水木 しげる。 水木しげる『幸せになるための七カ条』が話題! 年の初めに読んでおきたい!

武良布枝

水木 しげる

漫画家の 水木しげるさん。 なかなか壮絶な半生だったみたいですね。。。 水木しげるさんの略歴 漫画 「ゲゲゲの鬼太郎」でおなじみの水木しげるさんは、1922年3月8日に生まれました。 出身地は、鳥取県境港市です。 太平洋戦争当時、水木しげるさんは召集令状を受けて ラバウル・ニューギニア戦線に従軍し、熾烈な戦争の中で負傷しながらかろうじて生き残り帰国しました。 帰国直前に、ニューブリテン島の現地住民と仲良くなっていて、現地の生活スタイルや考え方が気に入り、終戦後に ニューブリテン島に残ることも考えたんだそうです。 よほど、気に入ったんでしょうね。。。 帰国後は、生活のために紙芝居作家を初めて上京し、1958年に漫画 「ロケットマン」で貸本の漫画家としてデビューを果たしました。 スーパーマンみたいなヒーロー物なんでしょうか。 その後、貸本漫画の業界が振るわなくなってきたことにより、貸本漫画用に書いていた 「悪魔くん」や 「ゲゲゲの鬼太郎」等を「週刊少年マガジン」などの商業誌に掲載し注目を集めて、人気を博するようになりました。 以降、長年にわたって妖怪を扱った作品を世に送り出し、その功績が認められて1991年に 紫綬褒章を、2003年に 旭日小綬章をそれぞれ受章。 漫画家・妖怪研究家として、現在も活躍されています。 Sponsored Link 手塚治虫さんとの関係? 水木しげるさんと言えば漫画界の 大御所的な存在ですが、漫画界のもう一人の大御所と言えば 「漫画の神様」と称されている 手塚治虫さんですね。 手塚治虫さんは、水木しげるさんの作品の「ゲゲゲの鬼太郎」の原型となった 「墓場鬼太郎」を初めて見た時に、衝撃のあまり 自宅の階段から転げ落ちてしまったそうです。 その後、妖怪ブームを予感した手塚さんは 「どろろ」などの 妖怪漫画に路線をシフトするほど、「墓場鬼太郎」をある意味認めていたようですね。。。 極めつけは、手塚治虫さんの息子が幼少の時に 自分の作品より「ゲゲゲの鬼太郎」が好きだったとか。 これはちょっと切ないですね。。。 そういうこともあってか、手塚治虫さんはパーティーの席で水木しげるさんにこう言ってしまったそうです。 あなたの絵は雑で汚いだけだ あなたの漫画くらいのことは僕はいつでも描けるんですよ 口に出してしまっちゃダメですよね。 (笑) また、手塚治虫さんの 故郷の宝塚にあった遊園地 「宝塚ファミリーランド」で「ゲゲゲの鬼太郎」のアトラクションが開催されたことについても。。。 私の故郷の宝塚で勝手なマネをするな と言ってしまったそうです。。。 そんな水木しげるさんは、手塚治虫さん(と漫画家の石ノ森章太郎さん)についてこうコメントしていたとか。 手塚と石ノ森は会うたびに2日寝てない3日寝てないと自慢をし合っていたが、 結局六十過ぎたら死んでしまった。 僕はどんなに忙しくても8時間寝るよ。 どちらが良いかは分かりませんが、価値観が全然違ったんでしょうね。 戦争で左腕を? 水木しげるさんが従軍したラバウル・ニューギニア戦線ではかなり過酷な戦闘があって、敵の奇襲を受けた水木さんの所属する部隊は ほぼ全滅状態に追い込まれるほどだったそうです。 何とか戦場から逃げ出した後も、敵の目から逃れるために川や海を泳ぎ 3日間ジャングルをさまよって、ようやく元の部隊の陣地に到着。 その後もマラリアで高熱に苦しみ、左腕に大怪我をしていたため、止血用に腕を縛られて、そのままでは腐ってしまうため、 左腕を切除されたとか。。。 そんな水木しげるさんは、後に左腕のことについて 「左腕を失ったことを悲しいと思ったことはありますか」との問にこう答えたそうです。 思ったことはない 命を失うより片腕をなくしても生きている方が価値がある 過酷な体験をしている人の言葉は、重みが違いますね。。。 鬼太郎の父親の正体? 「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する主人公の鬼太郎の父親といえば、 「目玉おやじ」ですね。 実は、「ゲゲゲの鬼太郎」の元になった「墓場鬼太郎」には、 鬼太郎の誕生と両親について描かれています。 鬼太郎の両親は 幽霊族の最後の生き残りで、父は ミイラ男のように包帯にくるまった大男で、母はいわゆる幽霊のような女性。 結果的に、両親共に不治の病で亡くなってしまい、その お墓から這い出てきたのが鬼太郎だとか。 その後、大泣きする鬼太郎に対して、不憫に思った ミイラ男の父親の目玉が取 れて、目玉おやじとして鬼太郎と一緒に生活し始めるのだそうです。 目玉おやじって、鬼太郎の片目だと勝手に思っていたんですが、そうでは無かったんですね。。。

