ヨーロッパ突進。 傭兵

ヨーロッパを席巻した随一の名門王家「ハプスブルク家」を歴女が解説

ヨーロッパ突進

北海道を除いた日本全国にイノシシは生息しています。 日本には、主に ニホンイノシシと リュウキュウイノシシの2種類がいるとされています。 山間部から、平野部まで広く生息していて、雑草が茂る森林や草原、水辺の近くを好みます。 日本以外では、元はアジア、ヨーロッパに生息していましたが、家畜としてアメリカ大陸やオーストラリアで放されたところ、自然に生息するようになりました。 本州~九州にまで生息しているニホンイノシシは、オスで最大170cm、190kgにも成長します。 沖縄や奄美大島などの南西諸島のみに生息するリュウキュウイノシシは、保護の重要性を示した環境省レッドリストに掲載されており、絶滅の危惧があるとされています。 ニホンイノシシに比べて、成長しても最大でも110cm、70kgと比較的小柄なタイプのイノシシです。 イノシシの嗅覚は犬並みに発達していて、とても警戒心が強い動物です。 キバはオスメスともにありますが、オスのほうが大きな牙を持っています。 イメージ通り突進力が強く、 時速45kmという人間を遥かに越える速度で走ることができます。 また、1mくらいの物なら助走なしに飛び越えるほどのジャンプ力もあるそうです。 犬掻きで泳ぐこともでき、30kmほどの距離を泳ぐことが可能なので、瀬戸内海では、島と島をイノシシが泳いで渡る姿も報告されています。 繁殖の時期は冬で、主に春に出産します。 子供のイノシシは「ウリ坊」と呼ばれ、体毛の縦に縞模様があります。 イノシシは雑食性で、木の実や芋類、木の根などの植物性のものを食べていることが多いです。 季節の変化に合わせて、ヘビやカエル、昆虫といった動物性のものを食べることもあります。 基本的には昼行性ですが、夜間に人里に下りてきて遭遇することがあり注意が必要です。 スポンサードリンク イノシシに出会わないためには イノシシに出会わないようにするには、どうすればいいか? 山間部や、イノシシの目撃情報がある地域を歩く際には、 ・荷物に鈴をつけて音が鳴るように したり、 ・大きな声で話すように しましょう。 イノシシは警戒心が強い動物なので、人間の存在に気づいたら逃げて行くはずです。 また最近は、農作物を目当てに畑に降りてくるイノシシも増えてきています。 農作業のため、短時間でも畑や草むらに入る際は、できれば1人では行かず、なるべく大きな音を出すことを心がけて下さい。 山間部を車で移動する際も、運悪く山から下りてきたイノシシと遭遇してぶつかってしまうと、普通車でも大破してしまうことがあります。 いきなりイノシシが飛び出しても対応できるように、車で山間部を移動するときは、なるべく徐行で走りましょう。 徐行で走っていれば、イノシシ以外の猿やシカとの遭遇にも対応できますからね。 もしイノシシに出会ったら? ウリ坊 山間部を歩いていて、急にイノシシに遭遇した場合。 まず、決して背中を見せて 走って逃げてはいけません。 背中を見せて走ると、イノシシは本能的に追いかける習性があるので、とてもキケンです。 恐ろしいとは思いますが、できるだけパニックにならずに落ち着いて下さい。 大きな声や音をだしたり、石を投げたり刺激を与えてはいけません。 イノシシの目を見ながらそっと後ずさりで距離をとりましょう。 もし、食べ物を持っていたら、食べ物を手放すようにしましょう。 イノシシが食べ物に気を取られている間に、逃げられるかもしれません。 またウリ坊と言われるような、小さい子供のイノシシは見た目はかわいいですが、近くに親のイノシシがいるので、要注意です。 小さいからと、油断して写真を撮ったりしていると、近くにいる親のイノシシが怒って襲ってくる可能性があります。 ウリ坊を見つけて、どんなにかわいくても近づかないようにしましょう。 ちなみに、もしもイノシシに出会って、 ・体毛を逆立てている ・牙を鳴らして音を出している ・脚で地面をガリガリしている ・落ち着きなく動き回っている ような動きをしていた時は、イノシシの 威嚇行動です。 上記の行動を確認したら、細心の注意を払って行動するようにしましょう。 スポンサードリンク イノシシが突進してきたら!? 走って逃げても、人間よりイノシシの方が早いので勝ち目はありません。 イノシシは木登りはできないので、もし近くに登れそうな手ごろな木や遮蔽物があれば登ってみましょう。 山道を歩く際には、登りやすそうな木がないか探しておくと安心です。 もし荷物の中にイノシシが食べそうな食料があった場合は、逃げる際そこに置いておけば、食べ物に夢中になり逃げられる可能性もあります。 動物用の催涙スプレーも販売されているので、どうしても不安な人は、山道を歩く前に購入して持ち歩くことをおすすめします。 まとめ イノシシは警戒心が強く臆病なので自ら人間を襲いませんが、いきなり至近距離で出会ったり、興奮状態のイノシシに遭遇した場合は注意が必要です。 大きな牙で攻撃されケガを負い失血死してしまう事故も起きています。 イノシシに出会った場合は、刺激を与えずにゆっくり後ずさりしながら逃げましょう。 もし、襲ってきた場合は、木や遮蔽物に登るのがいいでしょう。 最近は住宅地でもイノシシの目撃情報が増えているので、思いもよらない意外なところで遭遇することも増えてきました。 街中だからと安心せずに、もしもイノシシに遭っても大丈夫なように対処方法を知っておきましょう。

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ヨーロッパ突進

