。 毛沢東でもポルポトでも農業万歳系の人は無知=純粋で知識は害毒って考えてますから、カルト村もその系譜にあるといえるでしょう。 作中の親や周囲の大人も大分特殊な思考をしていて、可愛い絵柄でサラッと書かれている事でも、ちょっと考えてみるとかなり気持ち悪い。 親と一緒にいたいという娘に淡々と離れて暮らせといったり、炎天下に食事抜きで半日立たせるとか、子供に平手打ちして髪を掴んで引きずり回して壁にぶつけるって、マトモや大人のやる事では無い。 ドン引きです。 youtubeにアップしたら炎上するでしょうね。 そんなカルト村で育った作者の高田かやさんは本作でよくある被害者意識バリバリの告発ではなく、むしろ童話的に感じられるくらい客観的に自分の体験をつづっています。 女性の作家だと怨みMAXで、読者まで不幸がうつりそうなヘヴィーなエッセイを書く人が居ますけど、漫画の形にしている人は客観視出来ている傾向があるように思えます。 おそらく、文字だけのメディアとは違って勢いだけで書き進む事が出来ないし、見直しの手間がかかるせいだと思うのです。 情念と客観性のバランスがとれていないと内容が凄くても読むのに疲れる作品になってしまいます。 幸福会ヤマギシ 高田さんが暮らしたカルト村が一体どこにあるのか、なんという集団だったのか調べてみたらあっさりと判明。 あの有名なヤマギシ会でした(確定ではないですが、ほぼ間違いない様子)。 wikiで調べてみたら案の定、私有財産一切のお布施とマインドコントロールの合わせ技から入って農場集団生活をするもので、最盛期には年商150億円もあったようです。 信者の脱退率は66%程で、今では売り上げも60億円位。 それでも働いている人は無給で私有財産放棄、しかも集団生活ですから、マトモな農家が太刀打ちできるコスト構造ではありません。 加えて児童労働までありますからホントに凄い。 そんなヤマギシ会の理念やら事件やらは調べればいくらでも出てきますが、ちょっと気になる噂があるのです。 それは漫画家の松本大洋さんもヤマギシ会出身ではないか、というもの。 これ、ユリイカか何かの雑誌の対談で知ったんです。 ホントか嘘かはともかく、あの独特な作品とカルト村のイメージは容易に結びつきます。 情報統制されて育った人が生み出す作品だからこそ、無意識に受けた影響が少なくてオリジナル性が出てくると思うのです。 本作では子供目線での暮らしでしたが、気になるのが自意識がしっかりして来て、一般社会を選ぶ事になった心の動きです。 アメリカのアーミッシュでも都会暮らし期間の後で、村に戻る人が多数だと聞きます。 村の生活と一般社会は大分違いますから大きな決断だったと思います。 結局、どんな宗教を選ぼうと個人の自由ですけど、生まれた時から親の選んだ宗教コード、しかもカルトに従わざるを得ない子供たちは自分で自分の生き方を選択するべきでしょう。 次回の作品があれば、自意識の目覚めとカルト村を出るエピソードを読みたいですね。 なお、こちらは良く知られた別宗教ですがかなり興味深い本です。 「農業万歳系の人は無知=純粋で知識は害毒」についてですが、ポルポトは存じ上げないので何とも言えませんが、毛沢東については恐らく誤解があるかと思います。 毛沢東は十年文革とか色々やらかしてますけど、学ぶことに関しては少し逆なのかと。 無階級者に知恵を与えて改革することを求めた一派なので、当時の農民意識「お金を使う知識の勉強より稼げる体力労働が大事」とかの思想を逆に否定して常に学ぶことを提唱してきたんですよ。 実は今年イギリスの議会でも引用されてたんですが 新着任した財務関係者の官僚さんを非難するためにでしたが 「無知は無知である。 それを潔く認め、謙虚に学ぶことが大事なのだ」ということ言うような人なので恐らく前記の例えは良くないかもしれないです。 気を悪くしてしまったら済みません。