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水木しげるロード

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幸福の七カ条 第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。 第二条 しないではいられないことをし続けなさい。 第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。 第四条 好きの力を信じる。 第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。 第六条 怠け者になりなさい。 第七条 目に見えない世界を信じる。 ーより引用 それでは、それぞれ見ていきましょう。 第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。 豊かで、恵まれた日本であるにもかかわらず、現代には悲壮な顔をして歩いている人が多すぎる。 それは成功や栄誉という亡霊に憑り付かれているからではないか。 成功するにこしたことはないが、成功なんて時の運、成功しなくても全然OK! 水木さんが漫画で食えるようになったのは、四十過ぎてから。 水木さん自身、成功したなんて少しも思っていない。 成功しなくてもいいんです。 全身全霊で打ち込める事を探しなさい。 第二条 しないでいられないことをし続けなさい。 『成功しなくても楽しめること』それは、『しないではいられないこと』。 打ち込めるものを真剣に探しても見つからない、という人は多いと思います。 大切なのは好奇心。 なにか好奇心がわき起こったら、そのことに熱中してみる。 そうすれば、『しないではいられないこと』が見つかってくる。 子供の頃は、誰もが、好きなことに没頭して生きてきたはず。 初心に帰って、仕事にあらためて喜びを見出すのもいいし、ずっとやりたかったのに我慢していた趣味をやってみるのもいい。 第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。 自分の好きなことに専念するためなら、周囲の目や評判を気にして「世間のルール」に合わせようなどとしてはいけない。 奇人変人になってもいい。 いや、むしろ、奇人変人になるべきだ。 その証拠に、世界の奇人変人には幸せそうなひとが多いではないか。 慌てず騒がず、ひたすら自分の道を進めばいい。 それでこそ本当に幸せになれるというものだ。 第四条 好きの力を信じる。 水木さんは、漫画の世界にはいって60年以上。 まさに好きだからこそ、歩いてこられた60年。 第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。 「努力は人を裏切る」。 努力したって成功するなんて保証は何もない。 むしろ失敗する可能性のほうがはるかに高い。 水木さんはそう言い切る。 じゃあ努力なんて無駄じゃないか!とはならない。 好きの力を信じ、しないではいられないことをし続けていれば、努力すら楽しい。 努力そのものが喜びに満ちている。 第六条 怠け者になりなさい。 もちろん、若い頃は必死に努力することが必要。 しかし、中年を過ぎたら怠けることを覚えるべき。 努力に結果は、なかなか追いつくものではありません。 続けるためには、怠けることも必要なんです。 迷った時には立ち止まってもいいんです。 第七条 目に見えない世界を信じる。 水木さんが、こういうと、妖怪や宗教なんかに見えるかもしれませんが、そうではありません。 この世には物質的な価値観ではとらえきれないものがあり、それこそがひとの心を豊かにしてくれるということです。 名作『星の王子さま』の有名なセリフにもありましたね。

