大原 神社 御朱印。 【御朱印】ご紹介!京都・大原の寂光院に秋に行くのがオススメな理由

大原神社 御朱印 / 千葉県習志野市 │ 御朱印さんぽ

大原 神社 御朱印

三千院・寂光院・勝林院・宝泉院 御朱印めぐり 京阪電車の終点、出町柳駅から北へバスで30分、京都から若狭へ伸びる鯖街道とも呼ばれた街道の中継地、 西行や鴨長明などが隠遁の地として選んだうつくしい山里、大原地区の御朱印めぐりに出かけてきました。 寂光院 大原のバス停から、のどかな田園風景の中を、案内板に沿って北西に15分ほど入ったところに 寂光院はあります。 寂光院の入り口を曲がるとまず飛び込んでくるのが、50メートルほど続く石段、尼寺を感じさ せる趣ある風情は、思わずカメラに手が伸びてしまうほどです。 寂光院は、聖徳太子の創建 、『平家物語』大原御幸で知られた安徳天皇の母である 建礼門院徳子が隠棲し、晩年を過ごされた尼寺として知られています。 境内には、建礼門院徳子さまのお墓もあります。 『平家物語』の最終章、大原御幸にある 「池水に 汀の桜 散り敷きて 波の花こそ 盛なりけれ」 は、 1186年4月下旬、後白河法皇がお忍びで寂光院の建礼門院を訪ねたおりの一首だそうです。 尼となられた建礼門院徳子さまの、その近くに座られた後白河法皇のお姿が偲ばれる秀歌と思います。 汀の池 写真上) のそばには、古来より桜と松が寄り添うように立っていて、その桜を 「みぎわの桜」といい、松を「姫小松」といったそうです。 姫小松は細長く柔らかい松の葉5本が一組になってつく、いわゆる五葉松です。 寂光院の姫小松は、樹齢数百年になるものでしたが、平成12年の本堂火災の時に被災し、 現在は伐採され、ご神木として祀られています。 いただいた御朱印には、「本尊地蔵菩薩」と書かれていました。 三千院には、大原バス停からおしゃれなお店が続く参道をおよそ10分ほどで到着します。 御所の紫辰殿に倣い大正時代に建てられたという辰殿には、 本尊の薬師如来像が安置されていますが、秘仏になっていて公開はされていません。 なお三千院ではこの他に、金色不堂や観音堂でも御朱印をいただくことができます。 往生極楽院の庭には、さりげなく小さな石仏(童地蔵)が見つめていたのが印象的でした。 勝林院 三千院前の参道をさらに先へと進むと突きあたりが、天台宗の寺である勝林院(大原寺)になります。 山号は魚山、本尊は阿弥陀如来になります。 寺の略記によりますと、開山は9世紀、慈覚大師円仁によると伝えられ、円仁は入唐し、 声明音楽律業を学び、日本に持ち帰ったと言われています。 中興の祖は、大原魚山流声明(仏教歌謡)の根本道場として1013年に、この地にこの寺を建てた 寂源になるそうです。 勝林院は、浄土宗を開いた法然上人と61世天台座主を務められた顕真法師が 浄土教の宗義を論談したという『 大原問答』で知られています。 宝泉院は、勝林院の僧坊の一つとして、1012年に創建されたそうです。 写真の竹林の間からは、大原の里の風情も感じられます。 また、こちらでは、お支払いする拝観料の中で、抹茶とお菓子をいただくことが出来ますので、 客殿の畳の上でゆっくりされるのがよいかと思います。 いただいた御朱印には、「佛心」と書かれていました。 来迎院 三千院前の東呂川に沿って300メートルほど山側に登った所にある古刹が来迎院です。 来迎院は天台宗のお寺で、山号は魚山、本尊は薬師如来になります。 寺の歴史によりますと、開山は勝林院と同じ9世紀、慈覚大師円仁がこの地を 天台声明(仏教歌謡)の道場としたのが始まりと言われています。 中興の祖は、融通念仏の祖と言われる良忍上人で、1109年に来迎院を建立したと伝えられています。 良忍上人は、円仁が伝えた声明を統一し、魚山流声明を集大成されたそうです。

