先生 どこに いる んで すか。 長尾先生、「近藤誠理論」のどこが間違っているのですか?

英語で話しているのに外国人をイラっとさせてしまう日本人の振るまい (1/6ページ)

先生 どこに いる んで すか

著者の いわゆる 近藤信者に対する意見は「一般論で考えて、物事には誤りや失敗がつきものだし、医療が患者を実験台にして発展するという事実は今も昔も変わらないのだから、副作用など種々の不幸な出来事を並び立てる近藤理論なんぞ相手にしてないで、とっとと覚悟を決めろ。 」 「医療の犠牲と発展の巡りから自分だけ逃れたいなどムシが良すぎる」 という趣旨の発言に集約されると思う。 本書の形式が近藤論者を軽々といなす医師という筋書きの対話文であり、乱暴な雰囲気であるが言っていることは、まぁ、常識的なのだろう。 ハッパをかけていると解釈したほうが良さそうだ。 だが、近藤氏の論説に触れた者としては、苦しむことが本当に甲斐のあることなの?実は無意味なのでは?という疑問が当然のように湧いてくる。 本書で、そうしたことには触れられていない。 副作用で死ぬ人がわずかにしてもいるなら、 この著者は「大丈夫ですよ。 恐れることはない」といったことは言わないだろうし、 その答えは、患者のリテラシー向上を求めるという姿勢を持って暗に答えていると言えるだろう。 そして、「抗がん剤の止め時」という発想を持つこと自体、確かに良心的な人物である。 そこには結局のところ、著者の 普通の医者なら誰もが抱く 医学に対するいわゆる信頼感が見て取れる。 なにせそこによって立つことで、医師としての道を歩み、医師たりえているのである。 ガンを事例に挙げれば標準治療は現代医学の結晶であり、素人が四の五の言えるような柔なものではなく、 そこから平気で逸脱する近藤氏は医師のクセに無責任極まりない、と考える。 治療が無意味だなんて発言自体信じられない、といった彼の言葉は、前提として標準治療に対する普通の医者並みの信頼感があるのだろう。 本書の一番の収穫は近藤氏と本書著者のスタンスが 良し悪しではなく 質的に全く異なるということだった。 二人とも過去の抗がん剤治療の後悔を語り、実は似通っているのではと私は考えたが、 その結果として彼らが得たものは、 著者は患者の言葉にしっかり耳を傾けること、そして、近藤氏は現行の治療のもつ害悪を訴えることだった。 上述したとおり、医学の成果によって立つ医師たるものが標準治療に対し、近藤氏ほど公然と異を唱えることは異端どころの騒ぎではなく、大げさな言い方だが、聖なる経典を勝手に書き換えてしまうような暴挙と映るだろう。 (科学者である医者が聖典とみなしていることなどないだろうが。 私はどちらかというと平凡な職人とみなしているが) 並の医者が「無責任極まりない」と感じるのももっともではある。 著者は近藤氏を公の場で批判するが、「あんなの相手にするな」と考える方が自然なのだろう。 それにしては、影響が大きくなりすぎた、標準的にして、良心を備えた著者は黙っていられなかった、それは本人が語っている。 治療を望めば標準治療になるのは当たり前だし、そこから逸脱するならそもそも治療は望めないという彼なりの、 そして一般的な、現実を語りたかったのだろう。 しかし、およそ「学」の付くものは針の穴で壁の向こうの真理を覗いて、その積み重ねを集積・体系化するものである。 論文百出して真理は見えず。 科学が権威化している昨今ではあるが、少しでもボロが見えれば、科学的な考え方の内に生活していない 一般生活者からすれば、誤魔化されていると感じる。 そして、そうした直感もまたバカにできない。 科学はとても鈍重で、機敏な人の心を掌握し続けるのはそもそも難しい。 近藤氏が提示する事柄を、現状のボロではなく、彼がうそつきだ、とでも言い続けないと一面では過酷な治療を現実とするがん治療を、放置療法に勝ると信頼させることは難しいだろう。 患者にして見ればガンという病気の他にガン治療という病気を抱え込むようなものだ。 私自身も、ほころび ボロ を感じる。 標準治療に対して打ち立てられた放置療法という一つの体系に心は傾く。 患者は私自身ではない。 まだ元気な身近な人だが初期とかのステージではない。 医者は極めて厳しい状況を本人に語るつもりはない、薬は2次、3次と続けられる・・と言う。 ろくでなしで〇ったれの抗がん剤の持つ成長抑制効果が致命的な状況までの時間稼ぎをするとは理解するが 抗がん剤の毒性で死ねというのか!という思いは強い。 切除しないで抗がん剤という話だったが、薬を使うには切除が必要ということで切除を危険と認識していた私は血の気の引ける思いだった。 患者は私自身ではないから、論よりも近藤医師に対する信用に立っている私としては人に放置すればいいとも言えない。 そもそも私自身にしても、過剰な治療は避けよう、医者には騙されないぞ程度でしかないのだ。 近藤氏は著書の中でこう語っている。 人は生きてきたようにしか、死んでいけない。 「現状」は常に生きざまの総決算だ。 情報として何を求め、何に信頼を置くのか、そして、どう死ぬのか。 そうした個々人の判断を超える、標準治療という功績は素晴らしいものなのだろうが、しかし、信頼に足るのか?そして、その不信を助長する医療界の惨状は、著者が近藤氏を20年前の知識と非難する、その20年前の状況を残している。 