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水木しげるさんの妖怪大全「アマエビ」誤記の謎、水木プロに聞いた 「妖怪ファンでは有名」なエピソード(withnews)

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概要 [ ] 水木が従軍した南方戦線ので下された、兵士500名への玉砕命令の顛末を描いた物語。 戦記とはいえ戦闘描写が多く登場するような作品ではなく、兵隊たちの生々しい日常の姿を時にユーモアを交えて描いている。 物語の終盤は史実に脚色を加えてフィクション化することで、事実を超える真実を描いたとも評されており 、水木にとっては戦争体験の集大成となる思い入れの強い作品である。 最初の単行本は『総員玉砕せよ!! 聖ジョージ岬・哀歌』のタイトルで、A5判箱入りのハードカバーで出版。 その後もタイトルや体裁を変えて何度か出版されており、現在はや、で読むことが出来る。 国際的な評価も高く、に遺産賞、に最優秀アジア作品賞を受賞している。 翻訳は英語版『ONWARD TOWARDS OUR NOBLE DEATH』 、フランス語版『OPERATION MORT』 、台湾版『全員玉碎! 』 、ドイツ語版『AUF IN DEN HELDENTOD! 』 などが出版されている。 作品の背景 [ ] 執筆の経緯 [ ] 戦地での水木はマラリアと左腕の負傷で後方に移送され、玉砕命令が出る前に部隊から離れていたが、それ以前に全滅した分遣隊から生還した際に「次は真っ先に死ね」と言われていた。 それ故に、戦後のラバウルの収容所で聞かされた部隊の顛末に感情移入し、帰国後も折あるごとに情報を集め、全体の構図は松浦義教の著書『灰色の十字架』で理解したという。 発表するあてもなく「ラバウル戦記」の執筆を始め、漫画家としてデビュー後も一貫して戦争体験にこだわり、断続的に戦記作品を発表する。 そして、に戦友とニューブリテン島を26年ぶりに訪れたことも契機となり、死んでいった戦友のことを書き残しておきたいという気持ちから本作の執筆に至った。 事実との相違 [ ] 水木はあとがきで「90パーセントは事実です」と書いているように、事実と相違する部分が数箇所ある。 作中で登場する一部の人名や地名が変更されており、バイエンはズンゲン、はガゼル岬が実際の地名である。 水木によれば、本当の名を出すと支障があると思って変更したという。 木戸参謀が流れ弾に当たって戦死するが、実際は戦死せずに戻っている。 水木は「参謀はテキトウな時に上手に逃げます」とあとがきに記している。 1度目の玉砕で生き残った者たちは、ヤンマーに編入されて再び玉砕することはなかった。 しかし、元々この配置は次の戦闘で全員突撃して戦死することを強く期待したものであり、結果として以降は本格的な戦闘がないまま終戦を迎えた。 あらすじ [ ] 昭和18年末、ニューブリテン島のココボで丸山二等兵は、今度行くところは「天国のような場所」と戦友の赤崎から聞く。 彼らは出発前にに行くが、何十人も兵士が行列を作っているので目的を達せず「女郎の唄」を歌って帰って来た。 そして彼らは若き田所少佐のもと、500名でバイエンに無血上陸する。 丸山は古兵や上官にいびられ、また時には親切にされ、何とかバイエンでの時間を過ごして行く。 だがそこは「天国のような場所」ではなく「天国に行く場所」であった。 敵の攻撃で戦死する者のほかに、陣地構築中の事故で死ぬ者、で死ぬ者、に食われて死ぬ者、でとった魚を飲み込み窒息死する者・・・。 やがて近辺のワランゴエ河口にが上陸、を築きを開始してきた。 徐々にしてくる敵に対して、田所は中隊長の「高地にこもりをすべきだ」という意見を退け、玉砕覚悟のを敢行する。 その結果、田所は、生き残った者はにするが、した中隊長はその途中でする。 そのころラバウル司令部ではバイエン支隊から玉砕のを受け、既に彼らは全員死んだものとされていた。 ところが聖ジョージ岬警備隊から、バイエン支隊の生存者数十名が現在ここにいるとの知らせを受ける。 この「」は「ラバウル全軍の面汚し」とされ、事件処理のために木戸が聖ジョージ岬に派遣されることになる。 木戸の出発の前夜、バイエンの生き残りのがラバウルを訪れて部下の命乞いをするが、談判決裂となり軍医はの自決をした。 