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大原神社 御朱印 / 千葉県習志野市 │ 御朱印さんぽ

大原 神社 御朱印

Contents• ご由緒 『大原神社』 御祭神 伊邪那岐命、伊邪那美命、猿田彦命 ご神徳 ご縁結び、延命長寿、事業成功(営業繁栄)、道しるべ、交通安全 最寄り駅:京成電鉄成田線 実籾駅 大原神社は、天治元年(1124)実籾本郷に創建、御成街道の整備に伴い文禄元年(1593)二月 当地へ遷座したといいます。 その後宝暦二年 1752年 十月 猿田彦命を開創 明治41年4月21日に実籾上宿(実籾本郷)にあった大宮神社 ご祭神 伊邪那岐命(いざなぎのみこと と合祀。 明治44年には村内の三山神社・八幡神社・第六天神社・八坂神社・弁財天社を合祀致しました。 現在のご社殿は昭和12年7月御本殿補修 拝殿改築をし、費用は昭和12年当時 金2284円50銭とあり 氏子たちの多大なご寄附により完成いたしました。 上棟の様子が写された写真からも当時の氏子たちの誇らしげな様子が伝わり 拝殿奥には手伝いの女たちも多数写り 村をあげての事業だったことが伺われます。 合祀がご縁で神社を中心に当時の実籾本郷 実籾の上宿下宿の交流も一層深まり、 また近年では大正14年実籾駅開業や戦後の習志野演習場跡地も開拓され、今の東習志野 実花地区のもとが形作られ人口の増加と共に 氏神様、産土様と尚一層多くの氏子に慕われ様々なご縁を結んできたことから、遠い昔からご縁結びの神社として広く知られています。 (より引用) 『菊田神社』 御祭神 大己貴大神(大国主命)、藤原時平命 ご神徳 縁結び、厄難除、安産、商売繁盛 最寄り駅:京成電鉄 京成津田沼駅 古伝によれば、当神社は久久田大明神と称して、平安時代の弘仁年間(西暦810年代)には神社として創建されてありました。 当時は、この境内地は小嶋であって、この嶋を中心として東西両側は岡であって、砂土堆積している入江でありました。 住民の多くは西側岡の崖下に住居を構えて生活をして居りました。 住民は嶋の上に鎮座されていたお宮、即ち久久田大明神を産土神および氏神として奉斎信仰していました。 住民は氏子区内並びに周辺(近郷)の人と縁を結びますと、これがまことに夫婦円満の家が多く子供達もみんな丈夫に成長し、長命の人も多く、それ故に住民はこの久久田大明神を特に縁結びの神、厄難除の神、安産の神として崇敬し、商売繁盛の神(後年この地に商人が出来て、この宮に祈願したところ何れも商売が繁盛した)としても崇敬しました。 治承4年、藤原師経、藤原師長卿の一部郎党当国に左遷のおり、相模国より船に乗船し相模灘を経て袖ヶ浦へ来ました。 海上が少し荒れていた為に何処か波静かな所はないかと探し求めていましたところ、たまたま久久田浦の入江と嶋を発見しました。 一同はここに船を漕ぎ来たりてこの嶋に上陸しますと、住民達が崇敬しているお宮がありました。 即ち久久田大明神のお宮で、師経、師長卿は無事に此処まで安着の出来たことはこの御祭神の御神徳によるものであるとして深く感銘されて、このお宮を崇め奉りてこの地を安住の地と定めることとし、同時に祖先の第60代醍醐天皇の御代延喜左大臣藤原時平命を合せ祀り、住民と共に奉斎崇敬しました。 後に師経の一族は三山の郷(現在の二宮神社の鎮座の地)に移住したと伝えられています。 その後星移り年変わりて入江も浅瀬となり、この嶋の土と東西の岡の土を採取し浅瀬に盛土して水田を拡げて氏神の社名に相応しく永く久しく栄える国として耕作するようになりました。 またこの境内地が船の形をしているのは、師経一族郎党が着船したのを記念とするために浅瀬を盛土するときにこの形を造ったと伝えられています。 寳暦年間桃園天皇の御代に社名を菊田大明神と改名。 大正元年11月、区内各町(本郷、丸田、下宿、浜宿)に鎮座されていた八坂神社、金刀比羅神社、大山祗神社、水神社、稲荷社、雷神社の御祭神を合祀。 実際、今回ご紹介した2社も、土日ともなれば御朱印を頂くのに1時間以上待つ場合もあるようです。 また、私が見る限りですと、参拝者は女性の方が多く(御朱印ガールですね)、年齢は20代から60代くらいまで幅広いです。 1人で参拝されている方も多いので、御朱印を待つ間にお知り合いになることも 笑 私が御朱印を頂き始めた頃は、神社さんの名前・印・日付というシンプルなもの、種類も一種類、という所がほとんどでしたが、 最近は、本当にデザイン性のあるものや種類が増えたなぁと。。 御朱印はちょこちょこ変えてますので、 生温い目でいいので、趣味なんだなぁと見守って頂けると嬉しいです 笑.