そのことも正直に打ち明ける著者はリテラシーと自己決定を言う。 そこが肝なのだろう。 私自身は請われもしない人の心配をして、何を呑気なことを!という思いがあるが別に著者の責任でもない。 知らず知らずに抗がん剤治療に邁進して悲惨なことになるのではないかと気を揉むのも非生産的だし 本を渡して暗に誘導してしまうのではないかと恐れるのも同じ。 話でもしてみるか、という次第。 長くなったが、 一般的な治療を受けることに二の足を踏んでいる人には、後押しをしてくれる本であろう。 本の題名がやや受けを狙った風ですが、内容はごく真面目。 ある意味では「極論」を提示している近藤誠理論をベースに、癌治療のあるべき姿を考える内容。 癌は、近藤誠理論がいうように、真正の癌と、癌もどきに二分されるものではないこと、ステージの初期、中期の段階では、手術、抗がん剤、放射線治療という従来の治療法も十分効果があり、近藤誠理論での治療の放棄には反対しています。 一方、特に抗がん剤については、治療効果と正常細胞へのダメージのバランスがあり、止め時があるという主張となっています。 近藤誠理論については、頻繁に新書が出版され、雑誌にも載りますが、冷静にこれを批判する論調が弱い感じがします。 そういった中で、本書は、わかりやすいが故に無批判に受け入れがちな近藤誠理論について、冷静に各論点を検証しています。 長尾氏のことは本書で初めて知った。 以前ふだん穏やかな親戚が父親の葬式で「父は医者の癌治療に殺された」と言ったのに衝撃を受けたことがある。 だから近藤氏の考え方を知ったときには「なるほど」と思った。 しかし「最初から「がんもどき」と「本物のガン」のどちらかしかなく、治療(特に手術や抗がん剤)は「する必要がない」か、「しても無駄」だから最初からしない方がよい」というのには自分が患者になったときのことを想像しても納得がいかないと思った。 「すべてのがんもどきが命を奪わない安全なもので、奪うものに変化することがありえない」ということが検証(少なくとも論文として認められるレベルでは)されていないのにどうして自信を持ってそう言えるのかが疑問だった。 本書の存在を知ったとき最初に思ったのは批判本より「長尾先生、「近藤誠理論」のどこが正しいのですか? 」という本の方が読みたかったのにな、というものだった。 近藤氏の極論におかしなところがあるのは直感的にも明らかだと思われたけど、近藤氏の本がこれほど読まれるのには何か正しいところがあるからに違いないという思いがあったから。 実際に読んでみたらその思いは満足させられた。 近藤氏の正しい部分と行き過ぎた部分がよく理解できた。 今のガン治療にも親戚が苦しんだような状況が残っていることもわかった。 ガンを放置するのでもなく、死ぬまでガン治療で苦しむことのない道を自ら選ぶことができるかもしれないというのは励まされる思いだった。 素直に読んでよかったと思った。 「長尾教」なるものになりたいとは思わないが(すべての「~教」は嫌いだから)、ガンになったときには長尾氏がどうアドバイスするのか参考に聞いてみたいとは思った。 本書は学術書ではもちろんなく、普通の読者があまり肩が凝らないように書いたものだと思われるので「すごい知的な本だ」とか「理論的に隙がない本だ」とは思わないが、「感情的」とか、「頭が悪い人が書いた読むに堪えない本」というレビューには違和感を持った。 何か意図的な狙いがないとするならずいぶん感覚が違うのだなと思った。 著者は、近藤理論の信奉者を最新の医療を理解している人が諭している風に書きたかったのかも知れませんが、二人とも近藤理論を正しく理解出来ていないと言わざるを得ない。 近藤理論は、抗がん剤は、完全否定しているが、手術や緩和処置は、否定していない。 近藤本のデータを批判しているのに、それを反証するデータが全く使われていない。 この例に出ている患者さんは、近藤理論を信用していたら、今この世にいないだろうと言っているが、近藤本でも、余命半年と言われた人が、抗がん剤を使用しない場合、何年も生きている人がいる事も、説明されているし、近藤理論は、僅かの延命効果の為に、生活の質を落とす事を否定するものであり、この意味が理解できていない。 その他、近藤理論を正しく理解すれば、的外れの事が書かれている事がわかる。 著書名が刺激的だが、単純な「近藤誠否定本」ではない。 近藤誠の医療否定、がん治療否定が、なぜ生まれてきたのかまで掘り下げて分析されている。 エピローグの「中庸を生きる、ということ」に、「僕は、近藤誠氏の悪口を言いたいわけではない。 間違った情報を鵜呑みにして患者さんを増やさないために、本書を書いたまでだ」との想いは、本文中でもしっかりと伝わってくる。 近藤誠氏のいう放置療法も極端だが、90歳超えた高齢者に、抗がん剤治療を腹水がパンパンになるまで続ける「がん拠点病院」も極端。 病院の「キャンサーボード」という多職種の治療方針を決める話し合いに、患者本人が不在との現実には、驚いた。 患者が自己決定できるための、情報提供を行うことが医療者の務めだと思う。 そうはなっていないことを長尾先生は日々の診療で「怒り」として感じておられるようだ。 患者や市民が「自己決定」していく、それが医療も社会も変えていく一番の力だと思う。