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『ヤマギシ会の実態』ヤマギシズム学園の子供たちと性生活

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我が家はと言えば子どもは保育園、夫婦ともにお盆休みは特にナシという状態なので、特に代わり映えのない毎日ですが、それでも昆虫展を目にしたり、ベランダから花火が見えたりすると「夏休みシーズンなんだなあ」という実感がわいてきます。 大人になっても、〈夏休みの思い出〉は特別だという人も多いでしょう。 ところが私の場合〈夏がくれば思い出す~〉のは、はるかな尾瀬でもひと夏の恋でもなく、〈ヤマギシ村〉の合宿です。 ヤマギシ村とは通称で、日本最大のコミューンを作り上げている集団農場のこと。 〈理想社会の実現〉を目的とする組織〈幸福会ヤマギシ会〉によって運営されている施設です。 WEB連載時から大反響を呼んだという『』『』(高田かや著/文藝春秋)は、その舞台を〈「所有のない社会」を目指すある集落〉と説明されていますが、それはぶっちゃけここのこと。 ヤマギシ会は、1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件以降、同種の危ないカルト集団であると批判の目を向けられるようになりましたが、私が合宿に参加したのは1980年代前半。 きっかけは〈おいしい卵が買える〉という口コミで、自然派志向な近所の母親たちが集ってヤマギシの農産物を共同購入していたことです。 その流れから、〈自然と触れ合える楽しい夏合宿!〉的なふれこみの、ヤマギシ村のイベント「」に幼馴染とふたり放り込まれたのです。 ネットも携帯もなかった昭和の時代。 専業主婦であった母たちは、ヤマギシ会が特殊な組織だとは露ほども思わなかったそうです。 ヤマギシ会、とは。 2000年に発行された『』(斎藤貴男著/文春文庫)には、ヤマギシ会のこんな解説がありました。 資本主義社会の根本原理である「所有」の概念を全否定している ・ 村内では金銭の必要はない。 上下の関係もない。 すべては話合いの場で決定される (と言うのはもちろん建前で、組織の都合のいい意見に同調するまで、話し合いから解放されないという話も) ・ 村人たちはあくまで〈自主的〉に、朝6時から夕方6時過ぎまで働く (衣食住は確保できるが、実質報酬ナシ。 全員が家族で仲良。 創始者が霊的啓示を受けたと言う話も有名で、養鶏普及会発足に至るまで天理教など複雑な思想遍歴を辿っている ・近年は世界救世教にも似たエコ主張を展開している (ところが作者の調査によると、循環農法を謳いながら、輸入飼料や抗生物質を使用。 大量の糞尿で地元に公害を及ぼしたなどのトラブルも相次いだそう) ・「ハレハレ(晴れのち晴れ、楽しいばかりで嫌なことがないの意)」の世界で、「何でも、誰とでも『ハイ』でやれる」子どもが最高だとされる (要は素直にコントロールされる子ども最高!ってことですね) ・自由恋愛は許されず、生活調整機関が結婚相手を見つけてくる (ウワサによると、中絶なども世話人が一方的に決めるとか……) そして共同体生活の実態は奴隷状態であることや、財産の「寄進」ルールなどの恐ろしい話も続々登場。 前出の『〜カルト村』は、「こんな環境で育ったんですよ」という静かなトーンで淡々と語られるものの、手紙の検閲や健康的とは言えない食習慣(当時は子どもも朝ごはん抜きの1日2食)、体罰、マインドコントロールに近い〈話しあい〉、あげくの果てに本人の意思を無視した〈調整結婚〉等、傍から見ればおかしなことだらけ。 子どもを支配する親への戒めとして〈子どもは親のものではない〉という言葉がありますが、ヤマギシ会では〈親のもの〉どころか〈共同体のためのもの〉となるよう。 これが「理想の社会」というから、なんという闇深い共同体なのか。