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【郵送御朱印】美しすぎる!大原神社(千葉)の結びの杜御朱印♪ | 御朱印むすび

大原 神社 御朱印

1660年に八坂神社から勧請されたのが柏神社の始まりです。 羽黒神社は1661年より近隣に祀られ、その頃はまだ別々の神社として存在していました。 1888年に羽黒神社が境内に移され、1907年に合祀されて今の形になりました。 天武天皇の長男・高市皇子の末裔である高階氏が移住してきた際、道の途中で信濃国の諏訪大社から分霊をいただき、この地に祀ったと伝わります。 平安時代後期には、奥州征伐に向かう源頼家が、この地で馬を調達しました。 見事勝利を収めた頼家は、戦から戻ると諏訪神社に馬を奉納します。 そのため、駒木諏訪神社には立派な馬の像がいくつか立っていて、御朱印帳にも頼家と白馬の姿が描かれています! 木々に囲まれ、静かで涼やかな空気に満ちた境内は、日頃のストレスを忘れさせてくれるはず! 初穂料:2,000円 住所:〒270-0132 千葉県流山市駒木655 アクセス:東武鉄道野田線「豊四季」駅から徒歩約6分、常磐自動車道「流山IC」下車 約15分 授与時間:午前9時〜午後4時 サイズ:通常サイズ 豊受稲荷本宮の御朱印帳 柏市の豊受稲荷本宮(ゆたかいなりほんぐう)は、ゆる可愛いイラストの御朱印が種類豊富で、御朱印コレクターさんから人気の神社です。 豊受稲荷本宮の創建は昭和41年と新しく、狭い路地にひっそりと建つコンパクトな神社ですが、いつ行っても御朱印を求めて参拝客で賑わっています! 現在では珍しい神仏習合の神社で、御祭神の豊受稲荷大神を祀っていますが、社殿の中には護摩壇や仏教の神様の像も見られます。 道野辺八幡神社では、武将からの崇敬が厚い八幡神《誉田別尊》を御祭神として祀っています。 御神徳は厄除開運や勝運守護、殖産興業などで、鎌ケ谷市の総守護神として地域の平和と発展を見守ってくれています! 御朱印帳は、柔らかな色合いが女性好みのデザイン。 よく見るとお花の中心は、八幡神社の神紋・巴紋になっています! 初穂料:1,300円 住所:〒273-0113 千葉県鎌ケ谷市道野辺中央5-6-10 アクセス:東武鉄道野田線「鎌ケ谷」駅から徒歩約8分、東京外環自動車道「市川北IC」下車 約25分 授与時間:午前9時〜午後5時 サイズ:通常サイズ 豊受神社の御朱印帳 浦安市の豊受神社(とようけじんじゃ)は1157年創建の浦安最古の神社です。 御祭神の豊受姫大神は、伊勢神宮外宮にも祀られている神様で、天照大御神の食事を司る神様です。 江戸時代、浦安は漁師町として栄え、海路安全や漁業繁栄のご利益がある清瀧神社は、漁師たちからも厚く信仰されました。 鳥居をくぐって最初に迎えてくれる子たちがアイーン狛犬です。 境内には、クロマツとアカガシという種類の違う木が、1本の木のようにがっしりと組み合わさって立っています。 御朱印も月替わりや季節替わりなど、カラフルで種類豊富。 808年に富士山本宮浅間大社から勧請されたのが始まりと伝わっています。 1187年に社殿を再建した際には、富士山に見立てて丘を作り、その上に本物の富士山と向かい合うように社殿を建てたそうです! 昔はこの一帯はすぐそこはもう海で、丘の下には波が打ち寄せたとか。 裏面の「明神祭り さらば久しい」は、神様がお祭りで久しぶりに人々の前にやって来るという意味です。 皮が黒い品種のスイカ「プレミアムブラック」をイメージした黒いスイカデザインもあります。 初穂料:1,500円 住所:〒286-0213 千葉県富里市高松101 アクセス:JR総武線「榎戸」駅からタクシー約10分、東関東自動車道「酒々井IC」下車 約10分 授与時間:午前9時〜午後4時 サイズ:通常サイズ 松戸神社の御朱印帳 松戸神社(まつどじんじゃ)の御祭神は日本武尊です。 