ポメラニアン公爵さんからの質問 軍馬のメリット・デメリット Bonjour、グッモーニン、アンニョン、イ尓好、ズトラーストビチェ、こんにちわ、ポメラニアン公爵です。 こちらへの投稿は久し振りです。 さて本題です。 戦士の代名詞として『騎士』という言葉を用いても違和感はさほど感じませんし、 やはり戦闘は馬に跨がってするのが基本でしょう 少なくとも上位の兵は。 そこでその軍馬なんですが、きゃつらの必要とされる理由って何でしょうか? 勿論色々あると思います。 推察すれば沢山浮かびますが、それでも私の知識と想像では及びのつかない部分があると思い、 質問に至りました。 私が思いつく分には、 ・移動 侵攻、逃走 速度が速い ・自分で動くより疲れない ・物を幾らか積める ・体が高い位置にくる ……等です。 他にもあると思いますので、ご意見を頂ければと思います。 また、軍馬が存在する事で発生するデメリットや、逆に馬がいるとかえって邪魔になる、 馬がいる必要がない、といった戦士がいるとしたらそれはどの様な場合か等もお聞かせ願いたいです。 では失礼します。 馬の突進力を利用した槍で、人間の力では発揮できない攻撃力を生み出せます。 大雑把に運動エネルギーの法則を適用させれば、それは質量と速度の二乗に比例します。 相手より速く軍を進め、有利な地の利を確保し、また相手に軍備を整える時間を与えない。 実際の戦い以前の、「戦争を有利に進める」ための駒が、馬という機動力です。 まあ、歩兵を抜きに騎馬だけで戦争はできませんので、 歩兵を置いてけぼりに軍隊を運用する局面は、さほど多くはないでしょうが。 戦場で最も簡単に人を殺す武器は、剣ではありません。 弓とそこから放たれる矢です。 徒歩と馬。 どちらが容易に的を絞らせないか、自明の理でしょう。 まあ、逆に的が大きくなるので、動いていない時には当たりやすくなりますが。 馬の背で上下に揺られる震動というのは、傍目にわかるほど生易しいものじゃありません。 (少なくとも、「馬で歩く」のではなく「馬で走る」場合には) 例えば、「馬で急報を知らせに来た伝令が、それを告げた途端に倒れた(酷いときには死んだ)」 という描写を目にしたことはありませんか? これは飲まず食わずで急いできた、というのも一因ではありますが、 それだけ馬に乗るということは楽ができるわけではなく体力を使うということです。 上下の動きは内臓を痛めかねないです。 勿論、同じ距離を徒歩で走った場合と比べれば格段に楽かもしれませんが、 それ自体はかなりキツい負担が体にかかります。 生きていくためには水や食料が必要です。 そこらへんに生えてる草……では軍馬は養えません。 きちんとした飼い葉が必要です。 これを用意できる「経済力」を有した貴族階級こそが、「騎士」たりえます。 馬は臆病な生き物です。 戦場に出て恐慌をきたさない馬は、訓練を受けた特別な馬だけです。 そこらにいるただの馬に騎士が乗ったからそれを「軍馬」と呼ぶのではなく、 「軍馬」はそう育てられるからこそ「軍馬」なのです。 これを用意できる「経済力」を有した貴族階級こそが、「騎士」たりえます。 ……ぶっちゃけ「金持ちの持ち物」 それが「軍馬」です。 戦場での落馬は死を意味します。 馬の高さというのは、簡単に例えれば「肩車された高さ」です。 自転車やバイクのように「足のつく高さ」ではありません。 下手をすれば首の骨を折って死にます。 そうでなくても落下のダメージはバカにできません。 それで直接死ななくても、そこを歩兵に襲われればひとたまりもありません。 また、馬に踏まれても死にます。 Mr.エイプリルさんからの意見 ポメラニアン公爵さん、こんばんは。 部下が指揮官を認識しやすい。 また、軍馬のデメリットは、一般歩兵よりも体が高い位置にくるので、 鉄砲や弓矢などの飛び道具に狙われやすい。 馬に乗っていると目立つので、敵兵に集中的に攻撃される。 馬が負傷した場合、かえって足手まといになる。 こんなところでしょうか。 以上、ご参考までに。 風月堂さんからの意見 私は主たる関心が近代兵器であり、軍馬には詳しくないので、 大雑把な話しか出来ませんが、知る範囲でコメントします。 打撃力……特に槍を持って突っ込む際には、勢いを増せば貫通力も強くなります。 軽装であれば機動力が、重武装であれば打撃力が増す、といえるのではないでしょうか。 動力源……馬車により、大量の物資や重量物を運べる。 これは、アメリカ以外は自動車化が十分に進んでいなかった第二次大戦でもいえることで、 独ソ戦ではドイツ軍は多数の馬と馬車を使ったといいます。 見栄えのよさ……第1次大戦のときでも、軍人の間でさえ騎兵への期待は強かったといいます。 実際のところ、そのころまでには騎兵は、銃を担いで馬に乗る以上のものではなくなり、 また機関銃の前には無力だったのですが。 これがため、騎兵は第一次大戦を最後になくなりました。 生き物であるが故の問題としては、餌(飼い葉)や衛生面の管理が必要であり、 馬と人の相性の問題や、加えて磨り減る蹄を取り替える必要があることなどが指摘できるかと思います。 とはいえ、従順でそれなりの力のある馬は、 自動車以外ではもっとも使い勝手のいい動力源といえるでしょう。 だからこそ古代戦車や騎馬民族の時代から第二次大戦までの長きにわたって使われてきたのです。 たぶん、もっと詳しい方々の回答があると思いますので、私はこのあたりで。 ひすいさんからの意見 どうも、ひすいと申します。 鉄砲が発達した以後、急激に前線における騎馬隊の重要性が薄れてきた理由のひとつには、 やはり高威力の遠距離攻撃が可能になったことによって、 突進の威圧による陣形崩壊を図りにくくなった、というものもあります。 西洋では騎兵による集団戦法もあったようですが、中国では騎馬よりも歩兵のほうが重要視されましたし、 日本でも集団戦法が普及するにつれて、 騎馬兵も戦闘時には馬から降りて戦うようになっていったようです。 それから、上述のとおり火器に弱い。 火器が普及するにつれて、世界的に騎馬の重要性が薄れていったというのは、 周知の通りではないでしょうか。 それから、メリットともデメリットともとれないのですが、 騎馬での戦いというのは「騎士同士の儀礼による一騎討ち」という戦闘方法を形成しました。 中世ヨーロッパでも騎馬での戦闘がもっとも栄えた時期の戦闘方法は騎士同士の一騎討ちですし、 日本でも元寇以前の戦い方は一騎討ち中心です。 要は戦争が「単なる殺し合い」ではなかった、ということなんでしょうね。 あとたぶん一番重要なのが輸送力。 三毛招きさんからの意見 む、軍事のかほり。 