軍医のとともに聖ジョージ岬に来た木戸はバイエン支隊将兵のを行い、その結果、山岸と北崎の2人の長は責任を取って自決、残りの81名は再突入を行うことになった。 昭和20年6月、聖ジョージ岬に敵の有力部隊が上陸、バイエンの生き残り達は再び切り込みを敢行する。 その突撃直前に木戸は「玉砕を見届け報告する冷たい義務がある」と退こうとするが流れ弾に当たり戦死。 そして丸山達は「私はなんでこのような つらいつとめをせにゃならぬ」と「女郎の唄」を歌って切り込み、全員玉砕した。 隣のを守っていた長は、後にこの玉砕を聞いて「なぜそこまでして、あそこを守らねばならなかったのか」と述べたという。 登場人物 [ ] 丸山(二等兵) 作者の水木自身の分身。 二度目の切り込みの翌朝、頬に怪我を負いながら一人さまよっているところをに発見され、射殺される。 田所支隊長(少佐) バイエン支隊長。 大隊長。 に心酔し、における正成の死に様にあこがれる。 モデルとなった実在の人物は成瀬懿民少佐。 玉砕時27歳。 臨時歩兵第二二九連隊の隊長。 後年部下であった堀軍曹は成瀬の事を「あの人は大学出のサラリーマンていう感じや。 おとなしい人やった。 ほしてすらっとしたいい男やったな。 言うことも、そんなにきついこと言う人でなかった。 」と振り返っている。 中隊長(中尉) モデルとなった実在の人物は児玉清三中尉。 材木問屋をしていた。 水木に似顔絵描きを頼んだり精勤賞を与えたりした。 成瀬大隊長が玉砕の決断をした際に、部下を犬死にさせることは出来ないと直談判を行い、最終的には成瀬大隊長が折れて児玉中隊のみ遊撃線(ゲリラ戦)の許可を出した。 この児玉の決断で水木をはじめとした200名余りの命を救うこととなる。 また、自分がマラリアになりながらも兵にマラリアの心配をしたりと実際の児玉の人柄を伺わせるエピソードがある。 「児玉さんは本当に軍人精神のはりき、打ち込んだ人やと思ったな。 ほんとに兵隊の身柄、心から兵隊やと思ったね。 厳格な人やった。 」と評価を受けている。 中国の戦線では「鬼の児玉」で名を馳せてた戦野を駆けめぐった叩き上げの職業軍人だった。 戦死後大尉に昇進。 水本小隊長(少尉) 2度目の切り込みの時に、目の前で戦死した木戸に代わって指揮をとる。 モデルとなった実在の人物は大岩市造少尉(迫撃砲小隊長)。 水木が砲撃を受けて大出血した時に、に輸血を申し出た。 石山軍医(中尉) モデルとなった実在の人物は松橋登軍医中尉。 漫画と同じく自決した。 自決時34歳。 木戸参謀(中佐) モデルとなった実在の人物は松浦義教中佐。 水木は彼の著書によって事の全貌を知る。 終戦後は、ラバウルで開かれた連合国による戦犯法廷において、日本軍将兵の弁護を担当した。 赤崎(二等兵) 丸山の戦友。 入隊前に汽車で一緒になって以来の仲。 バイエンの戦闘で戦死する。 やはり実在の人物がモデルとなっている。 本田(軍曹) 丸山達にとって厳しい上官だが、部下思いの一面も持つ。 味方の誤射で負傷、その場で手榴弾を使い自決する。 山岸小隊長(少尉) モデルとなった実在の人物は、加古忠男中尉。 第一小隊長。 自分の死を戦死として遺族に伝えるよう木戸に頼み、自決した。 では小学校の教員をしていた。 北崎小隊長(少尉) モデルとなった実在の人物は長谷川少尉。 山岸とともに自決。 金持ちの1人息子。 神谷衛生兵(上等兵) 討伐した際に負傷した兵隊の遺骨作りを丸山に命じた。 モデルとなった実在の人物(神谷一夫)の名前をそのまま使用している。 NHKの「証言記録 兵士たちの戦争」内「生き延びてはならなかった最前線部隊 ~ニューブリテン島 ズンゲン支隊~」でも当時のことを詳しく証言している。 この節のが望まれています。 読み切り版 [ ] 長編の描き下ろしである本作の発表に先駆けて、告知を兼ねた短編の読み切り版『セントジョージ岬 総員玉砕せよ』が『』1973年8月1日増刊号『劇画ゲンダイ』(講談社)に掲載された。 内容は長編版を短くまとめたものだが、一部の台詞などに違いがあり、物語の最後は木戸参謀が「軍医の遺骨とともにみなを埋めてやろう」と自ら完全武装の部隊を率いて、バイエンの生き残りを全員殺害することが暗示されて終わる。 