日本武尊が武蔵国に向かう際、松戸の地に陣を張りました陣を構え、吉備武彦、大伴武日らと待ち合わせたことから「待土」と呼ばれ、地名が松戸になったそうです。 松戸神社の御朱印帳は、松模様の地に四神の朱雀・白虎・青龍・玄武と、潜龍橋と横に並ぶ桜並木のデザインです。 松戸神社では、四神像を神輿行列に加えて敬い祀る「神幸祭」という祭りが行われています。 神幸祭の発祥はいつかわかっておらず、戦争もあって60年の間途絶えていましたが、1988年に社殿を改修した際に蔵から四神像が見つかり、1990年に神幸祭が復活しました。 神幸祭は行われるのは不定期で、次回は2020年10月18日です! 初穂料:1,500円 住所:〒271-0092 千葉県松戸市松戸1457 アクセス:JR常磐線・新京成線「松戸」駅から徒歩約7分、東京外環道「松戸IC」下車 約7分 授与時間:午前8時30分〜午後5時 サイズ:通常サイズ 葛飾八幡宮の御朱印帳 葛飾八幡宮(かつしかはちまんぐう)は1100年以上もの歴史を誇る神社で、平将門や源頼朝、太田道灌、徳川家康など、関東の名だたる武将たちからも厚く信仰されました。 ご神木の千本公孫樹(イチョウ)は樹齢1200年を超え、国の天然記念物に指定されています! 縁結びや育児守護などのご利益があり、人々にパワーを授けて見守ってくれるような優しさと心強さを感じる大樹です! 御朱印帳は千本公孫樹と、「八幡宮」の扁額が描かれています。 イチョウと扁額のデザインは、茨城の水戸八幡宮の御朱印帳と似ていますね! 初穂料:1,500円 住所:〒294-0233 千葉県館山市大神宮589 アクセス:JR内房線・内房特急「館山」駅からバス、富津館山道路「富浦IC」下車 約25分 授与時間:午前8時30分〜午後5時 サイズ:通常サイズ 意富比神社(船橋大神宮)の御朱印帳 意富比神社(おおひじんじゃ)は、通称・船橋大神宮と呼ばれ、船橋地区最古の神社として古くから親しまれてきました。 その古さは紀元前の頃まで遡り、日本武尊が東国を平定する折にこの地に立ち寄り、平定成就と土地の人の暮らしの平安を祈願して天照大御神を祀ったことが意富比神社の始まりだそうです。 御朱印帳表面の灯台は、明治13年に地元の漁業関係者によって建てられ、民間灯台としては日本最大です。 和洋折衷の様式を取り入れた、見た目も可愛い灯台で、正月三ヶ日だけ限定公開されます! 裏面は、江戸末期の浮世絵師・二代安藤(歌川)広重の、諸国名所百景より「下総船橋大神宮」のデザインです。 初穂料:1,200円 住所:〒273-0003 千葉県船橋市宮本5-2-1 アクセス:京成本線「大神宮下」駅から徒歩約3分、京葉道路「船橋IC」下車 約7分 授与時間:午前9時〜午後4時 サイズ:通常サイズ 検見川神社の御朱印帳 検見川神社(けみがわじんじゃ)は、1200年ほど前の平安時代前期に、国中で流行った病を沈めるために各地で神様を祀ったのが始まりです。 下総国では、この地に素盞嗚尊を祀って疫病消除を祈願し、検見川神社となりました。 御朱印帳には、江戸湾に浮かぶ白い帆をつけた打瀬船と、遠くに検見川神社の鳥居が描かれています。 かつて検見川の海岸でよく見られた打瀬船で、貝やカニ、シャコ漁が盛んに行われていました。 現在は海岸は埋め立てられて、検見川神社の鳥居は海からは見えませんが、昔はこんな風に鳥居が海に面していたのかもしれませんね! 初穂料:1,800円(御朱印込み) 住所:〒262-0023 千葉県千葉市花見川区検見川町1-1 アクセス:京成電鉄 千葉線「検見川」駅から徒歩約1分、JR総武線「新検見川」駅から徒歩約6分、京葉道路「幕張IC」または東関東自動車道「湾岸習志野IC」下車 約8分 授与時間:午前8時30分〜午後5時 サイズ:通常サイズ 千葉神社の御朱印帳 SNSでも可愛い!とよく紹介されている千葉神社(ちばじんじゃ)の御朱印帳! 千葉神社の御祭神・北辰妙見尊星王は北斗七星の御神霊で、星や方位を支配し、人の運命を見守ってくれる神様です。 