騎兵の有利さはその移動速度にあります。 代表的な任務は偵察ですね。 さらに、通信技術が発展していない時代では伝令や連絡なども騎兵の役割でした。 その一方、奇襲はそこまで盛んではなかったようです。 馬は目立ちすぎますからね。 そして、なんといっても突撃ですね。 重装備の騎兵の突撃戦法は戦いの帰趨を決めるほどでもありました。 が、火砲が発達してからはあまり意味を持たなかったようです。 で、デメリットですが、これも意外に大きいものです。 例えばですが、馬を使ったほうが進行速度が遅い場合もあります。 どうしてかというと、飼料補給を考えなくてはいけないからです。 その辺の草を与えてればOK、ってなわけじゃありません。 馬を生物でなく、兵器として考えていただければ分かりやすいかもしれません。 長く使えば整備も必要ですし、燃料も相応のものが必要です。 彷徨えるモノ書きさんからの意見 こんにちは。 彷徨えるモノ書きといいます。 戦闘は馬にまたがってするのが基本、というのは……恐れながら賛成しかねますな。 やっぱ歩兵ですよ、歩兵。 後述するモンゴル軍という例外はありましたが……。 軍馬が必要とされる理由ですが、まずはやはりその重さと速度を利用した衝撃力でしょう。 馬というのは近くで見ると意外と大きく、騎兵突撃はちょっとやそっとの歩兵を跳ね飛ばす威力があります。 ただ、歩兵がよく訓練されていてしっかりとした隊形を保っていれば、 騎兵突撃に対しては歩兵が有利なようです。 ヨーロッパで一時期騎兵がやたらとはやったのは、戦争が本気の殺し合いではなく、 儀式的なものだったからではないのでしょうか。 ちょっと極論ですが。 ただ、騎兵の役割は重騎兵による突撃だけではありません。 偵察、輸送というのももちろんありますが、ここで取り上げたいのは軽騎兵による騎射です。 馬の上から矢を射かけ、たまらなくなった歩兵がおいかけてきたら逃げる。 歩兵が動きをとめたらまた射る、あるいは逃げながら射る、なんてやられると歩兵はもうお手上げです。 矢が絶対に貫通しない鎧なんて机上の空論ですしね。 モンゴル軍は突撃も騎射も用いた、と思います。 モンゴル軍は大したもので、特徴を上げると、 ・全部騎兵という変態編制。 ・戦術的に優れていた。 羊の群れを飼う遊牧民は、群れ(=人間の集団)の制御の方法をよく知っていたと言われます。 また、血を見慣れているので人間を殺すのにも抵抗がなかったとも。 ・騎射を得意としていた。 負ける理由が見当たりませんねえ…… 十字軍時代のアラブ軍にも騎射を得意とする騎兵がいたようでして、十字軍を苦しめたようです。 ただ、騎射万能かというとそうでもありません。 まず、騎射を行うには騎兵の集団が十分に運動できる広い平地がなくてはなりません。 それでないとさすがに追い詰められてしまいますからね。 次に、騎射を行えるようになるには、個々の兵士のたゆまぬ訓練が必要で、 一朝一夕に習得できるものではありません。 軍馬がいることでのデメリットですが、すでに他の方が挙げられているように、 飼い葉の問題があります。 「補給戦」という本によると、馬の維持に必要な飼い葉はそりゃもうすごい量なんだそうです。 しかし、そうするとモンゴル軍はいったいどうやって飼い葉を調達していたんだろう……? 馬が必要ない場合ですが、山岳戦や森林、(史実の例は少ないですが)ジャングル戦など、 馬の機動力が発揮できない地形でしょう。 こんなところで、少しはお役に立てたでしょうか。 もしそうなら幸いです。 彷徨えるモノ書きさんからの意見 こんにちは。 彷徨えるモノ書きというものです。 人の意見に意見するのは本当は嫌いなのですが……ちょっと補足したいことがあるのです。 ご気分を害されると思いますが、申し訳ない。 弓とマスケット銃のどちらがよいか、ですが、 マスケット銃より単純な性能で見れば長弓のほうが優れている、と主張する専門家もいます。 実際、ライフルの出現以前の銃の命中率は悲惨ですから……。 ただ、もちろん弓よりもマスケット銃が優れている点もあります。 まず、大きな音が出ること。 馬鹿にしちゃいけません、威嚇は大事な要素です。 次に、マスケット銃は一週間程度訓練すれば誰でもそれなりに扱えるようになること。 これに対して、長弓は体型が変わるほどの(弓を引く右半身が巨大化するほどの)訓練が 必要だったらしいです。 弓がマスケット銃に置き換わった点については、ユキドク様の仰るとおり、 十分な理由があることだったと言えるかと思います。 長篠の戦についてですが……個人的には、あれは 「鉄砲を集めたことよりも、武田軍が正面から突っ込んでくると読み切った、 あるいはそうせざるを得ない状況に追い込んだことが偉い」という説が気に入っています。 横一線に広がった鉄砲隊とはいえ、側面を騎兵に攻撃されればひとたまりもありません。 待ち構えていると知りながら、正面から突っ込んだ武田が馬鹿、とも言います。 これでは待っているのが鉄砲でなくても負けるような気さえする……。 弓で騎兵を打ち破ったアザンクールの戦いの例もあることですし。 長々と書いてきましたが、言いたかったのは、 単純に弓よりマスケット銃が強いとは言えないのではないでしょうか、ということです。 やはりライフルの出現までは……。 きっと気分を害されたかと思いますが……ちょっと補足しておきたかったことのです。 どうがご了承ください。 あ、間違っていたら、どうか遠慮なくどうぞ……いえ、嫌味ではなく、純粋に。 それでは、失礼します。 魏延さんからの意見 機動力、突撃力が最大のメリットだと思います。 銃器にとって代わられたと一口にいいますが、 銃器が出現してからも数百年活躍してますしね。 銃器は長らく先込め式でした。 弾薬を取りだし、銃口から弾いれて、つきかためて打つわけです。 銃を構える歩兵に同数の騎兵が突撃した場合、 騎兵が有効射程に入ってからせいぜい二斉射、精強な部隊でも三斉射が限界だったようで、 これしきでは騎兵側の死傷はおよそ二〜四割。 しかし騎兵側がその損害に構わず突っ込んだ場合、歩兵は白兵を余儀なくされます。 