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先生どこにいるんですか 2019年10月4日 ユースケ 南キャン 20191004 | 笑咲く動画

先生 どこに いる んで すか

~」MCの(左から)ユースケ・サンタマリアさん、「南海キャンディーズ」の山里亮太さん、しずちゃん(C)テレビ東京 恩師の今を知りたいと願う芸能人が居場所を突き止める、テレビ東京系の新バラエティー番組「先生、、、どこにいるんですか?~会って、感謝の言葉を伝えたい。 ~」(テレビ東京系)が10月4日から放送される。 初回は2時間スペシャルで放送。 【写真特集】不謹慎だとクレーム多く…番組名変更でレギュラー化! 初回ゲストは… 記憶に残る先生、背中を押してくれた先生に、会って「ありがとう」と伝えたい。 先生の居場所を知りたいと願う芸能人が、ガチで居場所を突き止める。 MCをユースケ・サンタマリアさん、「南海キャンディーズ」の山里亮太さん、しずちゃんが務める。 番組タイトルについて、ユースケさんは「特番のときはタイトルが違った。 『先生、、、生きてますか?』というタイトルでオンエアしたんですよ。 そうしたらクレームがすごくて。 年配の方から不謹慎だと」とタイトルが変更された経緯を暴露。 今回のレギュラー化に伴い、「先生、、、どこにいるんですか?」にしたという。 初回のゲストは、赤井英和さん、津田寛治さん、神保美喜さん。 ゲスト自身が、地元の人や同級生などに聞きまわり、番組はそれをドキュメンタリーとして追いかける。 番組冒頭、VTRを見る前から神保さんがハンカチを取り出し、まさかの涙。 番組で赤井さんは、悪ガキだった自分を見捨てないでいてくれた先生に会うために、地元・大阪へ。 津田さんは、集団行動が苦手だった自分に自信を与えてくれた先生に会うために地元・福井を訪問。 神保さんは、別れを告げられなかった先生が日本にいないことが判明し……という内容。 4日は午後6時55分~同8時50分放送。

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~」MCの(左から)ユースケ・サンタマリアさん、「南海キャンディーズ」の山里亮太さん、しずちゃん(C)テレビ東京 恩師の今を知りたいと願う芸能人が居場所を突き止める、テレビ東京系の新バラエティー番組「先生、、、どこにいるんですか?~会って、感謝の言葉を伝えたい。 ~」(テレビ東京系)が10月4日から放送される。 初回は2時間スペシャルで放送。 【写真特集】不謹慎だとクレーム多く…番組名変更でレギュラー化! 初回ゲストは… 記憶に残る先生、背中を押してくれた先生に、会って「ありがとう」と伝えたい。 先生の居場所を知りたいと願う芸能人が、ガチで居場所を突き止める。 MCをユースケ・サンタマリアさん、「南海キャンディーズ」の山里亮太さん、しずちゃんが務める。 番組タイトルについて、ユースケさんは「特番のときはタイトルが違った。 『先生、、、生きてますか?』というタイトルでオンエアしたんですよ。 そうしたらクレームがすごくて。 年配の方から不謹慎だと」とタイトルが変更された経緯を暴露。 今回のレギュラー化に伴い、「先生、、、どこにいるんですか?」にしたという。 初回のゲストは、赤井英和さん、津田寛治さん、神保美喜さん。 ゲスト自身が、地元の人や同級生などに聞きまわり、番組はそれをドキュメンタリーとして追いかける。 番組冒頭、VTRを見る前から神保さんがハンカチを取り出し、まさかの涙。 番組で赤井さんは、悪ガキだった自分を見捨てないでいてくれた先生に会うために、地元・大阪へ。 津田さんは、集団行動が苦手だった自分に自信を与えてくれた先生に会うために地元・福井を訪問。 神保さんは、別れを告げられなかった先生が日本にいないことが判明し……という内容。 4日は午後6時55分~同8時50分放送。

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