鬼太郎が見た玉砕 〜水木しげるの戦争〜 [ ] 鬼太郎が見た玉砕 〜水木しげるの戦争〜 ジャンル 原作 『総員玉砕せよ! 』 出演者 ほか、を参照。 製作 制作 放送 音声形式 放送国・地域 放送期間 放送時間 21:00 - 22:30 回数 1 本作品を原作としたドラマ版。 の枠にて21:00-22:30に本放送。 漫画家として成功した水木しげるが、戦時中を回想しつつ『総員玉砕せよ! 』を描くという構成となっており、『鬼太郎が見た…』というタイトルのとおり、水木のマンガの中から抜け出してきた、、が物語の合間合間でとして登場する。 なお、声のみの出演ではあったがねずみ男の声を担当したにとって、本作が存命時最後のテレビドラマ出演であった 本作の放送後は、に亡くなるまでアニメ、吹き替えのみを担当していた。 キャスト [ ]• (水木しげるの妻):• 本田軍曹:• 石山軍医:• 木戸参謀:• 赤崎二等兵:• 中隊長:• 加山二等兵:• 参謀長:• 兵団長:• 田所支隊長:• 大森安子:• 小林貴子:• 水木尚子(水木しげるの長女):小野ひまわり• (声):• (声):• (声): スタッフ [ ]• 音楽:• 語り:• 軍事考証:寺田近雄• 風俗考証:天野隆子• 歌謡考証:• 出雲ことば指導:藤井京子• アニメ制作:稲葉卓也、西井育生、松本絵美• 制作統括:家喜正男• 美術:鈴木利明• 撮影:毛利康裕• 演出:• 制作: 再放送 [ ]• 2007年10月21日 16:00-17:30、• 2010年3月29日 0:10-1:40、NHK総合テレビ• 『』放映開始に先立って放送された。 2010年8月12日 13:30-15:00、• 同年8月16日からの『ゲゲゲの女房』「戦争と楽園」放送週を控えて放送された。 2012年8月12日 12:00-13:30、• 2015年8月15日 9:00-10:40、• 2016年1月3日 19:25-21:00、ファミリー劇場• 前年の11月30日に死去した水木しげるの追悼企画として放送された。 映像ソフト [ ] DVD• 鬼太郎が見た玉砕 〜水木しげるの戦争〜(2008年7月16日発売) 受賞歴 [ ]• 第36回 遺産賞(2009年、フランス)• 最優秀アジア作品賞(2012年、アメリカ)• テレビドラマ• 第62回 テレビ部門 ドラマの部・優秀賞• 第45回 テレビ部門・優秀賞• 第34回 テレビドラマ部門 ・本賞 書籍情報 [ ] 比較的入手しやすい書籍を記載。 長編版• 『総員玉砕せよ! 』(〈〉、1995年6月、)• 『総員玉砕せよ! 戦記ドキュメント』(〈集英社ホームリミックス〉、2007年8月、)• 『総員玉砕せよ!! 他』(講談社〈〉、2018年5月、) 読み切り版• 『ああ玉砕 水木しげる戦記選集』(、2007年8月、)• 『水木しげる戦記選集』(、2010年7月、)• 『戦記短編集 幽霊艦長 他』(講談社〈水木しげる漫画大全集〉、2013年8月、)• 『水木しげるの戦場 従軍短篇集』(〈〉、2016年7月、) 脚注 [ ]• , pp. 360-361. , p. 189. げげげ通信. 水木プロダクション. 2019年6月5日閲覧。 げげげ通信. 水木プロダクション. 2019年6月5日閲覧。 げげげ通信. 水木プロダクション. 2019年6月5日閲覧。 げげげ通信. 水木プロダクション. 2019年6月5日閲覧。 , p. 188. 185. 『水木しげる 妖怪・戦争・そして、人間』〈〉、2016年、117-118頁。 355. , p. 190. , pp. 183-184. 水木しげる『』第4巻p. 228(講談社、1989)• , p. アニメ! アニメ! 2012年7月15日 参考文献 [ ]• 水木しげる『総員玉砕せよ! 』〈〉、1995年。 水木しげる『ああ玉砕 水木しげる戦記選集』〈歴史コミック〉、2007年。 足立倫行『妖怪と歩く ドキュメント・水木しげる』〈〉、2010年。 水木しげる、、『水木しげる 鬼太郎、戦争、そして人生』新潮社〈〉、2015年。 関連項目 [ ] 制作の終戦特別ドラマ• 外部リンク [ ]• - NHKの公式サイト• 終戦特集ドラマ 前番組 番組名 次番組.

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