四割も倒れれば白兵でもなんとかできそうですが、騎兵の突撃力は驚異です。 今のサラブレッドみたいに巨大な馬ではないにせよ、馬は人間より数倍重たい生物です。 岩石みたいなラガーマンがタックルしてくる以上の衝撃はあるでしょう。 それが隊列を組んで一丸となって突進してくるばかりか、 騎銃を撃ち、サーベルで切りつけてもくるわけで、まともにぶつかれば歩兵側はずたずたです。 だったら歩兵が要塞や陣地にこもればいい、と思われますが、 騎兵は主に機動戦や追撃戦で運用されるので、 要塞にこもる敵に騎兵突撃させることは考えられません。 銃や砲の浸透した近世でも三大兵科に数えられていますし、 運用方法次第では銃にも勝てたこと、 馬の機動力と突撃力が捨てがたかったことは明らかだと思います。 輸送にも重宝しますしね。 重たい火砲を運搬するにも馬の力は必要でした。 また、モンゴルなど遊牧民にとって、 馬は食料、飲料(血を)、衣服ややじりなどに活用していたそうです。 デメリットと言えば・・・ やはり水、飼料が人間に比べてかかってしまうことでしょうか。 牛飲馬食なんて言うぐらいです。 養育や調教の費用もかかりますし、いつの時代も馬は高い買い物になりました。 便利で強力な分コストが高い、ということです。 ま、それ言い出せば火砲だって製造や開発にかなりの資金資材がかかる上に、 砲弾はいくらあっても足りない消耗品なわけですし、 総合的にはどっちもどっちな気はしますが・・・。 それに、いくらかすばやく動けるとは言え、馬も騎兵も弾丸に対してむきだしになるため、 射程と命中精度の向上したライフルや、 装填時間が大きく短縮された後込め式銃が登場したあたりから劣勢になります。 近代に入ってからは攻撃力、防御力、輸送力に勝る戦車や自動車に追い落とされていきました。 他の方もおっしゃってますが、生物・兵器の両方の目線から見るのが大事ではないかなぁと思います。 やはり兵器、兵科としてずっと使われてきたのは、 単に兵器、兵科としての有用性が高かったからです。 中隊長 さんからの意見 >やはり戦闘は馬に跨がってするのが基本でしょう 少なくとも上位の兵は。 たしかにそういう時代はありましたが、あくまでも騎士同士の一騎打ちが主体であった時代です。 ほかの方がおっしゃられているように騎兵は、騎士が没落した後もしばらくは活躍しました。 しかし19世紀に機関銃が登場し、騎兵は射撃の的でしかなく、 完全に攻撃力としては役に立たなくなりました。 (火器の輸送や、伝令・偵察、歩兵が乗馬して移動したりすることはあった) それでもナチスドイツのポーランド侵攻で、 ポーランドは騎兵を使っていましたが、対するドイツは戦車・・・結果は言わずもがな・・・。 現代では、戦力としてはまったく使われていません。 凛々さんからの意見 騎兵の長所は、 (1)機動力 と (2)突撃の破壊力 です。 (1)はさらに戦場までの移動の速さと戦場での行動範囲の広さに分けられます。 有利なときは戦い不利なら引きながら戦うパルティアの軽弓騎兵などは特徴を良く生かしています。 おそらく話題になるであろう騎士や武士は、 徒歩(かち)である家の子郎党を伴う時点で有利さが半減します。 あと古代ローマ時代に傭兵として活躍したヌミディア騎兵なども名が知られています。 騎士はこの中でサルマタイの系譜(文化的)からきていると思われます。 当時としては人馬ともに重装備であったサルマタイは後年ローマの傭兵となりました。 ブリタニアに赴いた彼らのお話からアーサー王伝説が生まれたと言う説もあります。 そして中世ポーランドで流行したサルマティズムの元でもあります。 サテライトさんからの意見 長篠の戦ではある不思議なことがあります。 織田・徳川方の兵士は戦死者0なのに行方不明者が多数います。 これが意味するものはおそらく、絶対に勝てるという状況ですら、 織田・徳川の中に逃走した者がいると考えられます。 それだけ信玄の騎馬隊が恐れられていたんでしょう。 馬は武田のイメージ作りに一役買っているわけです。 ちなみに武田の影響を強く受けているのは徳川家康で、彼は三方ヶ原の戦いで信玄に敗れたことから、 武田の騎馬隊を強く意識するようになっています。 榊原の赤備えひとつとっても。 ちなみに。 長篠の戦では、何重にも地面をほったり柵を設けて武田勢を迎え撃つ準備を整えていたとされています。 彷徨えるモノ書きさんの仰る通り、武田勢を誘い込んだとみます。 アイゼンハワーさんからの意見 久しぶりに来てみました。 アイゼンハワーです。 案外パソコンは生活から切り離しても支障がないものだと最近実感しました。 もう締め切られてるみたいですが、興味があったので述べさせてもらいます。 えー早速軍馬ついてなんですが…… 自分としては馬は戦闘の要というよりは、偵察、輸送で力を発揮する物だと思っています。 馬は機動力がありますから、敵陣を偵察したあと速やかに撤退することができますし、 馬を使った輸送は第二次世界大戦の時代でも、 アメリカなど機械化された部隊が編成されなかった国では行われていました。 結論としては馬は戦闘より支援!だとおもいます。 所詮素人の意見なんであやふやですが、参考までになればありがたいです。 それでは、乱文駄文ですが失礼します。 三十路乃 生子さんからの意見 締め切った後で申し訳ありませんがお名前を拝見して、つい書いてしまいました。 死臭を放ちつつある海産物、もとい三十路乃 生子。 も・と・い「あなたの後ろにいる者です」。 お分かりでしょうかマイ・ロード? ……さて、こちらの名前ならば冗談ではなく真面目に返信させて頂きます。 他の皆様は軍馬の戦闘に触れているので、私は戦略と兵種寄りで書かせて頂きますね。 内容的に古代から中世にかけて有名な話や兵種を引っ張ってみました。 まず、馬はそれ自体が人間を凌駕しています。 前足で踏みつけられれば骨折以上。 後ろ足で蹴り飛ばされ様ものなら内臓破裂で即死でしょう。 さらに下と上のリーチの関係から攻撃は一切通りません。 ほぼ一方的に殺されるでしょう。 まぁ、それを逆手に取ってどこぞの侵略者は「てつはう」を使用し、 馬を驚かせて武士を落下させていましたが 嘘って説もありますけど。 