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ヤマギシ会とかいうやべぇカルト集団

ヤマギシ 会

目次はこちら• ヤマギシ会とは ヤマギシ会とはコミューン(共同生活)を中心とした農事組合法人です。 宗教的な要素が多い訳ですが、厳密には宗教団体ではありません。 ヤマギシ会の勢力は、現存するコミューンではヤマギシ会が日本最大の規模で、ヤマギシ会のオフィシャルサイトによると世界6カ国、日本国内でも20箇所にヤマギシズム社会実顕地と呼ばれる通称ヤマギシ村が存在し、各所を含め約1,500人の信者たちが共同生活を行なっていると言われています。 ヤマギシ会を簡単にわかりやすく解説すると、一般的な宗教の様に教典を掲げてひたすら信仰を捧げるというような宗教ではなく、無所有一体(何も所有しない暮らし)というスローガンの下に、ユートピアを目指すため農業・牧畜業を基盤とする共同生活を行なっているのがヤマギシ会です。 ですから、基本的にヤマギシ会で共同生活を送りながら農事組合法人(農業や畜産など)で仕事を信者が無償で行い、今や農事組合法人において日本で最大規模の経済規模(年間売上高は約66億円)があります。 昨今では ヤマギシ会という名前を表向きに出していませんが、松坂ポークなんかもヤマギシ会のブランドの1つです。 ヤマギシ会(山岸会)の始まり 山岸会はもともと山岸式養鶏会として発足しました。 ようは、宗教というより養鶏の普及させる中で必要性に迫られ、宗教的な要素が生まれたと言っても良いでしょう。 教祖(山岸巳代蔵)が提唱した理念に賛同して、 信者(参画者)たちが自らの財産をヤマギシ会の資本に組み入れ三重県から山岸会が始まりました。 大潟村(秋田)では80万羽規模の採卵養鶏もあり、全国で最も盛んなヤマギシ村の1つともなっています。 ヤマギシ会の結婚 ヤマギシ会で自由恋愛して結婚できません。 ヤマギシ会の信者たちが 結婚を決めるのは本人ではなくヤマギシ会の掟に従わなければなりません。 人種改良や悪性遺伝は子孫に不幸を齎すなどといった教祖からの教えが存在するため、結婚の時期や結婚相手はヤマギシ会が選別するのが定番です。 ヤマギシ会の代表的な結婚パターンは40代の中年と20代の若い女性で、「若い女の子の方が優秀な子どもを産む、男は何歳でもいい」というのがヤマギシ会の見解です。 特に男性の場合、結婚の資格が与えられるかどうかの基準は、勤勉かどうかが指標になっていると言われています。 結婚をした後も出産の意思決定さえ夫婦では行えず、ヤマギシ会で決めるのが慣しで、たとえ妊娠したとしても中絶する事が慣習となっています。 それでもヤマギシ会は農事組合法人で日本一と言われる規模で、今でこそシェアリングエコノミーという言葉がトレンドのようになり、ミニマリストなどに代表されるように所有しない暮らしも認知され、その現代的でスマートな生き方は一部で根強い支持が残っています。 また、エコビレッジ(持続可能性を目標としたまちづくり)の先駆けとしてヤマギシ会は始まったと言っても過言ではないのかもしれません。 オウム真理教の大事件以降は一方的に危ないカルト教団・宗教だと揶揄され評判は決して良くはありません。 一方で、ヤマギシ会のように所有しない暮らしの魅力や合理性なども、ようやく一般的な理解が進み現在では改めて注目されています。 また、現在でもヤマギシ会に入会するためのハードルは高く、脱会する信者にとってもほぼ無一文(入会時の出資額に応じて多少の支度金は用意される)でヤマギシ村から出る条件も厳しいため、 一度入ると抜け出せないカルト村だと揶揄される事も少なくありません。 ヤマギシ会がカルトだと言われる理由 ヤマギシ会がカルトだと言われる理由があります。 シェアリングエコノミーを筆頭にもしかしたら時代が遅れているだけで、実際にヤマギシ会で行われているコミューンは時代を先取りしているのかもしれません。 しかし、一般的にはヤマギシ会の所有しない暮らしと日本の一般的な暮らしぶりには大きなギャップがあり、人や物、そして自身の子供までも共有する訳ですから、一般的な権利という常識から逸脱している場合も少なくありません。 ヤマギシ会の信者でない 一般人からするとカルトだと評判されても何の不思議はないでしょう。 農業・牧畜業を基盤とする農事組合法人の売上の陰には、信者たちを縛るルール(掟)がカルト的な宗教が必要不可欠です。 特に大人はヤマギシ会というコミューンの先にこそ未来がある選択し入村している訳ですが、その子供たちなどの二世・三世信者は社会とのギャップを受け入れるしか道はありません。 しかし、一部には受け入れられない信者も一定数は必ず存在するため、ヤマギシ会を脱会してカルトだったと振り返るのです。 他にも、ヤマギシズム学園の体罰、元信者からの財産返還訴訟などヤマギシ会がカルトと言われる理由を挙げればキリがありません。 ヤマギシ会の暗い日々を綴った書籍• ヤマギシ会の暗い日々を綴った書籍があります。 ヤマギシ村の村民だった信者が執筆し、 コミューンでの宗教生活(本音と建前)を追体験できるような本として注目を集めています。 例えば、教団外部からの手紙はヤマギシ会に必ず検閲されたり、テレビや漫画は禁止、体罰の容認など現在では考えられないような生活だったのは有名な話です。 ヤマギシ会は日本最大のコミューンです。 とかく全体主義に走りやすい共同体、コミューンの中で、哲学科出の作者が何を体験し、洞察していったか事細やかに綴られている。 ヤマギシ会を去る直前、青年時代の2年間の日記と、ヤマギシ会自体の説明の2部構成。 作者自身は約8年参画していた。 実在するコミューンの真っ只中にいた作者の本は非常に興味深い。 他のヤマギシ会に関する本より、まるで読んでいる自分が今、会に属しているようなリアリズムを感じ、密接した人間関係が入り組む様が特徴で本自体として面白かった。 ヤマギシ会の評判まとめ 今話題になっているノンベクレル食堂にヤマギシ会の野菜を卸しているそうです。 まあ反社会的行為をしている訳ではないので、悪い・悪くないというのは、その人の考え方でしょうね。 ヤマギシ会はなかなか厳しい生活だと思いますよ。 朝早くから遅くまで働き、反省会とかあって。 「お金のいらない社会」という事ですが、皆でお金を稼ぐ必要はありますから。 子供も働かないとならないので、学校のクラブ活動なんかできないそうです。 近所の小学校先生一家は、全部の財産をヤマギシ会にいれてヤマギシ村に引っ越しましたよ。 子供は子供のブースで育てられるので、親とは、離れて暮らすそうです。 結婚や出産にも制限があり、かなり変わった生活のようです。 修道院のような生き方をしたい人にはヤマギシ会は幸せだと思うかもしれません。 言わば同じ目的や目標や生き方を持った人たちが世の嫌な欲望的な生き方よりもみんなで協力し合い食べるもの着るもの教育を受ける生活をして行く場所です。 でもその生き方はよほど目的や目標が同じにならないと少しでも疑問が出てきた時点で苦しむ世界に自分をおくことになってしまいます。 自由な場所というのはみんなが違っていても居られる社会 今居る社会 です、自由な選択肢を捨てた先にユートピアなんてありませんよ。 まとめ.

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