星や方位に関係の深い、風水や陰陽道、九星気学などの根幹となる神様でもあります。 源頼朝や足利尊氏から寄進を受け、徳川家康からも厚く信仰されました。 本殿も楼門も、1700年に徳川幕府によって建てられ、どちらも重要文化財に指定されています。 朱色が鮮やかで大きな楼門と、黒と金と赤の厳重な見た目の拝殿と本殿は、かっこよくて見応えがあります! 御朱印帳は香取神宮の威厳を表すようなシンプルなデザインです! 初穂料:1,000円 住所:〒287-0017 千葉県香取市香取1697 アクセス:JR成田線「佐原」駅からタクシー約10分、東関東自動車道「佐原香取IC」下車 約5分 授与時間:午前8時30分〜午後5時 サイズ:通常サイズ 玉前神社の御朱印帳 上総国一之宮の玉前神社(たまさきじんじゃ)は九十九里浜の南端に位置しています。 気温が温暖で、縄文時代から人々が暮らしていた証の遺跡がいくつも残っています。 それとともに、玉前神社もかなり古くから人々の信仰を集めてきましたが、資料が消失してしまって、創建年は定かではありません。 檀林とは、僧侶の養成を行ったり、宗派の重要事を論じる学問所のことです。 幕府からも手厚い庇護を受け、広い境内に数々の堂宇や末寺、学寮が並ぶ、大きなお寺に発展しました。 廃仏毀釈や戦争の影響を受けて規模は縮小したものの、今も広い境内には、緑豊かな参道に山門や総門が堂々と構え、荘厳な雰囲気に満ちています。 観音像は高さ56mで、どこまでも続く青空を背に、東京湾を見下ろすように立っています。 東京に住んでいながら、法華経寺は聞いたことがなく、実際に行ってみてその大きさに驚きました! 鎌倉時代、日蓮宗の開祖・日蓮は布教活動をするも、人々になかなか受け入れられず迫害を受けていました。 そんな時、日蓮を保護して自宅に法華堂を建ててあげたのが、下総の豪族・富木常忍です。 法華堂はのちに法花寺となり、同じく日蓮を支援した僧・日高が開いた本妙寺と合わせて「法華経寺」と改められました。 御朱印帳は、法華経寺の祖師堂と、境内の桜に囲まれる五重塔のデザインです! 御朱印や御朱印帳は、境内奥の鬼子母神堂でいただけます。 志納料:1,000円 住所:〒272-0813 千葉県市川市中山2-10-1 アクセス:JR総武線「下総中山」駅から徒歩約10分、京葉道路「市川IC」下車 約10分 授与時間:午前9時〜午後4時 サイズ:通常サイズ 本土寺の御朱印帳 本土寺(ほんどじ)は、花寺として有名で、一年を通じて四季の花で彩られた境内の散策が楽しめます。 春は100本以上の桜、初夏は5000本の花菖蒲と5万本の紫陽花、秋は1500本の紅葉などなど。 いくつかのお堂が花に囲まれて建っていて、心が癒される素敵なお寺です。 御朱印帳はこの紅葉のデザインと、紫陽花のデザイン、紺色の柄デザインのものがあります! 私が伺ったのは紫陽花の時期で、見渡す限りピンクや薄紫のころころっとした紫陽花が、地面が見えないほどブワ〜ッと咲いていて本当に綺麗でした! 志納料:1,000円 住所:〒270-0002 千葉県松戸市平賀63 アクセス:JR常磐線「北小金」駅から徒歩約15分、常磐自動車道「三郷スマートIC」下車 約20分 授与時間:午前8時〜午後5時 サイズ:通常サイズ 小松寺の御朱印帳 小松寺(こまつじ)は、約1300年前に役小角(えんのおづの)によって小さな庵が建てられたことが始まりです。 その庵を718年にお堂として建て替え「巨松山檀特寺」という寺名に改めました。 平安時代の前期にはお堂が全焼し、しばらくの間は廃墟同然でしたが、920年に小松民部正壽(こまつみんぶまさかず)によって再建され、薬師如来がご本尊として祀られます。 小松寺の御朱印帳は、十二単をきた女性の姿が見開きでデザインされています。 着物の柄も細やかでうっとりするほど美しく、散りばめられた桜や背景の黄金色も雅やか。

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