【兵器】 そして兵器と言えばやはり『戦闘馬車』チャリオットでしょうか。 時代的に古代ですけど。 隊列に突撃し隊列を分断、混乱させたり、 騎馬戦術が未熟だった時代において高速で移動しながらでも弓矢による射撃を行えること、 加速をつけたポールウェポンによる破壊力、馬上で扱うには大きすぎる長弓や弩砲で射撃、 と戦術の幅が格段に広くなったのです。 まぁ、とてつもなく脆いとか、操作しにくいとか、欠点は数え切れませんでしたけど。 【戦略】 戦略として軍事レベルで考えた場合、参考となるのは歴代の猛者達でしょう。 思い付く限りでは以下 正しい史実かと問われれば微妙ですが、 転用が目的なのであえて知ったか振りをして書いておきました。 ・武田の騎馬隊 =戦闘よりも物資の輸送と機動力に馬を利用し、山岳地を生かして高速で軍を移動させた。 ちなみにこれ、馬のレベル的に戦闘には役に立たなかったという説もあります ・武霊王の胡服騎射 =遊牧民族の持つ馬の育成技術と、騎射の技術と卓越した移動力、騎兵戦術を生かした。 ・アッシリア帝国のチャリオット 足の戦車 =新しく戦車部隊を導入して戦法のバリエーションを増やした。 ・アレクサンドロス3世の鉄床戦術 =歩兵が敵に突撃し進行を止め、騎兵が敵の背後や横っ腹に突撃して隊列を分断させる。 ・パルティアンショット =遊牧民族の弓騎兵による一撃離脱戦法。 白兵戦回避も目的。 ・ハンニバル、カンナエの戦いでの包囲戦術 =騎兵による両翼の突破後に、敵の後方を騎兵で押さえ込み主戦力の歩兵を完全包囲。 詳細は省きますが、これらは馬を利用した戦法です 全部ウィキペディア出展。 その時代背景に合わせて、初期設定に無い新技術として 「馬の新しい使用方法」を主人公が導入すると、非常に効果的かもしれません。 ちなみに我らがウィキペディア先生曰く、 「騎兵は乗馬移動による相対的に高い機動力を誇り、戦術的に重要な兵種と考えられてきた。 高い機動力を以って偵察・伝令・警戒・迂回機動に使われ、 機動力と攻撃力を生かして追撃・奇襲・背面攻撃・側面攻撃・包囲攻撃・突撃にと、幅広く使われた。 そのため行軍・追撃・奇襲においては前衛に、 正面衝突の戦闘においては側面・後衛に配置されることが多かった」そうです。 長いのでここら辺にさせて頂きますが、最後に。 【兵種】 ・軽騎兵 =最小限の装備で足の速さを活かして後方撹乱を主とした戦闘を行う兵種。 ・重騎兵 =楯と鎧の重装甲を帯び、敵の主力を壊滅させる目的で使われた兵種。 ・槍騎兵 =ランス 騎槍 を装備した兵種 突撃メインだったが竜騎兵にその座を奪われる。 ・弓騎兵 =騎射を行う兵種で遊牧民によって編成されていた。 馬術の能力が必須。 ・竜騎兵 ドラグーン =ドラグーン・マスケット(小型のマスケット銃)やカービン銃(騎兵銃)などの火器で武装した兵種。 なんかもありますので、良かったらどうぞ。 時代と国がごっちゃになってしまいすみません。 ただ、史実に基づくわけではないので良い所取りをしていただければ幸いです。 締め切っているものなので返信はなくても結構です。 ……ただ、フェチに関して私に文句があるようでしたら、 謹んで拝聴させて頂きますので。 それでは失礼。 海山京二さんからの意見 今晩はー。 ついこの間モンゴル系遊牧民のキタイの短編を書いたので、色々調べたミヤマです。 と言うわけで、話の内容が遊牧・狩猟を生業とする騎馬民族に偏りますけども、以下つらつらと。 モンゴル含めた騎馬民は皆騎兵なので、 ヨーロッパとは事情が異なるのは皆さんも書いていらっしゃるとおりです。 馬の機動力に関しては、情報伝達の速度も大きな利点となります モンゴル帝国があそこまで大きくなったのは、整備された駅伝制(ジャムチ)による、 情報伝達の早さがキーになっていると思われます。 広い領土を治めるには、軍隊の機動力が必要で、そのためにも馬は有利ですが、 その機動力を発揮するまでに、どこで何が起こっているか把握できなければ意味がありません。 (伝書鳩という方法もありますが、鳩はせいぜい1000km程度の範囲でしか使えないので) 援軍を要請したとして、援軍の要請を届ける時間、援軍そのものが到着する時間、 どちらも短縮することができるというわけです。 草原にはどこでも草は生えているので、餌にもあまり困らないという面もメリットです。 戦法については……まぁ、駆けていってだーっと掻き回して、危なくなったらだーっ と退いていくのが基本なので、基本的に「陣」というものは無いです。 (ティムールのように、片翼を突出させて包囲する等の例外はありますが) 調べたところによると、敵にとどめを刺す戦闘の終盤以外はほとんど白兵戦は無かったようで、 騎射がメインだったようです。 ただし、唐末の李克用(遊牧民突厥沙陀部出身の中国の武将「独眼龍」)は、 槍を使った馬での集団戦闘を得意としていたらしいです。 ちなみに馬のデメリットですが、冗談みたいな話ですけども、 騎馬兵はラクダ騎兵に弱いという話があります。 馬はラクダの臭いを嫌うらしいです。 しゃんさんからの意見 馬に関しての情報、たくさん出ているようですね。 一つ補足しますと、三十路乃さんの仰る戦車ですが、これにはかなりの欠点がありましたね。 この戦車は、当時は馬に跨るということが無かった かなり困難だった ために作られた兵器です。 それで、当時はハンドルなんてものはないので、曲がりたいときは強引に曲がるしかなく、 三十路乃さんも仰っていたようにかなり構造的に弱い兵器です。 大きいので走らせることのできる地形も限られています。 鞍が開発されると、戦車は騎兵に取って代わられることになります。 馬の欠点、他には馬を船で輸送しなければならなくなった時でしょうか。 馬も船酔いをします。 ただし吐くことはできないので、船酔い状態の馬を陸に揚げ、 そのまま戦闘を行っても使い物になりません。 ですから戦う前に休ませる必要があったようです。 さらに、要塞などに馬を入れる際、石の坂だと馬はうまく上ることができません。 一段の幅の長い階段にすることで、馬はうまく上れるようになるようですが、 大量の馬を要塞に入れれば、排泄物の処理が大変になるようです。 FROGGERさんからの意見 こんにちは、FROGGERです。 既に締め切られていますが、レスをさせて頂きます。 ただ、要点は皆さんが殆ど語っていらっしゃるので、ちょっとしたネタですいませんが…… 馬は暑さに弱い生き物なので、南国 特に砂漠 を舞台にする場合、ラクダを登場させましょう。 パルティアの弓兵もラクダを乗っていましたから。 それでは。 一般的なファンタジーには必ず登場しますしね。 ギリシャ、ローマ時代から火薬を使う銃の登場前の中世まで戦闘はちっとも変わっていません。 主力の軍には歩兵がいて、盾を持って、槍を持って、腰に刀を持って、 これで方陣を組んでぶつかりあい。 (弓兵もいる) 馬と騎兵は、この歩兵の正面を迂回し、包囲、殲滅する為の重要な要素です。 武器として、弓、槍を使用します。 騎兵の優劣が勝敗を決した戦いは数多くあります。 こうした戦闘のまま中世ヨーロッパになると騎乗する兵の意味に変化が出ます。 古代では、国王が国の全ての資源を配分して軍を整備しました。 中世(ヨーロッパ)では、領地を治める領主=貴族が存在し、 その貴族を配下に置く国王の構成になります。 馬を養う事は費用が高く領地を持った貴族しか実質的に保有できなくなる。 貴族は自分の命が惜しいからギリシャローマ時代には考えられない重装甲になる。 相手の貴族も同じく重装甲。 そこで、騎兵=馬に乗った貴族は槍を持って貴族同士の1対1の対決スタイルに変化します。 この頃にヨーロッパだけの閉鎖的な騎乗する士族、騎士のスタイルが確立します。 なので、私の騎士の個人的な感想は、 ヨーロッパの貴族のボンボンが戦場に出たときに騎士と名乗るぐらいなものだと思っています。 なので、ヨーロッパにモンゴルが攻めてきた時に、 古代からの軽装甲で馬上から弓を射る騎兵には歯が立ちませんでした。 理由:長槍を避けて、馬から引きずり落とすだけで、 重い装甲の為に立ち上げる事もできない。 戦力として役に立たない。 ファンタジー的には、本来の軽装甲の騎兵を率いる上官、 指揮官として騎士を位置づけるのが妥当だと思われます。 単に貧乏なだけ。 史実的に、バイキングがイギリスに侵攻した時、「馬が運べない」ので単なる歩兵として戦闘してました。 食料の運搬手段。 古代ローマの文献を日本語に訳した時に、 北欧の未開の部族の兵を戦士と訳したのが最も古いと思われます。 個人的に「兵士」と「戦士」の違い、 軍として規律の中で動くのが兵士。 戦闘になると規律も作戦もなく戦闘するのが戦士。 インディアンには兵士と言わず戦士と言いますね。 更におまけ。 「狂戦士」(バーサーカー):手のつけられない奴。 ファンタジー的には、一匹狼とか、部族、山賊など、 小グループにいる者を戦士と呼ぶのがふさわしいでしょう。 サッパーさんからの意見 銃の登場後の近世、そして現代においても、騎兵あるいは騎兵的な役割の兵科は消滅していません。 お互い数十万丁のマスケット銃が使われた近世のナポレオン戦争でも、 槍や剣を持った騎兵の突撃が行われています。 現代では、馬そのものはさすがに殆ど使われませんが、 「機動力や衝撃力で敵を粉砕する兵科」として、戦車部隊やヘリコプター部隊が存在します。 騎士は、下馬して徒(かち)で戦う事もありました。 実戦用の鎧は、立って歩いて走る事もできました。 また、騎士の直属の部下は普通は徒(かち)で戦っていました。 部下にまで馬を手配できる騎士は、そうは居ませんでしたので。 重くて動けない鎧というのは、パレードやトーナメントで使うための専用の鎧で、 実戦で使う鎧とは全く別物です。 なので、「落馬すると戦力にならない」というのは、誤解です。 実際は、落馬した衝撃で怪我をしたり頭を打って動けなくなるだけで、 怪我さえなければちゃんと動けます。 「騎士」と「騎兵」は似て非なるもので、「騎士」は「騎兵」の一種でありますが、 「騎兵」は「騎士」ではありません。 また、騎兵を束ねるのは「騎兵隊長」であって、「騎士」ではありません。 (「騎士」である「騎兵隊長」ならありえます)。 「騎士」は、所謂中世ヨーロッパ的なファンタジーのモデルとなる史実の中世ヨーロッパにおいては、 上級の騎兵というだけでなく「身分」も同時に表していました。 現代の英国の騎士爵(Knight)などに、その名残があります。 古代や近代以降の「騎兵」は、平民である可能性がありますが、 「騎士」は「騎士」という身分であって、平民とは違います。 「騎士」は身分ですから、戦場で馬に乗らない「騎士」もありえます。 創作であれば作者が自由に制度を作れますが、 「騎士(中世のイメージ)」の部下が「騎兵(古代や近世以降のイメージ)」という言い方だと、 何か時代感覚がずれているように感じる場合があります。 では「中世風」の物語でどういう言い方が適当かというと、「 乗馬郎党(従士)」か「乗馬傭兵」「乗馬平民兵(これは殆どありえないですが)」あたりでしょうか。 どちらにせよ「騎兵」というのは、騎乗している単一兵科の部隊に対するもので、 騎士とその郎党(徒歩兵)の集団を「騎兵」とするのは、誤解を生むかもしれません。 単に貧乏なだけ。 歩兵は、「馬を飼えない」から歩兵なのではありません。 有名な「全部騎兵」の中世モンゴル軍にも、歩兵は存在しました。 元寇で日本に攻めてきたモンゴル兵(中国、朝鮮兵等含む)も、 歩兵(あるいは下馬騎兵)が多かったようです。 歩兵の利点は、少ない物資で長期間戦う事が出来る事です。 騎兵は、水や飼葉を大量に消費するので、長期間の戦いでは息切れする可能性があります。 特に機動力が発揮し辛い攻城戦などに向いていません。 また、歩兵は地形の走破性が高いです。 馬にとって急斜面の登山は無理ですが、人間の足であれば可能です。 橋の無い場所での渡河も、不可能ではありませんが困難が付き纏います。 機械化された現代においても、徒歩兵が重要な役割を果たしていますから、 単に貧乏だから歩兵というのは短絡的です。 経済力も軍事力も圧倒的なアメリカ軍が、徒歩兵を運用しているという現実と矛盾します。 金さえあれば、全て騎兵にした方が良いという訳でも無いのです。 資金と物資が無限にあるのならば、もしかしたら全部騎兵にした方が良いのかもしれませんが、 そういう想定は無意味ですので。 つまり、馬車を維持する物資(馬と御者の水と食糧等)が、馬車の荷の大半を占めるようになり、 輸送している物資の5割とか7割とかが、馬車自体の運営に消費されてしまいます。 つまり、長距離の遠征になると馬車の維持そのものが負担になるのです。 中世西欧の軍隊は、大軍になると敵と戦う前に、 自軍を維持するための物資を調達するための放浪をするのが当たり前だったようです。 馬車は近距離〜中距離用で、遠距離輸送では海や川があるならば、 馬車よりも船を使ったほうが効率的に荷を運べます。 それは、現代でもトラック輸送よりも船舶による輸送の方が、 長距離大量輸送のコストが安いのと同じです。 三十路乃 生子さんからの意見 お、補足してもらっていた。 ありがとうございます、しゃん様。 それにしても盛り上がりますねぇ、この話題。 自分的には簡単に終る物だと思っていましたが、 ここ全て読むだけで軍事の歴史について多少まとまった知識を得れそうな勢いです。 やはり、歴史+軍事は何であれファンが多いのでしょうか。 ちなみにですが公爵様。 チャリオットを挙げさせてもらったのは、映画「ベン・ハー」の馬車レースのシーンと、 「アレキサンダー」の像騎兵 馬じゃなくてすみません…… が頭に残っていたからです。 時代や騎士から遠ざかる部分、スレの意図を考えない返信ですみませんでした。 あと、これまたどうでもいい事ですが映画「アレキサンダー」はBLモノ、いやゲイモノなので注意を。 IBISさんからの意見 こんにちは、IBISです。 もう締め切りになっていますがレスをさせていただきます。 すでに騎兵、騎士の歴史的背景や戦力としての運用法は皆様がある程度書かれておられるので、 自分は馬を保有することとそれに騎乗することについて書かせてもらいます。 自分は馬術をやっている者なので多少は言えることですが、 馬を戦力として機能させるには、毎日の入念な手入れと餌やりが必要です。 前者を怠ると、馬はすぐにその命である肢を傷めたり、腰を痛めたりします。 後者を一日でも怠るならば、馬はすぐに痩せて体力が落ち、人に対してやや反抗的になり、 その日の騎乗に影響が出ることは確かです。 そして、その餌ですが、馬が好んで食べる草も何でも良いというわけではなく、 ススキのような細長く柔らかい草がいいです。 」 また、馬は非常に暑さに弱い生き物です。 日本の今の時期では早朝から昼前までしか出さない方がいいです。 ヨーロッパ的な気候ならば、湿度が低く汗が乾きやすいので、日本とは違い、 汗で不潔になることによるもろもろの病気は避けられます(と言っても手入れは必要ですが)。 また、蹄鉄という馬の蹄につけるカバーの定期的なつけ替えも重要で、砂の馬場で2週間に一度なので、 戦場での激しい戦闘がある前には必ず付け替えておくことが重要と思われます。 騎乗にあたっては、半端ではない体力と、バランス感覚を要求されます。 もともと、馬術自体が騎兵の操馬術に起因するだけに、 その機動も馬に無理をさせないという限定がつきながらも、 往時の騎兵の動きを模したものとなっています。 例えば巻き乗という直径5Mくらいの円を描く乗り方ですが、 視点を変えると相手の周りを周回機動を取りながら、攻撃でき、その気になれば、馬で体当たりできます。 一般に馬は臆病と言われますが、何も軍馬としての調練を行わなくとも、 多少の物事には動じないという軍馬として要求される能力をもつ馬はいます。 もっとも、巻き乗りをはじめ、その他の機動と馬の歩様をコントロールするには、 脚(きゃく)の力とそれに馬を対応させるための4〜8年にわたる馬の調練が必要です。 脚は足全体を使って馬に指示を与えるためのもので、正確なものが要求されます。 一般的なイメージとしては手綱を使って馬をコントロールするという感じですが、 現実的には馬の中には手綱を嫌がる馬もいますし場合によっては暴走します。 砂場でできた馬場で落馬するには大したことではありませんが、 他の場所ではどうなるかは落馬で死亡といった記述がある歴史書などを見れば明らかでしょう。 脚の話に戻りますが、これをマスターすれば(4年くらいかかる)、 手綱フリーつまり両手を空けて武器を扱いながら安定した騎乗が可能です。 モンゴルの弓騎兵はこのような感じではないのでしょうか。 事実、自分の先輩で脚だけで馬に多彩な機動を行わせる人がいました。 また、座骨をつかった指示というものもあって、これには人馬ともに相応の修練が要りますが、 これを習得することにより自分のわずかな鞍に座る位置の変化だけで馬に歩く、 停止といった指示を与えることができます。 もっとも、これらの騎乗法は鎧といったかさばる物を着用していないことが前提です。 よって、鎧を着ていた場合、重心が上にくることによるバランスの調整や、 脚の効きにくさを訓練によって克服することが重要です。 騎乗戦闘について視覚的に資料を得たければ youtube でjoust(槍試合)やIJA(International Jousting Association) といれると海外で実際に行われている騎馬試合の映像を見ることができます。 中には騎馬対下馬騎士の戦闘をイメージした団体もあり、騎乗戦闘の描写に役立ちます。 森戸イツキさんからの意見 軍馬のメリットというと、単純な例を挙げるなら、 自動車や二輪車が歩行者と事故を起こした場合、 どちらが生き残るかと考えれば明らかではないでしょうか。 またデメリットも同様に、デモなどで大勢の人に囲まれてしまった自動車を イメージするとわかりやすいと思います。 ようするに少数の歩兵相手なら有利ですが、 多人数に襲い掛かれたらひとたまりもないというわけです。 また軍馬が生き物であることで、飼料の必要性が出てくるというデメリットは確かにありますが、 逆に緊急時の兵糧として利用することが出来るというメリットも出てきます。 携帯版サイト・QRコード 第4研究室は小説を書く上での質問・悩みをみんなで考え、研究する場です。 質問をされたい方は、よりお願いします。 質問に対する意見も募集します! 投稿されたい方はこちらのよりどうぞ。

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ポルトガルAAR カネの亡者(その4)アフリカからヨーロッパへ

ヨーロッパ突進

西暦1477年、シャルル突進公が戦死し、フランスのブルゴーニュ公家が断絶した。 ブルゴーニュ公シャルル突進公とアルザス地方 西暦1467年にヴァロワ家系第4代公となったシャルル・ル・テメレール突進公は、西暦1469年にを買い取っている。 それ自体はブルゴーニュ公家の勢力拡大につながることだったろうね。 ところが、ブルゴーニュ公シャルル突進公が代官としてに送り込んだ人物が良くなかった。 その代官の暴政に反発したアルザスの人々が、西暦1474年に反乱を起こし、シャルル突進公の代官を処刑しちゃったんだ。 (上の画像はにある地区の雪景色。 このサイトの本館である「」の読者 Kaoringoさんが送ってくれた画像なんだ。 ) アルザス地方の反乱に怒ったブルゴーニュ公シャルル突進公は、ブルゴーニュ公国の軍をアルザス地方に進めた。 ところが、諸州の軍に支援されたアルザス地方の反乱軍に敗れてしまった。 ロレーヌ地方やスイスとも敵対したブルゴーニュ公シャルル突進公 他方、ブルゴーニュ公シャルル突進公が狙っていたロレーヌ地方(アルザス地方に隣接している)では、ロレーヌ公を称するルネ2世がブルゴーニュ公に戦いを挑んできた。 その背後には、世界蜘蛛と称される策謀家のフランス王ルイ11世がいたんだそうな。 しかも、そのフランス王ルイ11世は、アルザス地方やロレーヌ公ルネ2世と関係の深い、つまりブルゴーニュ公に敵対的なスイス諸州と同盟を結んでいた。 余談ながら、伝統的にフランス王家はスイスとの関係が深いんだ。 例えば、の際、を暴徒から守ってスイスの傭兵たちが全滅するまで戦ったこともあったそうな。 そんなスイス傭兵たちに捧げられたのが、上の画像にあるライオン記念碑。 ライオンはフランス王家の紋章である百合の花のあしらわれた盾を守るように横たわっているんだ。 (このライオン記念碑はにある。 ) ブルゴーニュ公シャルル突進公のスイスでの敗北 ブルゴーニュ公シャルル突進公はフランス王ルイ11世と対抗するために西暦1474年にはを結んでいる。 でも、その連携も翌年には意味を失ってしまった。 そしてブルゴーニュ公シャルル突進公はいよいよ猪突猛進を始めたわけだ。 西暦1475年秋にはロレーヌ公国の首都ナンシーを占領した。 そして翌年1月、大軍を率いたシャルル突進公が向かったのがスイスだった。 でも、その3月には大敗し、撤退する羽目に陥っている。 スイスといえば永世中立国だし、戦争とは縁遠い印象があるかもしれないね。 でも、スイスは非武装中立をしているわけじゃなくて、立派な軍備で守りを固めた上で永世中立国となっているんだ。 しかも、中世には多くの傭兵を送り出すことで有名だった。 むしろアルプスの中のスイスにとって傭兵は当時の重要な輸出産業だったのかもしれない。 ちなみに、のは、今もスイス傭兵(上の画像)が守りを固めているんだ。 ついでながら、で名高いのも、19世紀まではスイス傭兵が警護していたんだそうな。 そんな傭兵の国スイスは、小国であっても手ごわい相手だよね。 だからこそ、ハプスブルク家のすることができたわけだよね。 でも、西暦1476年3月のグランソンの戦いでの敗戦で頭にきたブルゴーニュ公シャルル突進公は、再び6月にはスイスに向かって進撃を始めた。 その結果、モラの戦いで敗れ、8千人ものブルゴーニュ兵が戦死したらしい。 ブルゴーニュ公シャルル突進公の戦死 スイスで二度も敗れたブルゴーニュ公シャルル突進公。 彼とロレーヌ公位を争っていたルネ2世がロレーヌ公国の首都ナンシーを奪還したのは西暦1476年10月のことだった。 ブルゴーニュ公と対立するアルザス地方の諸都市やスイス諸州がルネ2世を支援したらしい。 度重なる敗戦、ナンシーの喪失、ブルゴーニュ公シャルル突進公の頭には血が上っただろうね。 直ちに兵を集めようとした。 でも、既に多くの兵を失っていた為に、彼の指揮下に集まったのは訓練の出来ていない新兵ばかり2千ほどだったらしい。 対するロレーヌ公ルネ2世の軍は、ベテランのスイス兵を含む1万5千。 無謀な戦いだよね。 それでも進撃するのがブルゴーニュ公シャルル突進公だった。 西暦1477年1月、ロレーヌ・アルザス・スイス連合軍に向かって突撃したブルゴーニュ公シャルル突進公の遺体が凍りついた沼で発見された。 彼の豪華な上着はアルザス兵によって剥ぎ取られ、に飾られていたらしい。 (上の画像はストラスブール大聖堂の内部。 ) ブルゴーニュ公シャルルの突撃は終わった。 でも、フランス王国内のブルゴーニュ公領のみならず、神聖ローマ帝国領内の、、フランシュ・コンテなどをも領有するブルゴーニュ公国のこと。 その周囲で策謀をめぐらせていたヴァロワ家のフランス王ルイ11世やハプスブルク家の神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世の戦いは、むしろこれから始まるわけだね。 姉妹サイト ヨーロッパ三昧 このサイト「ヨーロッパの歴史風景」の本館が「」です。 イギリス・フランス・イタリア・スペイン・ギリシャ・トルコ・エジプト・ロシア・アゼルバイジャンなど25国45編の旅行記を掲載しています。 こちらも遊びに行ってみてくださいね。 「ヨーロッパ三昧」のトップ・ページのURLは、 です。 Copyright c 2002-2012 Tadaaki Kikuyama All rights reserved 管理・運営 あちこち三昧株式会社 このサイトの画像 及び 文章などの複写・転用はご遠慮ください。

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